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3話

まだまだ導入。



「今日は結構うまくいったかなぁ。」


 やるべき仕事を終え、奏の家に来た私は一息つく。

 この1年、魔獣を戦うことが日常になっていた。月に2、3回くらいだけど、ばらまかれてしまった魔獣を確実に駆除していくことができている。

 このペースなら、あと数カ月で全部終わるかもしれない。


「そうだね、明音ちゃんどんどん魔法の狙いが正確になって来てるよ。私も頑張らないとなぁ……。」


 奏の言葉に嬉しくなる。

 最初は全然魔法を使いこなせず、この間も魔獣を追いきれずに一般の人を危険にさらしてしまった。

 少しずつ上達していっているとはいえ、まだまだ力不足であるのが歯がゆい。


「もっと強くならないと、あの人には……。」


 奏が真剣な表情でつぶやく。

 彼女は時々、こういう凛とした表情を見せる。普段の柔らかい笑顔とは対照的だ。


 あの人、とは奏にとって因縁がある魔法使いの女性のことだ。

 魔獣がばらまかれる原因を作り、そして奏のお父さんを殺めた共犯者と言われている人。


 今のところ直接的に戦う状況にはなっていないけど、いつかは戦わないといけない日が来るのかもしれない。いや、奏はその覚悟を決めている。その決意はしっかりと聞き届けている。

 魔獣だけじゃない。この騒動の元凶である彼女のことも含め、奏は自分の手で事件を処理することを決意している。

 温和そうな見た目とは正反対の強い意志が彼女の中にはあった。



 最初は、なんだか他人の目を気にしておどおどしてるような、気弱そうな子だと思った。

 2年生の春に転校してきた彼女は、人懐っこそうな美人ですぐにクラスの注目を浴びた。でもクラスメイト達から話しかけるとき、いつも無難な返事を探っているかのようだった。


 正直、そういう態度は好きじゃなかった。だから私は彼女に特段の興味は示さず、彼女のことは遠くから眺める程度で過ごしていた。


 でもあの夜、別の彼女を見た。

 魔獣と戦う彼女の顔は、普段とは全然違っていた。あとから知ったことであるけど、あれは武門の家柄であるアトリア家の顔だったんだろう。

 相手を射殺すような、強い意志のともった瞳。その目に惹かれたのだ。



 魔法の素養があった私は、色々あって魔法を使って戦うようになった。彼女と一緒に、戦ってみたいと思った。

 でもうまく戦えるようになれるまで、随分時間がかかったものだ。


 ようやく彼女の足を引っ張らない程度にはなったものの、実力はまだまだなのだろう。それを思い知ったのは、ある魔獣を取り逃しかけた日のことだ。


 結界から外に出てしまおうとする魔獣を、私も奏もうまく追いかけることができなかった。魔法を放っても全然当たらず、追いかけようとしても左右にフェイントをかまされ、良いようにあしらわれるだけだった。

 いよいよ追いつけなくなろうとしているとき、全力で飛ぶ私の横を1つの影が追い抜いていった。

 その正体をしっかり視認することもできないまま、その魔力の軌跡が魔獣に追いついていく。複雑に飛び回る魔獣に、一切後れを取ることなく機敏に取りつくその姿。

 逆に魔獣を翻弄するようにその上下左右から放たれる魔法が着実に魔獣の体力を削っていき、そしてついにはなんと地上に踏みつけられ、ゼロ距離からの射撃で止めが刺された。


 動きが止まってからようやく見えたその人を見て、奏は声を震わせていた。

 あれが私の父の仇だと。


 その女性は、つまらなそうな顔で私達を見ていた。お前たちは、その程度なのかと失望しているような表情に見えた。

 見せつけられた力の差に、私は愕然とした。もっと上を目指さないと、と痛感した。

 自分の人生、なにをしたいのかも漠然としたまま過ごしてきた私だが、魔法を上達させることを心の底から渇望していた。魔法は、今までの人生では経験したこともないような輝きをもつ存在だったのだ。それをもっと習得してみたいと願った。


 一度その光を見てしまった以上、他のことにはもう関心を持てなくなっていた。

 そうして、私は学校の進路相談でもいつも何の回答も出せないのだ。



「で、今回もまだ進路は未定かぁ。」


 担任の藤宮先生が溜息をつく。

 それなりに歳上ではあるが、女の子のような色白の顔からは教師としての威厳は感じられない。これで髪でも伸ばしていれば本当に性別が分からないところだった。

 そういう見た目はともかく、真剣な顔で私の進路を心配する問いかけにはっきりとした返事はできないでいる。


「まだ……分かりません。」


 私のその返事に、先生はため息をついて天井を見上げる。

 そうして目をつぶり、私に問いかける。


「何か……興味のある事とか、好きな教科とかはないの?」


 好きな教科、というのが先生らしい言葉だ。

 常々『学問こそが人にとっての武器だ』なんてことを言う先生の考え方がにじみ出ている。


「就きたい仕事もないですし、勉強だって好きじゃないです。」

「……とりあえず大学、なんて言い方も好きじゃないけども、学ぶことはとにかく武器になる。入学後に学部を選べる大学もあるけど、ある程度の方向性は決めておきたいもんだね。」


 先生は、ともかくも私を進学させておきたいらしい。

 その態度が少し意固地にも思えて、反発してしまう。


「そうはいっても、大学にいくだけが人生じゃないと思います。」

「就職するか、進学するのか、どっちが正解なのかを考えるにしてもやりたいことのイメージがないと何も言えないんだよね……。成績も良い方だし、これからももっと学んでほしいんだよ。」

「……先生は、勉強が当然の人生だったのかもしれないですけど、みんなそうじゃないんですよ。」


 反発する私に、先生は怒るでもなく困ったような顔をする。

 そういう表情をするから、今一つ生徒達から敬意を払われないのだ。……尤も嫌われているわけではないけれど。


「……僕は、生まれは悪い方でね。実は勉強なんてものは本来の環境的には無縁のものだったんだ。」

「え?」


 私の反発に対して、意外な言葉が返ってきた。


「ろくに勉強なんてしてなかった子供の頃の僕だけど、ある時近所で1人のじいさんが塾を開いたんだよ。でまあ、そこに興味本位で近づいていった僕に、なかなかに目をかけてくれてね。学費を求められることもなく、無償でいろんなものを教えてもらったよ。」


 遠い目をして語る先生。インテリの印象とは正反対の過去だった。


「思い返してみれば、そこも変な塾だったよ。近所の人たちも、年寄りの変な趣味だと思って誰も近寄らなくてね。結果、僕はその人に付きっきりで教わることができた……。そのおかげで僕は、学問で何とか食っていけるようになった。その塾が無ければ、僕は悪い生まれ育ちのまま、人生の選択肢をろくに持つことができなかったと思う。」

「選択肢ですか。」

「はっきりとした目標がないにしても、選択肢は広く持てるようにした方がいいよ。」


 

 何度目かの面談は、今日も結論は出ずじまいだった。

 先生が親身に私のことを心配してくれているのは分かる。プライベートな身の上話までしてくれた。


 何を目指すのか……。

 今の私は、本当ははっきりと答えを持っている。言うまでもなく、魔法だ。

 だけど、それはこれからも追い続けられるものじゃない。この事件が終わってしまえば、私と奏の協力関係も終わることになっている。

 せっかく見つけた輝く夢も、期間限定の物でしかない。


「ずいぶん、残酷なことをしてくれたね……。」


 あの日、別世界の輝きを見せてくれた奏のことを、少し恨めしく思った。




 白坂との面談は、今日も特に得るものは無く終わってしまった。

 まあ、将来の夢なんてものはそう簡単に降ってくるものでもない。あるいはそんなものをはっきり持てる人の方が幸運なんだろう。

 自分自身も、今は大した目標を持ってるわけでもなかった。


「教師と言うのは、難儀な職業のようですね。」


 学校からの帰り道、見知った顔が声をかけてきた。

 綺麗な銀髪の日本人離れしたその顔は、先日色々な情報を説明してくれた月宮さんだった。


「お詳しそうな口ぶりですが?」

「まあ、当家が迷惑をかけている相手です。将来のことについても、できる限り支援をしておきたいと思っていましてね。」

「……ご用件は?」


 白坂と北条の関係は理解しているとはいえ、あまり生徒のプライベートを他人に話すつもりはない。少々ぶっきらぼうに、用件を尋ねる。

 すると彼女から返ってきた提案は、随分意外なものだった。


「一杯、やりませんか?」

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