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1話

 夜の幹線道路。

相棒のバイクはエンジン音も心地よく、自分と一体となったかのようにしっかりと言うことを聞いてくれている。

 幾台かの車を追い抜き、トンネルに入る。しばらく走ると、他の車の姿もまばらになっていき、相棒のエンジン音だけがトンネル内に響く。教師を務める自分、藤宮葵にとって唯一の気晴らしの時間だ。


(今日はずいぶん少ないな。)


 仕事の終わった平日の夜。普段ならもう少し交通量は多い道路だ。だが今日は、この広い道路を独占している気分にひたれている。

 そこに感じていたいくらかの違和感は、トンネルを出た先でさらに大きなものとなった。


 左右の道路を確認し、さらに町の雰囲気も観察して異常を悟る。


(こっちも対向車線も、どちらも車がいない……?町も、空気が……。)


 周囲のビルには明かりは付いているものの、人の気配が感じられない。

 明らかに異様な光景だった。


(これはまるで……。)


 その思考が、少し遠くの空に現れた光で断ち切られる。

 見間違いかと思ったが、その後も2,3度とはっきりとした光の線を見てそうでないと悟る。


 まずい。


 直感的に考える。光は自分が向かっている方向に現れている。

 さらに何度もその光は現れている以上、このまま走り続けることは良い結果を生まないだろう。


 即座にブレーキをかけ、その場に停止する。小さくなったエンジン音が周囲に響く。

 フルフェイスヘルメットのシールドを上げ、光の方向をよく観察する。まだ頻繁にその光は現れているが、何が光っているのかは見えない。


 しばらく観察しているうちに、その動き回る光の現れ方は戦いのようにも思えてきた。

 白と紫の光が、何かを狙って放たれているようである。


(見えない……近づいてみるか?いや、確認してどうするつもりだ。)


 そんなことを考えていたからだろうか、急激のその光の飛ぶ方向が自身に近寄ってきていた。


(やばい!)


 そう感じた瞬間、自身の右3mほどの道路に白い光が着弾する。

 物理的に何かが破壊された様子は無いが、空間が熱せられたような様相が見られた。


 偶然の流れ弾ではないことは、さらに続く周囲への着弾で示される。


「まずいまずい!」


 自分を落ち着かせるためだろうか、自然と口から言葉が出ていた。

 対向車線へとUターンし、元来た道を戻る。少し走ればまたトンネルにたどり着く、そうすればひとまずは安全なはずだ。


 走りながら背後をミラー越しに確認するが、いまだに何度か光が地面に届いてきているようだ。バイクを必死に走らせているが、着弾位置との距離は今一つ離せていない。


(でも、これで!)


 なんとかトンネルに入ることができた。ほっと安心し、速度を緩める。

 下手にトンネルから出ない方が安全だろうか?


 少し落ち着いたことで、思考を整理し始める。あれはなんだろうか?戦っているとすれば、何と何が戦っているのだろう?

 そして周囲から人が消えたことも関係しているのだろうか?

 

 そうしているうちに、トンネルの出口が見えてくる。

 出るのはいったんよそう、と考えブレーキをかける。だがその瞬間に、黒い影が視線の先に現れた。


 黒い四つ足のそれは、トンネルの出口に降り立った。

 2m強ほどの高さのそれは、蜘蛛のような関節の足でもって地面を踏みしめていた。


 顔と呼ぶべきものはまだはっきり見えないが、赤く光る2つの目がこちらを向いていた。


「こい、つ……。」


 喉からかすれたような声が出る。

 どうして、こんなものが?


 思考する時間も与えてくれず、その黒色がこちらに飛びかかってきた。

 即座にスロットルを回すと、タイヤが空転しながらもバイクをその場から押し出してくれる。

 間一髪、黒い化け物を回避する。得物を捕らえ損ねたそれは、突進の勢いを殺し切れずに3mほど滑っていくが、すぐに体勢を立て直して再びこちらを見据えている。


 なりふり構っていられる状況でもなく、対向車線に飛び出たままに道路を逆走してトンネルの出口を目指す。

 その背後から再びそいつは迫ってくるが、左右に車体をひねらせながらなんとか回避していく。こんな状況でもバイクはよく言うことを聞いてくれている。


 だがなんとかトンネルを出た瞬間、そいつの飛びかかりで砕かれた地面の破片がバイクにあたり、バランスを崩される。

 立て直そうとするものの、それなりの速度が出ていたバイクは意に反して倒れていく。


(駄目か!)


 覚悟を決め、受け身を取る。こうなればライダースーツに期待するしかない。

 肘と膝に衝撃を受け、地面を滑っていく。プロテクターも仕事をしたようで、それほどの痛みは感じていない。


 派手な衝突音を響かせるバイクとともに道路を滑り、身を転がせた先で停止する。

 体のダメージを確認するが、立ち上がることに支障はなかった。


 立ち上がった視線の先、黒いそいつはまだはっきりとこちらを見ていた。

 そして余裕をもったように、今度はゆっくりと足をかがませ、こちらに跳躍してきた。


 飛びかかっているそいつをスローモーションのように感じながら、命の危険を悟る。

 だが一歩引いた諦観もあった。


 教師として働いてきて5年目。熱意のある教師と言うわけでもなく、担当する生徒たちにとって特段の価値のある教師であると思えない。

 そもそも、強い意志があって教師になったわけでもない。10年前、18歳のころであれば色々な夢もあったかもしれないが、そんなものは既に忘れて流れるように教師になった。


 ここで死ぬにしても、すでに死んでいるような身だった。


 傷ついたバイクを見やる。

 唯一、気分が晴れる趣味だった。その相棒にすまないな、と詫びを入れて黒い怪物を直視する。


 その瞬間に、空から降ってきた白と紫の光が怪物を貫いた。

 何ともあっけなくその怪物は地面に倒れる。黒い霧となって少しずつ消えていくその巨体を見ていると、光の主が舞い降りてきた。


 2人の少女だった。


 いくらか露出の高めの服装に身を包んだ少女たちが、不釣り合いの銃を携えていた。そしてその身は宙に浮かんでおり、ゆっくりと高度を下げ地面に降りてくる。


「大丈夫ですか!?」


 2人のうち、紫の衣装を身にまとった少女が声をかけてくる。もう1人の、白い衣装の少女は消えていく怪物を確認しながら未だ警戒している。


「あ、ああ……。」


 力のこもっていない返事が出る。近づいてきた光の主、そしてその2人の顔がはっきりと判別できるようになると自身の思考は混乱を深めていく。


「お怪我は!?」

「いや、大丈夫……ですよ。それより、助かりました。」


 明らかに年下ではあるが、敬語を使う。ともかくも命の恩人に違いは無い。


「消えたね、片付いたよ。」


 もう1人の少女も近づいてくる。心配してくれているのだろうか。


「結界は問題ないはずだけど……アクシデントかな。」

「確認して、今後はもっと気を付けないと駄目だね。」


 白い少女の言葉に、紫の少女が答える。


「で、そっちの人は身体は大丈夫なの?」

「バイクで転倒したみたいですが……痛みはありませんか?」


 再び、心配そうな表情でこちらの身を案じてくれている。


「ちゃんと受け身も取れましたし、大丈夫だと思いますよ。まあ念のため病院には行っておきますが。」


 明日が休みで本当に助かったところだ。だが現状はそんなことを気にしている場合でもないだろう。

 異様な化け物と、異様な少女たち。


「魔法……。」


 口から出た言葉に少女たちが反応する。


「えっと……今日見たことはとりあえず無しで。」


 白く、髪の短めの少女が言う。

 紫の少女もそれに同調するように頭を下げる。


「それは、構わないですが。説明のしようもありませんし。」


 そう言うと、2人とも安心したようだ。

 しばらく周囲の様子を確認した後、それでは、と2人ともその場を離れて飛んでいく。


 随分あっさりとした別れだった。

 名前ももちろん聞いていないし、こっちはヘルメットを被ったまま顔も見せなかった。


 だがそれでよかったのだろう。

 今自分が感じている驚きは、黒い怪物や魔法を使う少女を見たことに対するものではなかった。

 それよりも、さっき見た2人の顔。


 見間違えることはない。

 2人とも、自分が担任を務めるクラスの生徒だった。


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