(2/2)天翔る蝶
ところが。
『追手』はセトを見てすっとんきょうな声をあげたんです。
「あれ?こんなところに……君、誰?」
まだ羽化したてで世界がよくわかってなかったセトは思わず答えてしまった。
「………セトです」
「へー。セト。いい名前だね? 私はハンスだよ。君、こんなところでどうしたの?」
村人とは関係ないきこりだったんです。
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ハンスの前でセトは泣き出してしまった。もう5日も1人ぼっちで。セトはまだ羽化したてで。大人だけど5歳の子供のようで。大好きなリンカはまゆのまま動かないし。食料だって心細いし。何もかもが不安で怖くて仕方なかったんです。
泣きながら洞窟に連れていかれてハンスは仰天しました。
何でこんなところに『まゆ』があるの!?
さらに事実を聞いてハンスは仰天。アクラスをさらったって正気なの!?
でも。ハンスはセトの味方になることにしたんです。セトの瞳が昔関わった子に似ていたからです。深い。緑の。沈んだ眼差し。
6歳の悲しい子。
ハンスは洞窟の入口を熊の巣のように偽装しました。これで村人は立ち寄れない。熊がいるかもしれない場所に2人がいるとも思われない。
それからリンカのまゆから離れないセトのために食料や灯りや水や毛布を差し入れてあげました。
やあ。たまげたなあ! まだ羽化して3ヶ月だって!? 何にもわからないだろうに女の子をさらってしまうとは。
セトはまゆのすぐ側で膝を抱え黙って座り続けました。
2週間経って無事にリンカがまゆから出てきました。
全くの裸なのに恥ずかしがることもなくリンカはぼうっと辺りを見渡しました。
2人いる。誰?
私は何?
セトがリンカを抱きしめました。
「リンカ。リンカよかった」
リンカ?
髪は透明な、それでいて集まるとピンク色に染まっていました。4枚の羽が弱く震えて体は真っ白でした。
耳はツンととがっていて、瞳だけが以前のままの艶めく黒でした。
ハンスが服を渡してくれてセトが着せてくれました。セトに水をもらい、スープをもらいぼんやりと座り続けると自分が何もかもわからないことに気づきました。
ただ一つ。隣に座る水色の髪の男の子が好きでした。
リンカが笑うとセトが笑い返してくれた。それで2人で手を繋いでハンスの小屋までいきました。
それからまた1週間が過ぎた。ハンスのところに何回か村人が来たけれどハンスがうまく追い返してくれました。でもそれもいつまでもは続きません。
ある夜。ハンスに言われました。
「セト。もうかばいきれない」
「はい。すみません」
セトがうつむきました。
「手紙で。船を手配したよ。船に乗って別の国を目指しなさい」
「はい」
「もう。自分の名前は使えないよ。セトは『ネルスト』リンカは『イーダ』と名乗りなさい」
「はい」
「一生。自分の本当の名前は名乗れないかもしれない。それでもいくね?」
「はい!!」
行きます!
どこへだって!
リンカはセトのただ1度の恋だもの!
「その髪ではいられないよ」とハンスが髪に赤い染料を塗ってくれました。もとの水色と馴染んでとてもきれいな紫になりました。ハンスに教えてもらってまつ毛にも塗りました。
「その染料。もって2週間だよ。あとは自分でやれる?」
「はい!」
「リンカはいいよ。誰も、リンカの羽化した後の姿は見てないんだから。リンカ。出発できる?」
「明日がいいわ………」窓を見つめたままぼうっとリンカが言いました。
「だって明日は新月ですもの」
リンカ! 何もかも忘れたと思ってたのにアクラスの知識を思い出したんだね。アクラスは暦を司るからね。
「わかった。明日だ」
出発した日は新月の曇りで。星の見えない夜でした。お忍びで歩くにはちょうどいい晩でしょう?
3人で歩いて歩いて夜中にどこかにたどりつきました。
「朝が来るまでやすみなさい」と言われたので3人で草の上に眠りました。爽やかないい匂いがしました。何の匂いだろう。
ようやく。日が昇るとリンカとセトは目を覚まして歓声をあげました。
東のふもとから西のふもとまでびっしり1面花畑だったんです!!
いい匂い! 赤やピンクや黄色や白のむせ返るような花の匂い!!
「できるだけ。逃げなさい」
「はい」
「このまま真っ直ぐ。海につくから。あとはちゃんと話をつけてるよ」
「はい」
「君は………。大人になれた。幸せになりなさい」
「ハンス!!」
セトとリンカが手を振った。
「「ありがとう!!」」
ハンスは切なげに微笑みました。昔かかわった6歳の子のことを思い出したんです。大丈夫。生きてる限り未来はあるよ!
セトの深い緑の沈んだまなざしが。明るい緑に煌めいたのが救いでした。
セト逃げよう!
うん!リンカ逃げよう!
『神様』が追ってこないどこか遠くに逃げよう!
もうずーっと2人でいよう!
2人は羽をはばたかせました。
リンカは初めてなのに上手に飛べました。
飛べるんです! 本能的に『飛ぶ』ってことがわかるんです!
無数の花の上空で2人は抱き合ってキスしました。
絡み合う4本の白い手と、空を切るやはり4本の白い足。
風になびく透明な、それでいて紫とピンクに輝く美しい髪。陽の光に当たって7色にひらめく優雅な羽。
もうずーーーっと!
記憶がたどれないくらいずーーっと昔からこうしたかったんです!!
2人のいっぱいの笑顔。
海へ向かって手に手を取り合って逃げました。それはまるで天翔る2匹の蝶のようでした。
ハンスが見守る中みるみる2人の姿は小さくなり。黒い点のようになり。やがて消えました。
(終)
お読みいただきありがとうございました!
【次回】『カイトとティムの星』
カイトとティムは仲良しの幼馴染み。
「2人一緒に『まゆ』になりたい」と言ったがために大問題に発展してしまいます。
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2020年10月11日初稿
☆☆童話【その他】日間10位☆☆