表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しゃもじ おひつ の オムニバスゥ   作者: しゃもじ おひつ
15/16

ヒーローにあこがれた男

”あこがれ”は誰にでもある

自分にあてはめて、夢想する

そしてそれに向かって努力するのだ・・・

「やっぱり原点は、アメリカン・ヒーローだよな」

賑わいのあるバーのカウンターで

スーツを着込んだ1人の男性が

マスターに話しかける

「今や日本もヒーロー生産国と言ってもいいだろうが」

ここでいったん会話を切って

ショットグラスを傾ける

「原点、スタートはアメリカン・ヒーローよ」

彼の言うアメリカン・ヒーローとは

背中にマントを翻し

空を飛び、怪力や超能力でもって

世間に起こる事件事故を解決する人物の事だ

「俺もなぁ昔は憧れたもんよ。こう、空をびゅーん、ってなぁ」

大分酔いが回ったのか大きな身振り手振りで

空を遊泳するようなモーションを取る

若干周りの客に嘲笑気味に引かれる

それでも彼は酔いのせいか饒舌が止まらない

「未だに体を鍛えてるんだぜ?スイミング通ったりよぉ」

おもむろにスーツの前をはだけて

発達した大胸筋を誇示する

水泳で鍛えられた大胸筋は確かに

スーツの下のワイシャツのボタンを

弾け飛ばしそうな盛り上がりを見せる

だが

急にテンションを下げてため息をつく

「・・・どうかしましたか?」

流石の激変ぶりに店のマスターが問いかける

「ンー、それがさ・・・」

その男はおもむろに口を開き始める

「こないだの健康診断で引っかかってさ」

グラスを握る手がかすかに震える

「もう過剰なトレーニングは禁止だとさ」

「・・・ほう?」

勢いでグラスに残った酒を飲み干す男

「内臓ですか?引っかかったのは」

マスターが軽く受け流して聞き返す

「ンー、心臓。激しい運動に耐えられないんだってさ」

「そりゃぁ大変だ。お酒も控えなきゃ?」

「ンー、そうかもねぇ」

寂しそうに笑った男は

同じ物をマスターにおかわりする

ウィスキーのショットだ

いいんですか?というマスターに

大きく頷いて返事をする

「だからさ、今日は飲み納めなのよ」

目の前に置かれたウィスキーショットのグラスを

両手で包み込むように握る男

「憧れてさー体も鍛えてさー」

周りの客は既に興味を失い

男の話に耳を傾けているのは

目の前のマスターしかいない

「なのにさ・・・」

こんな仕打ちって、と細く呟いた後は

嗚咽を始める

今度は泣き上戸だよ、と

男が俯いて見てないのをいい事に

マスターは苦笑いを浮かべる

男の嗚咽はしばらく続き

流石にマスターも気の毒に思ったか

男の前から場所を移動する

そんな男の嗚咽を気にする風も無く

バーの賑わいは続いて行った




大通りを千鳥足で歩いていた男は

したたかに酔っていた

うっかり輩の様な二人組に

ぶつかりそうになるのを回避して

男は建物の間に入り込む

嘔吐したくなったからだ

こみ上げる不快感を足元にぶちまける

ひとしきり嘔吐すると

いくらか気分も収まる

はぁはぁと荒い息をしていると

誰かが背後から声をかけてきた

「ダイジョウブ、デスカ?」

間の抜けた問いかけに

イラついた男は

「大丈夫に見えるかッ」

声を荒げて振り返り

相手を睨みつけるべく

目を見開く

・・・

その相手を見た途端

男は驚愕した

その男は

先程話題に上がった

アメリカン・ヒーロー

その者だったのである



「イヤァ、ソレトナクハナシヲミミニシテシマッテネ」

聞き取りにくい片言の言葉で

件のアメリカン・ヒーローは

気安く話しかけてくる

「は、はぁ」

男はそれよりも

アメリカン・ヒーローのいで立ちに驚いている

「アァ、コノカッコウデスカ?メダチマスヨネ」

男の視線に気づいたのか

そういって苦笑する

「トリアエズ、コチラニ」

誘われるまま男は

アメリカン・ヒーローに

抱えられて路地裏に移動する



移動した先にあった

路地裏の駐車場に

似つかわしくない物体が駐車されていた

「こ、これは・・・」

「ワタクシノ、”アイキ”デス」

そう説明を受けると

駐車してある光り輝く流線型の物体に近づく

路地裏とは言え

こんなに目立つ物体が置いてあるのに

誰も気づかないのか、とか

更に言えば

このアメリカン・ヒーロー然な”いで立ち”の

頭のイカれた男が何者なのか、とか

そんな疑問が頭の中をくるくる回っている間に

サクサクとアメリカン・ヒーローが説明を続ける

「アナタ、ヒーローニアコガレテイル」

「ソレ、サキホドノカイワデワカリマシタ」

「ソシテ、カゲデドリョクシテキタコトモ」

「イマゲンザイ、カラダニシショウガデテ」

「ソノユメガ、タタレヨウトシテイルコトモ」

説明しながら謎の物体の表面を

何やら”かちかち”と操作している

「デスカラ、コレ、ワタクシカラノプレゼントデス」

言い終わると

光る物体のドアが開く

中にはまばゆいばかりの機械類や

数々のヒーロースーツが陳列されていた

「こ、これは?」

思わず引き寄せられるように近づいて

その一つを手に取る

夢にまで見たヒーロースーツ

その質感と輝きに心を奪われる

「ドウデスカ?」

問いかけられ

思わずうなずく

「ソレダケデハ、アリマセン」

アメリカン・ヒーローは

男の心臓付近に手をかざす

「シンゾウノフグアイモ、ナオシテサシアゲマショウ」

「ああ」

そのかざされた手の平の暖かさに

男は恍惚感に包まれる

「コレカラハ、アナタガ”ヒーロー”ニナルノデス」

遠くから聞こえてくるような

やさしい言葉に

男は満ち足りた気持ちで

意識を手放していった・・・




翌朝

路地裏の駐車場前で

心臓マヒで亡くなっていた男が見つかり

ニュースになった

新聞のニュースで

それを知ったバーのマスターは

顧客が減った事への喪失感と

タクシーを呼んであげればよかったかなぁ

と幾ばくかの後悔をする

しかしそれも一時

日々の生活に忙殺されて

記憶の隅に埋もれていくのだった



努力が報われるとは限らない

だが成功した者は、必ず努力している

男が最後に見たのは幻影か、それとも・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ