女王様のフェロモン
何事も長く続けていると
飽きが来るもの
そしてその恩恵にあずかるものは
時として盲目になるようで・・・
「はぁはぁはぁ・・・ここまで来れば・・・」
ベリンダは自身が隠れるのにちょうど良い
洞窟の中に身を潜めてつぶやく
頭部のセンサーにも
広角バイザーのついた視界にも
追っ手の気配はない
「・・・ふぅ・・・」
洞窟の外は大雨である
周りの気温が下がってきているのに気付く
寒さにぶるっと震えると
そのしなやかな手足をすくめる
軽く両の腕をこすると
いくらかマシになった
いざという時のために背中に装着されている
ウィングを乾かさねば・・・
そう思ってふと洞窟の奥を覗くと
先客がいたようだ
「へっへへ・・・お嬢さん、こんな雨の中どちらへお出かけで?」
先客の毛むくじゃらな男は
額のバイザーをこれ見よがしに光らせる
「べ、別に何処だって良いじゃない!雨宿りよ」
ついつい、何時ものようにツンとしてしまう
心の中ではしまったなぁと思いつつも
横を向けてしまった顔は元に戻せない
「へへへ、まぁそうつれないことを言わずに」
毛むくじゃらな男は言いながらじわじわ近付いてくる
「俺の名はモグチツ、て言うのさ」
「あっ何を・・・!」
急に真横に張り付くように体を寄せてきたモグチツ
ベリンダは一瞬の隙を突かれ
男の体の下に組み敷かれてしまう
「なぁに。おとなしくしてりゃ痛い思いをせずに済むからよ」
「あ、やめて、よして」
モグチツは長い手足をもぞもぞと動かすと
ベリンダの体をまさぐり始める
「あっあっ、いやっ!」
モグチツの慣れた手つきが
ベリンダに嫌悪感を抱かせる
「暴れるんじゃねぇ!こうなったら覚悟を決めな・・・」
語気が荒くなったモグチツは
ベリンダに絡める手足を強くする
「あうっ」
強い力に反撃する気持ちが薄らいでしまう
「ふひひ・・・最初から大人しくしてりゃいいのよ・・・」
勝ちを確信したモグチツは
目を閉じかけているベリンダを見やり
にやりと笑うと口を大きく開いて
「うふふ・・・」
と言いながらベリンダの首筋に近づけていく
「がっ!!」
急にモグチツがうめいて動きが止まる
「・・・?」
不思議に思ってベリンダは閉じかけた目を開ける
「危ない所でしたな女王様」
そう言って精悍そうな笑顔を向けてきたのは
親衛隊の一人、ペムシコであった
「全くですぞ、女王様。油断なさるにも程がある」
声を合わせてきたのは同じく親衛隊の一人、ケンムタだ
親衛隊の持つ毒槍に貫かれ
哀れモグチツは息の根を止められていた
「全く、女王様に何たること。不敬のやからめ」
ケンムタはそう言うと
上顎に付いている大きな牙で
モグチツの体をひょいとつまむと
洞窟の外へ放り投げてしまった
「・・・ありがと」
気まずそうに御礼を述べるベリンダ
その様子を見て親衛隊の二人は顔を見合わせる
お互いにふっ、と含み笑いをすると
「ささ、女王様。雨が上がったら城に戻りましょうぞ」
「そうです。皆、女王様の帰りを待ってますよ」
そう言いながらベリンダを挟むように床に腰掛けた
急に親衛隊の二人に挟まれたベリンダは少し戸惑ったが
「アタシ、帰りたくない」
と言ってむくれた
「また・・・そんな我が儘を」
ペムシコは困ったような顔をする
「皆、女王様をお慕いしているというのに」
ケンムタも溜息交じりに顔をしかめる
ベリンダは自由になりたいと何時も考えていた
毎日毎日、お城では上げ膳下げ膳
自分でする事は一切無い
常に誰かが付いていて身の回りの世話をしてくれる
することと言えば
夜のお勤めだけ・・・
しかも毎日毎回、違う相手と・・・
もうウンザリ!
自由になってもっといろんな事をしたい
そして誰か一人の人と一生を添い遂げたい
ベリンダは日増しに募るその思いに
ついに単独でお城を飛び出してきたのだ
だが逃避行はすぐに終焉を迎えそうだった
事もあろうに親衛隊の二人に見つかってしまうとは・・・
「・・・二人だけ?」
様子を伺うように言葉を投げかける
「ええ、まぁ」
ペムシコは少しはにかんで答える
「ふぅん。そっか。二人だけなんだ」
ベリンダは二人ならば振り切れるかも?
と内心考えを巡らせていた
「おっとと。もう逃げようとしても無駄ですぞ」
ケンムタが心中を察したように釘を刺す
どきりとしながらもベリンダはケンムタの方を見やり
どうして?といった感じで小首をかしげる
その仕草にドギマギしてしまうケンムタ
「それはそのぉ」
歯切れの悪いケンムタに
ベリンダはじれったくなる
「・・・実はですね、大変言いにくいのですが」
その様子を見かねてペムシコが助け船を出す
変わって反対側の方へ首を回すベリンダ
その瞳に見つめられて
ペムシコも顔が少し赤らむ
「なぁに?ハッキリ言って?」
ベリンダに問い詰められて観念したのか
咳払いをしてペムシコが口を開く
「女王様。実は女王様からは、特殊な匂いがするのです!」
「えっ!?」
「その・・・匂いというか何というか・・・」
「我らには、すぐに分かるのです!」
驚くベリンダに親衛隊の二人はハッキリと答える
「それって・・・酷い!私が臭いっていうこと!?」
ベリンダはショックのあまり、大声を出してしまった
「いや!いやいやいや!」
「臭いのではなくて!」
二人は懸命に言い訳をする
「酷いッ!!酷いッ!!」
ベリンダは泣きながら顔を突っ伏してしまった
それもそのはず
いくら少女ではない女王ベリンダとて
匂うと言われれば傷つく
洞窟の外の雨とリンクするように
しばらくの間しくしくと泣き伏せるベリンダ
迂闊な発言をしてしまった二人は
それが収まるまで
ぼんやりと外を眺めていた
「・・・女王様」
ペムシコが優しく話し掛けてきた
「・・・」
無言のまま顔を伏せているベリンダ
「女王様の匂いは・・・良い匂い、何ですよ?」
顔を伏せたままのベリンダにペムシコは話し掛ける
「そうですぞ。とても素敵な匂いです」
ケンムタも調子を合わせる
「・・・」
無言のままのベリンダ
「それに・・・今こうしていても・・・」
すすす、と身を寄せるペムシコ
「さようです、さようです」
反対側からケンムタも身を寄せる
「とても素敵な匂いですよ」
顔を寄せて、くんかくんかする二人
「幸いここは我々だけです」
「うむうむっ」
「・・・」
完全に密着状態になる
「ささ、もっと近くに」
「うむ、うむっ」
「・・・・・・・」
密着の度合いを超えてきた
「はぁはぁ、いいですよね?ねっねっ!」
「うむ、うむっ!!」
「・・・・・・・・・・・・」
ベリンダの体をまさぐり始める二人
「あぁぁ、じょうおう、さま・・・」
「うむぅ、うむぅ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
息が荒くなる二人は油断する
その隙を突いて
ベリンダは素早く二人の間から抜け出し
洞窟の外へ飛び出した
「ああっ!?」
「女王様ッ!外はまだ危険です!」
背後で二人の情けない声が聞こえたが
もはやどうでもよかった
ベリンダは外に出ると
雨が上がっているのを確認して
背中のウィングを展開し
マックス・スピードで飛び上がった
・・・よく確認していなかった
飛び上がったベリンダの側面から
赤い、巨大な物体が猛スピードで現れたのだ
ぺしゃっ
「あ、ちっきしょう!」
真っ赤なスポーツカーを操るケンヂは
道路脇の側溝辺りから飛び出した物体を
スポーツカーでつぶしてしまった
黄色い体液が飛び散り
フロントガラスを汚す
「や~~ん、汚~~い」
助手席に座っていたケンヂの彼女は
フロントガラスの汚れを見てヘンな声を出す
ガラスに飛び散った汚れを
ワイパーで拭き落とす
「ついてねぇ~。落ちっか、これ?」
ケンヂが悪態をつく
「田舎道なんか通るから~~」
「だってよぉ、こっちのが近道じゃん!」
バカップルはそんな会話を交わしながら
田舎道を走り去っていった
女王”蜂”の、フェロモンをまき散らしながら・・・
蜂の社会はメス中心なんだそうで、この話みたいな事案は起きないらしいです
女王蜂も一回交尾したら、長期間にわたり交尾せんでも
卵を産み続けられるそうです(腹部に精子を蓄えられる特殊な袋があるんですって!)
そっかぁ・・・メスばっかなんかぁ・・・(むらむら)