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しゃもじ おひつ の オムニバスゥ   作者: しゃもじ おひつ
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嗚呼、青春の日々!!

誰にでも訪れるドラマがある

君も貴方も私も僕も

これはそんな青春の1ページ

終業時間のベルが鳴り響く

「よーし、今日の作業はここまで!当番は掃除やっとけよ!」

班長のヨコタニが、でかい声で叫ぶ

俺は工作機械のスイッチを切って首をコキコキ鳴らす

今日も一日が終わった

「おい、シガ!これから飲み行くぞ。メンツ集めとけ」

「マジすか」

ヨコタニが何時もの如く俺にそう声をかけてきた

別に明日は休みでも何でも無いのだが

仕事終わりにはこうして声をかけてきたヨコタニと

何名かでつるんで居酒屋へ行くのが恒例になっていた

断ろうにも地元を集団就職で出て来て寮生活の俺達には

断りづらいという空気感もある

表向きは愛想のいい後輩を演じながら

俺は今日の”生け贄”を頭の中で選別する


「おう、揃ってるな。んじゃ行くか」

待ち合わせの時間ぴったりにヨコタニが現れ

俺を含めて6人になったメンツは

こうして近場の盛り場に繰り出した

「シガぁ今年の新人は、使えねぇなぁ」

歩きながらヨコタニは

そんな暴言を俺に吐いてくる

「そうッスか?」

「さっきもよぉ掃除しとけつったのに、やらねぇで帰ろうとしてやがってよ」

身長160㎝にも満たないヨコタニは

見た目は立派なスーツを身にまとい

肩をいからせながら歩いていく

おもむろに懐からタバコを取り出し口にくわえる

それを見た俺は素早くジッポー・ライターを取り出し火をつける

「ン」

さも当たり前のようにその火をタバコにつけたヨコタニは

決して安くはない銘柄のタバコの煙を吐き出す

「おめぇもよ、もう3年か?下のモンくれぇしっかり教育しとけ」

「はい、すんませんッス」

何時からこのカイシャはヤクザになったんだ?

その態度と言動に辟易しながらも

俺は上っ面だけは従順な部下を演じた



「オネーちゃん、生6ッツね」

居酒屋に入るなり皆の意見も聞かず注文する

「さー、今日は何から行くかな?」

勝手知ったるチェーン店の居酒屋だ

ほぼ毎日通ってるからメニューも一巡してしまって

もはや何を頼んでも一緒だ

それでも薄汚れたメニュー表に目を通すのは

しがない習性なのか

そうこうしてるうちに最初に頼んだ生・・・生ビールが運ばれてきた

「よし、んじゃ乾杯。今日もお疲れ」

うぃーす

行き渡ったジョッキを掲げ全員が乾杯をする

小上がりにむさくるしいオトコが6人

生ビールのジョッキを空けている姿はどうなんだ?

一瞬、頭の隅をそんな考えがよぎるが直ぐに払しょくする

何時もの事だ

「か~~うめぇ。よし、次行くぞ」

ヨコタニはあっという間にジョッキを空けていた

その小柄な身体の何処に入るのか?というくらい

この男は大酒飲みだった



「んじゃそろそろ、お愛想」

居酒屋に入って2時間

全員がそれなりに飲み食いした後でヨコタニがシメる

俺は素早く店員のネーチャンを呼び

会計の旨を伝える

「よし、二次会行くか」

会計の伝票が来る間

何時もの様にヨコタニが

誰にともなく言葉にする

「2次会すか?明日もありますし、今日はもう帰りませんか?」

思わずそんな言葉を口にする俺だったが

無駄だとは思っていた

「バーロゥ。今何時だと思ってるんだ?まだまだ宵の口だろうが」

確かに定時で仕事を上がり、そのまま居酒屋直行だ

腕時計を見るとまだ20時にもなっていなかった

「お会計です」

丁度店員のネーチャンが伝票を持ってきた

「おう、いくらよ?」

話題が支払いに移り2次会の話は一旦棚上げに

「っと、二万八千円スかね」

「そっか。したら一人三千円な」

明らかに6で割れてないがこれは足りない分は自分が持つという

この男なりの矜持である

俺は”生け贄”達から三千円を徴収しヨコタニに預ける

「おぅ」

ヨコタニはそれを受け取り小上がりから立ち上がる

それを合図に全員が立ち上がる

会計は何時もヨコタニが支払いに行く

その間に俺達は全員外に出て

ヨコタニが会計を終えて外に出るのを待つのだ

ごちそうさまッシた

ヨコタニが外に現れると同時に

全員で並んで御辞儀する

「おう」

傍から見たらまるでヤクザの親分と子分だ

「よーし、全員付き合えよ」

どうやら2次会へ行くのは決定らしい

さっきの俺の提案は無視されたようだ

「何時ものスナックいくか。カラオケ歌うべ、カラオケ」

上機嫌のヨコタニは

先頭を肩をいからせながら歩きだす

うぃーす

他のメンツも否応なしに後をついていく

俺も小走りでヨコタニの後を追った



”何時ものスナック”でボックス席に陣取った俺達6人は

ウィスキーの水割りを舐めるように飲んでいた

店に入るなり”生け贄”の一人が

コンコンとヨコタニに説教されていた

気の毒に・・・

心の中で慰めの言葉をかけながら

俺は先陣を切って歌い始めた

ノリのいい歌が歌い終わる頃

説教は次のターゲットに移っていた

どうやら今日はお気に入りのオネーチャンが居ないらしい

説教モードはまだ続くな、こりゃ

次の曲を他のメンツに選ばせる間

俺は知らないふりをして水割りを飲んだ

「は~い、こんばんわ。お隣、いいィ?」

止せばいいのに年増のオバチャンホステスが

ヨコタニの隣に着こうとする

「・・・ブスに用はねんだよ」

説教を邪魔されて明らかに気分を害したヨコタニが暴言を吐く

みるみる顔が引きつるオバチャンホステスを

「まぁまぁまぁ」

となだめつつ離れた席に案内する

「ちっドブスが」

ヨコタニの止まらない暴言を聞かないふりをして

無理やり座らせたオバチャンホステスに酒を勧めた

注意が此方からそれて再び説教に入ったヨコタニ

それを鬼の形相で睨むオバチャン

もうやめてくれよ・・・

心の中でげんなりした俺は

再びカラオケのリモコンに手を伸ばした



「ママ、今日はもう帰るわ。ツマンね」

1時間もしないうちにヨコタニがそう叫んだ

「あらら、まだ来たばっかじゃないの」

ママと呼ばれたこの店の主はちらと腕時計を見ながらそう返す

「だってこの店、ブスしかいねぇもん」

お気にの女の子が居ないというだけでこの態度である

先程のオバチャンはもうガン無視しでグラスを傾けていた

「しょうがないわね」

「おあいそ!」

ヨコタニが強引に締めた為、ボックス席の俺達も

何となく所在が無い

無言で出された勘定書きに目を通した俺は

金額を伝える

「一万八千円です」

「一人三千・・・いや、二千でいいや」

ヨコタニはそう告げるとソファにふんぞり返る

俺は全員から二千づつ回収するとヨコタニに渡した

「はい、ママ」

預かったカネを財布に突っ込み

新たに財布から万札を二枚出してママに渡すヨコタニ

「釣りはいい」

そう言うや否や立ち上がる

全員もそれに習う

「あー気分悪ぃ」

悪態をつきながら店を真っ先に出るヨコタニ

それを追いかけるように出る俺達


一人ぷんすかして歩くヨコタニを眺めながら

奢りじゃないけど必要最低限の費用以外は

全部この人が支払ってるんだよな

カイシャからいくらカネ貰ってんだろ・・・

と酔った頭でぼんやり考えながら歩いた




「んじゃお疲れ。明日チコクすんなよ」

寮の玄関先で一人自分の部屋に戻っていくヨコタニに頭を下げる俺達

姿が見えなくなり気配が消えたところで

今回のメンツから脱力感が感じられた

「シガさん」

メンツの一人から話しかけられる

「ン?」

「俺、明日は行けないスからね」

「俺も」

「自分もス」

口々に言い始める

「マジかよ」

「マジす。もうカネないス」

「俺もス」

「自分も」

そりゃそうだ

3年務め上げた俺でさえ

毎日毎日、外食させられたんじゃ

あっという間に給料が無くなる

入社して1~2年のこいつらじゃ

俺よりも給料は少ない筈だ

「解った。上手く言っとくわ」

「頼んまス」

「ス」

「ス」

おいおい、後のメンツは”ス”しか言ってねぇぞ

そんなツッコミを入れようにも

酔いが回って来てそれどころじゃない

「とりま、お疲れ。明日チコクすんなよ」

それぞれに声をかけ俺も自室に戻る

酔いでクラクラする頭を振りながら

ジャージに着替えた俺はベッドにダイブした

ぼんやりした意識の中で

窓の外を走る暴走族の爆音や

救急車やパトカーのサイレン

隣の部屋のテレビの音等を聞きながら

俺はまどろみの中に落ちて行った




「おーい、シガ」

係長からお声がかかる

「ハイ!」

俺は持ち場の機械を止め

声をかけてきた係長の元へ行く

「なんスか」

「この書類をよ、総務に届けて来てくれ」

そう言ってB4の茶封筒を手渡された

油で汚れた手袋を外してそれを受け取る

「今すぐにな」

そう言って工員事務所に戻る係長

何で自分でいかねぇんだ?と思いながら

軽く身支度して別棟にある総務事務所に歩き出す

「おうシガ」

ヨコタニが声を掛けながら寄って来た

「係長なんだって?」

「これを・・・」

「ン・・・あぁ、請求書の書類か」

ヨコタニはさすが一目見て何の封筒か見当がついたらしい

「ま、小間使いだな。係長、腰いてぇとか言ってたしな」

「そッスか」

手の平をヒラヒラさせて行って来いとばかりに

俺にジャスチャーし

自分の持ち場に戻るヨコタニ

そのジャスチャー通りと言う訳ではないが

再び歩き出す俺



「失礼しまス」

別棟にある総務事務所に挨拶しながら顔を出す

「ハイ」

受付の事務員さんが返事をする

「これを・・・」

「ハイ、お預りします」

差し出した封筒を受け取り中身を確認した後

ニコリと微笑んだ事務員さんは

「請求書ですね。確かに御預りしました」

玉のような声で返してきた

「ヨロシク・・・」

雰囲気に押されて少しばかり照れ気味に

総務事務所を出ようとした時

勢いよくドアが開いた

思わず反射神経で避けたが

取っ手に伸ばした片手がノブに当たってしまった

「あっ、スミマセン!」

勢いよくドアを開けた本人が

開口一番声を出す

「あぁ、いや大丈夫・・・」

「スミマセ~~ン。ケガ無いですか?」

俺と同い年位の女の子が

ノブに当たった片手を覗き込んでくる

・・・ふんわりと”イイ匂い”が鼻腔をくすぐった

「いや、ホントに平気だから」

「や、ダメですよ。結構イイ勢いで当たっちゃったし」

押し問答をしていると

総務事務所の長から声がかかった

「イズミちゃん、いいから医務室連れてって」

「は~い、行ってきます!」

そう言うなり俺は腕をつかまれてしまった

「さ、行こ」

その勢いに俺は圧倒されて為すがままになった



「ハイ、これで大丈夫」

医務室の女センセイにノブが掠った右手に湿布薬を貼られた

「あぁ・・・」

健康診断しか医務室に縁が無かった俺は少し戸惑っていた

「でも軽く済んでよかった~~」

「イズミちゃん、そそっかしいからね」

「あ、ひど~~い」

医務室の女センセイとイズミちゃんと呼ばれた女の子

二人のホンワカ会話を聞きながら

総務事務所にこんな子いたっけな?と考えていた

「あ、イズミちゃんね。先月から事務に採用された人なのよ」

女センセイが説明してくれる

そうなのか・・・どうりで・・・

心の中で納得していると

「よろしくね!えっと・・・?」

「シガ、シガ・マサルって言います」

思わずフル・ネームを名乗ってしまった

その答えにフフフと笑みを浮かべた女の子は

「ワタシはコトブキ・イズミ。よろしくね、シガくん!」

初対面のオトコに”くん”付けかよ・・・

心の中で不満を漏らしながら

むさくるしい生活の中に生まれた出会いが

これから起こるであろう

出来事の予感と共に

少しばかり世の中を

斜に構えて見ていた俺に

爽やかな風となって

吹き込んだのだった



甘く切ない若かりし頃の記憶

何十年かして自分の人生を振り返った時

それが自身の青春の日々であると

噛みしめる日がきっと来るはず

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