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2話

 白坂明音あかね

 高校2年生、成績は中の上といったところ。短めの髪から運動部系の活発そうな印象を受けるものの、所属する部活は無し。教師への態度は丁寧ではないが、不良というわけでもなく凛とした強気の生徒だ。

 だが懸念するところとしては、2年の冬に差し掛かるこの時期にあっても進路を定められていないことだ。面談や家庭訪問でも、はっきりとした希望は聞き出せていない。


 そして北条かなで

 明音と同じクラスで、普段から仲良さそうな少女だ。明音とは対照的に落ち着きのある丁寧な生徒で、成績も上の中といったところ。

 卒業後は留学を希望しているが、何より特徴的なのは家が大層立派であることだ。

 家庭訪問の際には、その大きな屋敷に度肝を抜かれたあと、さらに今どきの使用人たちの存在に驚いたものだった。


 この2人が出会った魔法少女たちに間違いなかった。

 出会った翌週の朝のHR、2人の様子も見やるが特に変わったところはなかった。


 あれが彼女たちにとっての日常なのだろうか。

 教師として、このような状況に対する対処法はよくわからない。不良であるわけでもないし、校則にも魔法を使ってはいけないなどという規定は存在していない。


(バイト……も禁止は無いか。)


 金をもらってああいうことをしていたとしても、校則違反ではなかった。

 とはいえ生徒が危険なことをしているのであれば、望ましいことではなかった。ともかく、実態を把握しておきたかった。




 そう考え、なんとかバイクが修理から帰って来て以降は趣味のツーリングも兼ねて町の様子を見て回り、以前見たような光を探していた。

 見晴らしのいい山頂の広場から、町を見下ろす。こういったことを数日続けていたが、目当ての物は見つかっていなかった。

 そして今日も見つからず、諦めて帰ろうとしたとき、視界の端にかすかに光が見えた。


 その方向を、双眼鏡で覗き見る。

 双眼鏡越しでも少し遠いが、2つの光は先日目にしたものに間違いはなかった。


 今日も戦っているようだった。

 光は激しく動き回っている。少女たち自身の移動時に放たれる光と、攻撃の光が存在している。

 なかなかに手こずるようで、先日のようにしばらく光が飛び回っている。


「……あれはやっぱり、危ない行為なんだろうかな。」

「その覗き見も危ない橋ではありませんか?」


 突然背後からかけられた声に双眼鏡を落としそうになる。

 振り返ると、こちらに物騒な銃を向けた女が自分を睨み付けていた。その顔には、見覚えがあった。


「やはりあなたでしたか。」


 睨め付けていた女の目が、少し見開かれる。向こうもこちらに見覚えがあったようだ。


「なるほど……。」


 納得したようにつぶやくと、女はすぐに銃を下ろした。

 さて、見覚えはあるものの、自分にとってのこの女の関係性はなんだろうかと考える。最近目にした人の中から記憶を探るがすぐには出てこない。

 だがその答えは女の方から提供された。


「奏さまの担任の方ですね。」

「……北条家の方ですか。」


 北条家、あの少女の屋敷の人間と言うことだろうか。


「北条家の使用人の、月宮沙耶さやと申します。」

「北条さんの担任の、藤宮葵です。」


 ひとまずは互いに自己紹介をする。北条家の使用人、知らない名前だった。

 以前の家庭訪問でも、印象には残っていない。


「2人が気になりますか?」

「担任教師として、教え子たちが何をしているのかは知っておきたいですからね。」


 最初の敵対的な態度は消え失せ、友好的に話しかけてくる。それは本当にありがたかった。


「そうですね……でしたら、ここは何ですし場所を変えましょうか。」

「教えてくれるんですか?」


 意外と協力的な態度に拍子抜けする。最初の銃を向けてきた様子とはまるで変っていた。


「ええ、あなたには知って頂いていたほうがよいでしょうから。」

「……そうですか。」



 案内されたのは、北条家の別邸とのことだった。

 本邸、あの大きく立派な建物とは違い落ち着いたものではあるが、それなりに立派な一軒家だった。


 こちらに、と言われて座った椅子でしばらく待っていると、先ほどの女……月宮さんが紅茶をもって戻ってきた。


「少し、長くなるかと思います。」


 そう言いながら注がれた紅茶は、普段飲むことのないような上品な香りだった。


「随分友好的ですね。」


 ふと、抱いていた疑問を問いかける。

 不躾な聞き方であったかもしれないが、月宮さんはクスッと笑って答える。


「あなたは私にとって敵と言うわけではありませんからね。味方だと信じていますよ。」

「そうですか……。それはありがたい言葉です。」


 素直に感謝の意を伝える。そうして、本題に入る。


「まず、2人は何者ですか?」

「奏さまをはじめ、北条家はこの世界の人間ではありません。その名も偽りのものです。本当は魔法が存在する世界にある、アトリア家という貴族の御令嬢です。」

「アトリア家……。」


 魔法のある別世界、そして北条奏という名が偽りであったという事実をあっさりと告げられた。

 すぐに飲み込める事実ではなかったが月宮さんは続ける。


「そしてあの黒い怪物……魔獣たちは元は我がアトリア家が封印、保管していた者たちです。」

「あなた方が保管していたのですか?」

「はい……。これについては我々の完全な落ち度ですが、あれがこの世界にばらまかれてしまったのです。」


 そこだけ聞くと、このアトリア家の手落ちでしかないように聞こえるが、さらに話を聞くことにする。


「発端は、ある魔法使いの女が我が国の施設を襲い、保管してあった物資・装備などを奪い去った事件です。そうして国を追われることになった彼女は、偶然にもこの世界に転移してきてしまった。」


 説明する月宮さんの話を、ひとまずは紅茶を飲みながら聞いておく。


「その彼女にとって、我が屋敷は魅力的なものに見えたのでしょう。保管されている物資目当てに、ある夜我が屋敷に忍び込んできたのです。」

「それほどのものが北条家に?」

「いくらかの魔法用装備や魔法石、その他歴史的な資料などですが、彼女にとってそれらには価値がありました。ですがその行動は、我々の感知するところとなり、偶発的に戦闘が発生してしまいました。」

「彼女はその、魔獣も目的だったのですか?」

「いえ、彼女はそのようなものに興味はありませんでした。しかし戦闘の最中、彼女が脱出のため発動した転移魔法に巻き込まれる形で保管してあった魔獣がこの世界にばらまかれてしまったのです。」


 ここまでの話を聞けば、魔獣が拡散した責任はその魔法使いの女に課せられるだろう。しかし月宮さんは自分たちの責任だと言っていた。そこを問うてみると月宮さんは否定の言葉を返した。


「では、その彼女のせいで魔獣が?」

「いえ。我々の対応が大げさ過ぎました。彼女の目的を考えれば、下手に戦闘を行わずに敢えて見逃したところでそれほどの大事にはならなかったはずです。」

「北条家の保有品は盗まれるのでしょう?」

「結果から言えば、彼女が盗んだのは魔法石10個、そして魔法装備1つです。特に騒ぐほどのものではありません。」


 魔法石は魔法を発動するにあたっての触媒のようなものであるとのことだ。

 一般的な大きさであれば、白坂たちが使っている装備1つを作るのに魔法石を1つ使用するとのことらしい。

 騒ぐほどのものではないとは言うもの、片方は武器の材料であり、もう片方は武器そのものではないのだろうか。


「それは武器なんでしょう?特に後者の装備については。」


 だが月宮さんは首を横に振った。


「あれは今や単なる骨董品。現在我々が使用しているような発展した装備ではなく、極めて原始的な魔法装備に過ぎません。」


 月宮さんの説明は続く。


 彼女たちの世界には魔法石と言う鉱物が存在している。

 魔法石は魔力を具現化する触媒となって魔法の使用を可能とするものだった。そしてその魔法石が産出される地域においては独自の生態系が発展し、高度な魔法を使用する魔族が繁栄していた。

 魔族の領土と、普通の人間の国である王国の領土は国境を接していたものの、長らくの間、魔族と普通の人間は互いに不干渉であり、大きな争いもなかった。だが15年前、魔族が王国への侵攻を開始したのである。


 多少は魔法を研究し、活用の術を探っていたとはいえ魔法をろくに使用できない王国は苦戦を強いられた。だがそんな中でも、王国にとっては貴重な魔法石を使用した原始的な装備を使うことで、魔族と対抗できる3人の英雄が現れた。

 その3人を中心とした精鋭軍の働きによって、多大の犠牲を払いながらもついに王国は魔族の王であるところの魔王を打ち倒し、さらに領土と魔法の技術も獲得して今日の繁栄を築いたのである。

 

 魔法技術が発達した現在の装備と、かつて魔王を倒した装備は全く別物と言ってよいものだった。

 高度な技術によって魔法回路を組み込み、複雑で高威力な魔法の発動を可能にした現代装備と比べ、かつての装備はただ魔法石が備えられているだけの旧来的な武器でしかなかった。

 それゆえ、すでにそれらの武器は役割を終えた骨董品でしかないのである。


「それで、その彼女が持っていた骨董品って言うのは?」

「3人の英雄のうちの1人が使用していた、歴史的には象徴的な武器です。魔法石がそのまま埋め込まれただけの、1本の槍です。」

「……ちなみに、その彼女は何者ですか?」

「彼女はかつて魔王を打ち倒した精鋭軍の一員、そしてその槍の使い手であった少女の部下であり、友でした。」


 状況は大方理解することができた。

 こんな私に対しても、丁寧に説明してくれた彼女には感謝しかない。


 だが、1つ念を押しておくべきことも有った。

 

「白坂はそちらの世界とは関係が無いのですよね?」

「はい、彼女は魔獣を追う中で巻き込んでしまった方です。」

「……魔獣退治はこの際はともかくとして、その女性との戦いに巻き込むのはやめていただきたい。」

「それは、彼女を王国の争いに巻き込むな、ということですね?」

「そういうことです。危険の種類が違いますから。」

「ですが、そうもいかないでしょう。」


 少し挑発的な表情で彼女は言う。お前も無関係ではいられないのだ、とでも言いたげな顔で。


「白坂明音と奏さまは親友です。そして、その槍のかつての持ち主は奏さまにとっては父親の仇。あるいは問題の女性もその共犯と噂されている人物なのですから。」



 かつて、王国には10大貴族が存在していた。魔族との戦いで消耗しながらも、王国の勝利の目前にいたるまでそれらの貴族は健在であった。


 だがある夜、3英雄のうちの1人が突如として王国を裏切り、魔族と手を組んだ。

 戦後を見据えた会議のため王都に参集していた10大貴族の当主たちはその裏切り者による襲撃を受け、一夜のうちに7家が当主を失うこととなった。

 当時のアトリア家当主もその犠牲者の1人。


 この暴挙により、それまで黒の槍姫と呼ばれていた英雄は王国にとって最悪の反逆者となり、死神とすら呼ばれるようになったのである。


 しかしその死神はすぐに他の英雄による追撃を受けることとなり、最後には父親の仇討ちに燃えるアトリア家次期当主の手によって討ち取られた。

 その武功によって、アトリア家は当主を失いがらもいまだ王国4大貴族の一角に確固たる地位を築いている。


 全て過去の出来事。だがその反逆者の少女のかつての戦友が、再び世を乱そうとしている。


 月宮さんから得た情報としては、そんなところであった。


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