3
石川に着いたのは、午後3時を過ぎた頃だった。
東京を出る頃まではずっとはしゃいでいた千波だったが、さすがに金沢駅に着く頃には少し喋り疲れたのか口数も少なくなっていた。
タクシーに乗って、矢塚の手紙に書かれていた住所へと向かう。妖かしの力を使えば簡単なのかもしれないが、ここは慣れ親しんだ『妖かしの地』ではない。へたに力を使えば、何が起こるかはわからない。気をつけなければいけない。
だが、タクシーに乗って1時間後、連れて行かれたのは人里離れた名もないような山奥で、周囲に何もないただの野っ原だった。
タクシーの運転手は怪訝な顔をしながら二人を降ろして帰っていった。こんな何もない山奥にやってくる者など奇異に見えるに違いない。
やわらかい風に吹かれて、目の前に、ただ、タンポポの綿毛が揺れている。
二人はしばしの間、ボンヤリとその雑草が茂る状況を眺めていた。
やがてーー
「本当にここですか?」
千波が目の前に広がる景色を見て不思議そうな顔をした。
周囲を見回してみても、人が住んでいるどころか、家の一軒すら見当たらない。
だが、矢塚が教えてくれたのは間違いなくこの場所だ。彼が間違っているとは思えない。この場所に何か意味があるのかもしれない。
一度、空から見下ろしてみれば、何かわかるだろうか。周囲に人の姿はない。短時間ならば力を使っても問題ないだろう。
瑠樺がそう考えた次の瞬間――
目の前に一軒の洋館が建っていた。
瑠樺は思わず自分の目を疑った。
(これってーー)
ついさっきまで、そこには何もなかったはずだ。
不思議な雰囲気のする洋館だった。
真っ白な壁に真っ赤な屋根。まるで、たった今、どこかから運んできたばかりのように見える。
人の気配はまるでしない。そこに人が存在していないという以上に、過去にもそこに人が存在していたという気配がまるでしないのだ。
それが普通の建物でないことは明らかだ。
(罠?)
だとしたら、誰が?
ここに瑠樺たちが来ることを知っているのは、美月あやのただ一人だ。
考えても答えなど出ないかもしれない。
そう思った時――
「行ってみましょう」
千波が迷いもなく進んでいく。その表情は、彼女もこれが普通の洋館でないことは理解しているはずだ。
だが、確かに今は行ってみるしかないだろう。
正面の玄関を開けると、そこには広いホールがあって、正面には2階に繋がる階段が見える。まるでドラマなのか、アニメなのか、どこかで見たような景色が広がっている。
「こんにちは。誰かいませんか?」
声をかけみたが、当然のように反応はない。
「いかにもって感じですね」
と千波が言う。感じたことは彼女も同じようだ。
「そうね」
と答えながら一歩踏み出した時、その空間が歪んだ。
まるで鏡に映った平面世界が幾重にも重なったかのように空間が奇妙な次元に押し包まれる。
まるで重力が消えたかのような感覚が広がり、実際、周囲のものが宙に浮いている。
(この世界は何?)
そこは現実世界とは明らかに違っている。だが、もちろん幻覚とも違う。
「千波さん、気をつけて」
その時――
まるでガラスが割れるかのような音とともに空間が割れる。そして、そのヒビ割れた隙間から、無表情なマネキンたちが瑠樺たちに向かって飛び出してきた。
そこからはまるで生命が感じられない。
瑠樺と千波はパッと両サイドへと飛び退いた。
襲いかかってくる人形を軽く躱しながら、瑠樺は千波のほうへ視線を向けた。
千波の蹴りが人形たちの身体を砕く姿が見えた。その俊敏で力強い動きで、次々と人形たちを破壊していく。現れた人形たちの数は多いが、さほど動きは素早くはない。強い力を感じることもない。きっと千波ならば、対処に困ることはないだろう。
不思議な感じがした。
人形たちの数は確かに多い。瑠樺たちへ明確に攻撃を仕掛けていることも間違いない。だが、あまりにも弱すぎる。こんな攻撃など、自分や千波にとっては何の意味もなさない。ならば、何のための攻撃だろう。
わざわざこのような場所に屋敷を出現させ、この程度の攻撃をする必要性が考えられない。ただ、敵の力を計ることが出来ないのか、それとも別の目的があるのか。
この術がどこから発動されているのか、まずはそれを調べるべきかもしれない。
その空間の一番奥に大きな鏡が浮かんでいるのが見えた。そこからもっとも強い気が発せられている。
瑠樺は宙に浮かんで見える鏡へ向かって飛んだ。