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 そこへ一台の車が近づいてくるのが見えた。

 黒いSUV車は、少し手前で停まると、そこから背の高いスーツ姿の男と、つばの広い白いキャスケットを被った七分丈のパンツルックの小柄な少女が降りるのが見えた。

 美也子はその二人に手を振ってみせる。彼らがここに来ることを知っていたようだ。

「あれは?」

 思わず身体を固くした。あの二人からは普通の人間とは違う気を感じる。

「私をここに引っ越すのを手伝ってくれた人だよ。男の人のほう」

「あの人が?」

「突然、私を訊ねてきてね。引っ越しから、あの家のことから、全部あの人が手配してくれたんだ。陶芸の先生もあの人の知り合いだったみたい。きっと、今日のこの日を最初から予想していたんだろうね」

「それってーー」

「そう。目的はあなただよ。大丈夫、危険はないよ。あなたと話がしたいんだってさ」

「だからってわざわざお母さんを使って誘い出すなんて」

「ここじゃなきゃいけないからだよ。ここ以外の場所であなたに会うことが出来ないって話していたよ」

 瑠樺と美也子が話している間に、その男女は瑠樺たちに近づいてきた。二人は瑠樺たちの前に立つとーー

「ご連絡ありがとうございます」と背の高い男のほうが美也子に言う。

「私が連絡しなくたって知っていたんでしょ? 遅かったじゃないの」

「ご心配かけて申し訳ありません。途中、ちょっとトラブルが……けれど、意外な援軍があったので問題ありませんよ」

「ふぅん、ま、いいよ。これが私の娘」

 男は瑠樺へと視線を向け、丁寧に頭を下げる。30代前半といったところだろうか。穏やかな顔立ちで、いかにもビジネスマンといった印象を受ける。

「私は、朱雀家の使いで参りました。朱雀火輪と申します」

「朱雀? それって京のーー」

 これまで『敵』と思っていた相手が目の前にいる。そのことに瑠樺は動揺した。だが、母がそんな危険な相手を紹介するとは思えない。

 火輪という男もその瑠樺の気持ちを察したようだ。

「はい、その朱雀です。こちらは八千流やちるです」

 そう紹介されて、少女のほうも瑠樺に向かってお辞儀をした。背も小さく中学生くらいに見えるが、うっすらと化粧をしているように見える。少女は少し機嫌が悪いのか、ムスッとした顔をしたまま視線を落として足元を見つめている。

「それじゃあ、私は先に帰ってるよ」

 美也子はそう言って瑠樺の背中を軽く叩いた。

「え? お母さん、帰るの?」

「私にはよくわからない話らしいからさ。この人たちは大丈夫。信用して大丈夫だと思うよ。そろそろ千波ちゃんも起きてるかもしれないから話しておくよ」

「美也子様、ありがとうございました」

「いいよ、いいよ。娘をよろしくね」

 再び丁寧に頭を下げる火輪に軽く答えて、美也子は帰っていった。

 その姿を見送ってから、火輪は瑠樺のほうへ向き直った。

「はじめてお会いします。昨日は失礼しました」

「昨日? あ、それじゃ、あれはあなたの?」

「いえ、私ではありません」

 と言って、横の八千流のほうを見る。すると八千流は視線を上げた。

「あなたたちも結構強いのですね。でも、アレはただの腕試しですから、あれくらいのことで私に勝ったとか思わないでくださいね」

「面白い術ですね。あれはどういうものですか?」

「そんなの秘密に決まっているでしょう」

 仏頂面の八千流が答えた途端、その頭に火輪がゲンコツを落とす。

「おまえな、こんな時に本気で張り合うんじゃない」

 頭を押さえて八千流が蹲る。火輪という男、顔立ちと違って、結構、体育会系な性格らしい。

「いえ、大丈夫です。不思議だと思っていました。殺気は感じませんでしたから」

「あれはこの子の術、『鏡花水月』です。あの家はこの子の持っているドールハウスなんです。あなたはその中に迷い込んだというわけです」

「ドールハウスですか」

 なるほど、と瑠樺は納得した。だからこそ人の気を感じなかったのだ。だが、あの人形の気はまた別のもののような気がしたが。

「おかげで修理が大変ですよ」と不満そうに八千流。

「あとで新しいのを買ってやると言ったろ」と火輪が言う。

「すいません」と慌てて瑠樺も謝る。

「いえいえ、あなたが気にすることではありません。あれはちょっとした趣向ですよ。私が提案したのです。そういえばもう一人のお嬢さんは?」

「疲れたみたいでまだ眠っています」

「『妖かしの一族』というのは皆、あんなに強いのですか?」

「ええ、彼女はちょっと特別なところもありますけど。でも、八千流さんの術にも驚かされました」

 火輪の隣に立つ八千流を意識しながら、瑠樺は言った。もちろんそれはお世辞ではない。一条家にも陰陽師はいるが、八千流の術はそういうものとは違っているように思えた。どちらかというと『妖かしの一族』のものに似てる気がした。

「実は『八千流』というのは彼女の隠し名で、通常は一条春菜という名を使っているのですよ」

「え? 一条?」

「この子は一条春影殿の娘さんです」

「春影さまの?」

「母がお世話になっております」

 上目遣いに見ながら八千流はまるで感情の入っていない棒読みで言った。確かにどこかで感じた気だ。一条春影のものに似ているのだ。

「そうでしたか。あ、春影さまのケガのことは?」

「知っています。栢野から連絡をもらいました。二宮さんにもご心配をおかけして申し訳ありません」

 こちらはさっきよりは感情が籠もっている。捻くれたことは言っても、根は素直な良い子なのかもしれない。

「娘さんがいることは聞いていました」

 それを聞いたのは、春影がケガをする前だ。だが、なぜだか実際に会ってみるとどこか違和感がある。

「私は5才の時に朱雀の家に修行に出されました」

「そんな若くに?」

「母には母の考えがあったようです。遠く離れていても、頻繁に連絡はありましたから。しかし、5年ほど前から母の様子が変わっていきました。たぶん母はその頃から少しおかしくなっていったのだと思います。あんなところに住んでいたせいですね」

「もしかしてですけど……八千流さんにはお姉さんがいらっしゃいましたか?」

 そうだ。違和感の理由は彼女の年齢だ。確か春影は娘の年齢を20才だと話していたはずだ。ならば、きっと八千流には姉がいるはずだ。

 だが、八千流はすぐに首を振った。

「姉? いいえ。私は一人っ子です」

「じゃあ、八千流さんはおいくつですか?」

 それを聞いて、少し八千流の表情が変わる。

「今年で20才になります」

「え?」

 思わず聞き返してしまった。

「20才と言いました。聞こえませんでしたか?」

 そう答えてから、視線をはずしてチッと舌打ちを打つ。

「すいません」

 さすがに年上とは思わなかった。だが、それを言えばさらに怒りそうだ。その八千流の隣では、火輪が笑いを噛み殺している。きっと八千流にとって、これは触れてはいけないコンプレックスだったに違いない。

 瑠樺はとりあえず急いで話を変えることにした。

「あの……どうして母をここに?」

 火輪は笑うのを我慢しながらーー

「いつかこういう日が来ることを予想していましてね」

「だからってーー」

「母親を餌にされたようで面白くないって顔ですね。申し訳ありません。しかし、こうするしかなかったんです」

「この場所じゃないといけないっていうことですか?」

「そういうことです。この場所以外での我々の動きは見張られていますからね。しかし、ここなら大丈夫。ここが神聖な場所だからです。ここでの話は外へ漏れません」

「話が漏れない? 誰を警戒しているんですか?」

 火輪はそれには答えずーー

「少し場所を変えましょう。こちらへどうぞ」

 瑠樺たちは火輪に案内されるままに道を進んでいった。


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