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5話

「先生おはようございます。」


 朝の廊下。丁寧な挨拶をかけてきたのは、教え子である北条奏だった。

 少し茶髪寄りの髪と、全体的に薄めの色素。こうして見るといくらか海外の血が入っている見た目であることを意識する。


「うん、おはよう。」


 にっこりと会釈をしてすれ違っていく北条の所作からは育ちの良さが伺えた。さすがは貴族の娘というところだろう。

 その姿を見送ると、今度は短めの黒髪の生徒が前から歩いてくる。


「おはよう、白坂。」

「……おはようございます。」


 北条と違って、少しぶっきらぼうな挨拶だった。とはいえそれが教師に対する普通の態度だろう。挨拶をしっかり返すだけでも良い方だ。

 まあ幸いこの学校の生徒は態度も良く、基本的に皆ちゃんと挨拶は返してくれるので教師としてはやりやすいものだった。

 そのまま速足にすれ違っていった白坂は、先を行く北条に話しかけると、打って変わって明るい笑顔で話し始めていた。


(魔法使いか……。)


 学校の外で戦っているようには到底見えない、ごく普通の仲の良い女子校生2人組だ。北条の家系がどうであれ、身を危険にさらすようなことはして欲しくはない。


(僕が代わりでもやれるものかな。)


 見えないように身に着けているネックレスに手を伸ばす。あのバーで無理やりに押し付けられたそれは、一応身に着けるようにしていた。

 使いこなせる気はしないが、それでも持っていないよりはマシに思えたのだ。


(仮に、一切駄目だったとしても……。)


 月宮さんの要望は、無茶ぶりにも思えた。だが、教え子が危険な目に合う可能性を少しでも下げたいという思いもある。

 試してみるのも、よいだろう。

 使い方は月宮さんが教えてくれると言っていた。不安はあるが、やってみるだけやってみるとしようか。





 夜の上空、倒すべき化け物が縦横無尽に動き回っている。

 まだまだ3次元的な認識能力が習得しきれていない私は、すぐに見失ってしまう。


「奏!5時上方!」


 そんな私に、自身も戦いながら位置を伝えてくれるのはこの世界で知り合った明音だ。

 彼女の言う通りの方向を向いて攻撃を放つが、命中させることはできない。


「逃がさない!」


 その敵をしっかりと追いかける明音の動きは、もう私より洗練されたものかもしれない。

 明音の放つ攻撃は敵をかすめるが、直撃することは無かった。


 そのことに少しばかりの安堵を感じてしまう自分を嫌悪しつつ、カバーに回る。いつからか、明音の上達を素直に喜ぶことができなくなっていた。

 このままだと私は追い抜かれることになる。私よりはるかに後から魔法を使い始めた相手に、こうも簡単に追い抜かれることになるとは思っていなかった。


(でも私は、もっとやれる!)


 速度を上げ敵に接近していく。再び引き金を引こうとしたとき、ふと以前に見た戦闘の景色が頭に浮かんだ。

 憎むべき仇の戦いだったが、その強さは圧倒的だった。


(今撃っても……また当たらない。)


 私の射撃の腕、そして敵の動きの速さを考えればこの距離で撃ってもまた無駄に魔力を消費するだけだ。

 少し冷静になった頭が、しかしリスクのある行動を選択させる。


 魔法戦闘は射撃による中遠距離戦が主体、でもそれではこの敵は倒せない。


「奏!?」


 怪訝そうな声を上げる明音には応えず、私は機動に意識を集中する。とにかくもっと距離を詰めるまで、射撃のことは考えない。


(詰めれた!)


 そうして一瞬、偶然も重なりながら敵が眼前に現れる。その瞬間、初めて銃の引き金を引いた。ほとんど接射に近いその攻撃は、今度は外れることもなく目標を貫いた。


 消滅していくその姿を、肩で息をしながらぼうっと見つめる。

 今までの自分ではなかなか勝てなかったであろう相手、その倒し方を父の仇から学んだことになる。


(いや、それでもいい。)


 手段は何であれ、私はもっと強くならないといけない。

 アトリア家の次女として、姉さんにも負けないように。





「奏さまも戦闘スタイルが柔軟になりました。」


 再び酒に誘われた僕は、月宮さんから北条の戦い方について報告を受けていた。若者らしく、日に日に成長していっているらしい。


「そうなると、僕の出番でもないんじゃないですかね。」


 ここは日本酒も良いものを置いているようで、米の旨味が感じられる透き通った酒の喉越しを楽しみながら話す。

 物好きなもので、月宮さんは今日も同じ酒を飲んでいる。


「いえ、まだまだ粗削りです。危なっかしいことこの上ありません。」


 辛口評価で、彼女は言ってのける。そうして僕の目を見つめて、提案する。


「それで、まずはその道具を使ってみませんか?」


 僕が身に着けているネックレスを指して言う。預かったはいいが、使ってみたことはまだなかった。

 確かにそろそろ、試してみるべきだろうか。


「そうですね……それで、使い方は?」

「軽く意思を込めれば応えてくれますよ。使い手に合わせてサポートするように発達した道具ですので。」


 その言葉を聞きながら、ネックレスを服の中から取り出す。その宝石は相も変わらず紫色に綺麗に輝いている。


「思うだけ、ですか。」


 呟きながら席を立つ。とりあえず座ったままでは都合が悪いだろう。

 椅子から離れ、とりあえず近くに物がないところに立つ。


「そのまま、気負う必要はありません。魔法を使いたいと念じればそれでよいのです。」

「魔法、ですか。」


 宝石を見つめながら、考える。僕が魔法を使えれば、彼女たちの危険を少しばかりか減らすことができるかもしれない。

 この世界から見れば随分常識外れの考えであるが、魔法の実在は疑っていない。散々目にしてきたものだ。


 目を閉じて、思いを明確にする。

 するとあっけなく、手に包んだ宝石から熱が発せられるのを感じた。瞼を開くと、自ら紫色の強い光を放ち周囲を照らしていた。

 それと同時に、全身が何かに包まれるような感覚を覚える。月宮さんを見ると、うまくいったといった表情でこちらを嬉しそうに見ていた。



 しばらくして光が収まると、全身の服装が変化しているのが分かった。そして両手にはずっしりした武器の感覚がある。頭部にも、違和感があった。

 とりあえず、月宮さんに尋ねる。


「……月宮さん。」

「うまくいきましたね、思った通りです。何もかも素晴らしい感じです。」


 随分と満足気であるが、問いただす必要がある。


「これ……服装がですね。」

「どうぞ、鏡です。」


 そう言って月宮さんが持ってきた姿見に、今の自分の恰好が映る。


 黒いドレスを着た人間がいた。

 スカートは後ろとサイドは長くなっているが、前側は短くなっており、視点を変えれば動きやすさが確保されているようにも見える。だがニーハイブーツで覆われていない太ももが随分としっかり外に出てしまっている。

 上半身の肌の露出は控えめであるが、胸元はやや開いており、綺麗なネックレスに飾られている。

 さらに上に目線を向けると、長く伸びた髪の毛がハーフアップにされている。顔もメイクがなされており、髪型や服装に違和感がないように仕上げられていた。


 つまるところ、男性の恰好ではなかった。


「なぜここまでしっかり女装させられているんですか、僕は?」


 声を出してみて、普段と異なる高い声が出ていることにも気づく。まさか……と確かめたが、頭髪以外は肉体そのものがどこか変化しているわけではなかった。


「本当にお似合いですね……。いえ、魔法使いは女性ばかりですから、男性の恰好ではむしろおかしいんですよ。」

「だからといって……武器さえあればよいのではないですか?」

「そういわけにもいきません。魔法使いは装いも重要です。それにしても、特注した甲斐がありました。」


 彼女の言っていた特注、と言う言葉はこのことだったのだろうか。武器もあの2人とは異なるものが両手にあるが、どうにも服装に対する言葉のように思えてきた。


「しっかり適合できているようです。魔法も、ちゃんと使えると思います。どうしますか?」

「……この恰好だけはどうにかなりませんかね。」

「変装の意味でも、悪くはないかと思いますよ。」


 実際、戦えるようになったとしてもあの2人に教師としての正体が露見することは望んでいなかった。そう考えれば確かに普段とは全然異なる装いをすることにメリットはあるのだが……。


「まあ……とりあえずはいいか。」


 女装は、初めてのことでもない。そういう顔付きでもあったから、大学時代に色々と経験もした。

 この格好の必要性についても理解しないわけでもない。実際、男が魔法を使っていれば目を付けられるのだろう。

 長い髪になった頭をかきながら、なんとか自分を納得させる。これも教え子たちのためと思えば我慢できないことでもない。


「適性が分かっただけでも、今日は収穫ですね。これから使いこなせるように練習していきましょうか。」


 機嫌よさそうに再び酒を口にする月宮さんは、こちらを眺めながらご満悦のようだった。


「あ、せっかくですからその格好のままで飲みませんか?」


 どうも酔ってきたらしい彼女の提案は、また突拍子もないものだった。

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