魔女って何ですか
「買い出し行ってきます」
埃っぽくて日が差し込まないのに、無駄に広い部屋に向かって僕――東条公彦は叫んだ。
関西の適度に田舎適度に都会な場所にある、とある施設。ここが僕の職場だ。お役所っちゃ、お役所なんだけど、実は相手にするのが主に人間以外なんだよね。異形対応課なんて呼ばれている。
今から約50年ほど前に世界が変わった、らしい。
突如現れた異形のモノ。当時は、異世界人だとか、宇宙人だとかでずいぶん騒がれたらしい。なぜ現れたかというと、難しい話は分からないけど、僕たちの世界と隣り合わせにあった彼らの世界がぶつかって融合したらしい。で、世界は彼らとの対話の末にお互い過度に干渉はせずに共存することになったらしい。……、らしいばっかりで申し訳ないけど、お役所での研修でこう説明されたから。あんまり興味なかったんでちゃんと聞いてなかったんだけど。だいたいあってると思う。
で、重要なのは、これが一般人向けの話だということ。
どういうことかっていうと、表面上は仲良しでいようねって話になって、お互いこれを受け入れたけど(お互いの住む場所が限定されたから、一応納得したって研修で習った)、あちらさんの生態かなんか知らないけど、時々暴れるヤツが出てくるんだよ。
お互いの住んでいる場所を行き来するには、決まった場所で色々手続きしないといけないんだけど、めんどくせーっとばかりに強行突破するヤツがいるんだ。で、そいつらの相手をする場所の一つが僕の所属している「世界異形対応軍日本支部特殊第3課近畿第2部1課第5班」通称「異形対応課葛西班」なんだ。葛西ってのはウチの班長の名前。
何回見てもすごい名前なんだけど、やっていることは単純。ようは逃げた異形のモノを捕まえてあちら側に返すこと。でも、ときどきあちら側から受取拒否されることもあるんだよね。そんな時は、うちの班長とか課長があちら側へ話をつけに行ってる。ご苦労様です。
僕は内勤だから外に出て異形のモノとの捕り物劇はしないけど、その代わり「あちら側」と連絡を取り合ったり、異形対応軍の上と掛け合って予算を確保したりしてる。
そう、予算だよ。予算。
ヤツらを捕まえるために使用する装備、主に銃火器類や捕縛用品、燃料は消耗品だから金がかかるんだ。そこんとこを無視してウチの班員はバカスカ使いやがって。だから事務所に金がかけられずに、田舎のだだっ広いだけが取り柄の倉庫みたいな場所しか確保できないんだよ。
まあ、近くにでかいスーパーがあるからごはんには困らないことがうれしいけど。
「ただいま戻りましたー」
職場に帰ってきたときに声をかけるのは、社会人の基本です。
そんなことを思いながら部屋に入って応接セットの方に向かう。
「みそ汁あった?」
声をかけてきたのは「異形対応課葛西班」の最年長班員である、影野忠臣さん。妻子持ちで単身赴任中。銀縁メガネのイケメン。いつも無表情だけど、割と話しやすい人。無表情だけど。
「ちゃんとみんなのリクエスト通り買ってきてますから、ちょっと待っててください」
僕がスーパーの袋を机の上に置くと、無言で漁りだしたのは「異形対応課葛西班」の班員、荒木英司さん。独身、常時彼女募集中。ガタイのいい浅黒い肌の男前。野性味あふれる顔ってこういうのかな。てか、黙って漁るな。
「いつもごめんね。暑い中ありがとう」
そういって僕をねぎらってくれるのは、同じく「異形対応課葛西班」の班員、坂城吉継さん。「異形対応課葛西班」の常識人。優しそうなお兄さんって感じの人。常識人がゆえに苦労しているらしい。今度胃薬の差し入れします。
最後に、たばこをくわえながらパソコンで報告書を作成している人が、この葛西班の班長、葛西憲一さん。少し長めの髪をオールバックにして、いつも眠たそうな顔をしている。飄々としてるけど、いつも上から振られる無茶な現場をこなしているすごい人だ。
だいたいこの事務所にくるのはこの4人だけ。他にも班員はいるけど、他階の別の班と兼任している。人手がいるときだけ、来てくれることになっているみたいだ。
買ってきた弁当を袋から出しながら、みんなを見る。
こう見えてこの人達、現場に出るとおそろしいって聞いてんだよな。
まぁ、バカスカ銃火器類使っているみたいだし。
班長以外のみんなとご飯を食べながら雑談していると、突然荒木さんがスマホを見せてきた。黒髪ロングストレートのメガネをかけた和風美女が着物を着て笑っていた。
「誰です?この人」
「魔女」
はっ?
この人、今何て言った?魔女?
魔女っていったらあれじゃないの?三角の帽子で箒に乗って空を飛ぶアレ。
この人着物着てるじゃないか。
そう言ったら、荒木さんにため息をつかれた。
坂城さんと影野さんは何か苦笑いしてるし。何だよ。
「お前なぁ、何年ここで働いてんだ。魔女つったら、この一人しかいねぇだろが」
ここで働いて3年目ですが何か。
「そんなの内勤で一般人の僕が分かるわけがないでしょうが」
「はぁ~。おま、これだから事務野郎は」
「お、何だって。もう経費精算の処理しませんよ。いいんですか?」
いがみ合う僕と荒木さんを見かねた坂城さんが助けてくれた。
「英司君。いきなり魔女とか言っても普通は分からないって。それより、何で今さら魔女なの?」
影野さんも無言で首をかしげている。
「昨日、本部での会議であちらとの境に魔女がいたって話がでたんだよ」