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 瑠樺がその手紙のことで相談したのは、美月あやのだった。

 あやのは矢塚によって妹のふみのを殺されている。そんなあやのに手紙のことを相談するのは非常識かもしれない。だが、誰よりもあやのがその矢塚の手紙の意味を理解してくれるような気がした。

 手紙のことを話すと、あやのは少しだけ驚いた顔をした。だが、決して矢塚が手紙を残したことを意外だとは感じなかったようだ。むしろ、それをあやのに相談した瑠樺の行動に驚いているようだった。

「そうかい、矢塚はそんな手紙を瑠樺ちゃんに残したんだね。それで?」

「どうしようかと思って」

「どうする? なぜ迷うのさ?」

 あやのは不思議そうな顔をした。

「だって……矢塚さんが何を考えてこの手紙を送ってくれたのかわからないじゃありませんか」

「何をって? そんなの決まってるじゃないか」

「決まってる?」

「ただ、瑠樺ちゃんのことを想ってのことだよ」

「どうしてそう言えるんですか?」

 まるで、あやのは矢塚という人間を信じているかのようだ。妹を殺されているというのに。

「それじゃ逆に、どうしてそう言えないんだい? 矢塚が『堕ち神』となったから? ふみのを殺したから? そんなことは瑠樺ちゃんを想う気持ちとは関係ないよ。雅緋ちゃんは矢塚を殺した。それでもきっと雅緋ちゃんは瑠樺ちゃんを大切に思っているんじゃないかな。私だって、雅緋ちゃんより先に矢塚を見つけていたら、矢塚を殺していたかもしれない。でも、瑠樺ちゃんを想う気持ちは他の誰にも負けないよ」

 いつものように少し冗談めかしてあやのは言った。

「それは……ちょっと気持ち悪い」

「あらあら、瑠樺ちゃんも言うようになったじゃないか」

 あやのは瑠樺の冗談にも気軽に笑ってくれた。

「でも、本当に信じていいんでしょうか」

「不安なのかい? でも、本当は訊くまでもないんじゃないのかい? 矢塚を信じているんだろ? さっき瑠樺ちゃんは『手紙を送ってくれた』って言ったよ。それはつまり、矢塚が瑠樺ちゃんのためにしてくれたと信じているってことだろ」

 確かにあやのの言う通りだった。

「……こんな時に離れるのはーー」

「大丈夫。大人を信じなさい。雅緋ちゃんのことは心配かもしれない。でも、彼女のことも私に任せて。とはいっても、今はまだ眠っている。私が見守ってるよ。何かあったら、すぐに連絡するから」

 そう言って、あやのは瑠樺の背を押してくれた。


*   *   *


 あの事件の後、未だに雅緋は眠り続けている。

 雅緋にとって、美月ふみのは恩人だった。そのふみのを矢塚によって殺された雅緋の悲しみは想像出来ないほど深いものだった。その結果、『フタクビ』と呼ばれる妖かしとなった矢塚を殺すこととなった。

 妖力を使いすぎて意識を失い、その後眠り続けるのはこれまでにも何度かあったことだ。彼女が、霊体である呉明沙羅をその身に宿した時には、一年間ほとんど眠り続けていたことがある。

 彼女の様子は今、美月あやのが見ていてくれている。それでも心配であることに変わりはないが、自分が彼女に対して何かしてあげられることはないだろう。今は自分のやるべきことをやらなければいけない気がする。

 きっと矢塚は意味のないことはしない。彼が、瑠樺に母に会うように伝えてきたということは、それは母に会う意味があるからだ。

 母は何を知っているのだろう。

 父が「妖かしの一族として戻りたい」と言った時、母はそれについていこうとはしなかった。もしかして、母は『妖かしの一族』に関係があるのだろうか。

(矢塚さんならーー)

 そう考えてから、瑠樺はふと不思議な気持ちになる。

 自分は何を考えているのだろう。

 矢塚は裏切ったのだ。美月ふみのを殺したのだ。それにも関わらず、やはり自分はまだ矢塚を頼りに思っているのだ。自分がこの街にやって来てから、ずっと矢塚は自分を助けてくれた。

 そんな矢塚がこの手紙を送ってくれた。

 あやのの後押しもあって、瑠樺は母に会いに行くことに決めた。


 ボンヤリと車窓から外を眺める。

――樽一杯のワインに一滴の泥水を入れればそれは樽一杯の泥水になるが、樽一杯の泥水にワインを一滴入れてもそれは樽一杯の泥水である

 いつからだったろう。なぜかはわからないが、その言葉が頭の中に繰り返されている。

 あれはどこで誰が言ったのだったか。

 それがどうしても思い出せない。

 瑠樺はふと、背後に気を配った。

(ああ、やっぱり)

 と、背後の気配を感じながら思う。

 盛岡駅を出てすぐにその視線には気づいていた。そして、新幹線に乗った後も、それは続いている。

 やがて、それはゆっくりと近づいてきた。

「お嬢様、おはようございます」

 背中にリュックを背負った蓮華千波が、ニッコリと微笑みながら背後から顔を出した。きっと千波も、瑠樺が気づいていることを知ってのうえだろう。

 彼女は、同じく『妖かしの一族』で、瑠樺の高校の先輩である蓮華芽衣子の妹だ。かつて蓮華の家は、二宮に仕えていたことがあるらしく、姉妹揃って瑠樺を『お嬢様』と呼んで慕ってくれている。

 千波はまだ中学生なのだが、芽衣子と匹敵するほどの妖力を持っている。

「どうして千波さんがここにいるんですか?」

「お姉から聞きました。お母さんを捜しに行かれるんですよね。お嬢様を一人行かせるわけにいきません。私がお供します」

 千波はそう言って、当たり前のように瑠樺の隣へ座った。矢塚からの手紙のことも、母を捜しに行くことも、蓮華芽衣子には話してあった。

「また無断で来たんじゃないでしょうね?」

 以前にも、千波は、瑠樺と蓮華が青森に行くのを、誰にも断りなく勝手に追いかけてきたことがあった。

「いえ、今回は違います。れっきとしたお姉の指示です」

 そう言って、千波は胸をはった。「お姉が伝えてきたのですよ。自分は身体が十分ではないから、お嬢様について行っても足手まといになりかねない。だから私に行けと」

 姉の芽衣子は、先日、妖かしに襲われて大ケガをしていた。『妖かしの一族』としての治癒力のおかげで既に身体は治ってきているが、まだ万全というわけではないのだろう。

「蓮華さんが?」

「やっとお姉も私に頼ることを覚えたってことですね」

 千波は嬉しそうな顔で言った。千波は姉の芽衣子のことを尊敬している。ただ、それが過ぎて、『いつか倒す』ことが目標になってしまっている。

「そう……ですね」

 蓮華はおそらく気を遣ってくれたのだ。千波と一緒のほうが、気楽にいられると考えてくれたのかも知れない。もちろんそれは千波のことを信頼しているとも言えるのかもしれない。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 そう言って千波が瑠樺の顔を覗き込む。

「え? 何が?」

「いえ、少し元気がないみたいなので。ここ最近、いろいろありましたから仕方ありませんね」

「えっと、千波さんはどこまでーー」

 矢塚が『堕ち神』となり、雅緋に殺されたことは一部の者しか知らないことだ。

「あ、矢塚さんのことですか?」

 あからさまに千波はその名前を口にした。「大丈夫ですよ。その件ならば、お姉から無理やり聞き出しましたから」

「無理やり?」

「お嬢様のお供をするのに事情を知らなきゃ行けないじゃありませんか。もちろんお姉はそれでも拒否しようとしましたけどね。最終的には全部、白状してもらいました」

 二人の間にどんなやり取りがあったのだろう。蓮華は大丈夫だろうかと、少し心配になる。

「大丈夫なの?」

「大丈夫です。私の圧勝です」

「いえ、そうじゃなくて、芽衣子さんのほう」

「ああ、ケガ人相手なので勝負にもなりません。適当にあしらってやりましたよ」

 ますます心配になる。すると、千波は突然、真面目な顔をして眉間に小さなシワをよせた。

「どうしたの?」

「そういえば『適当』ってどんな意味でしたっけ?」

「え?」

 急に何を言い出したのだろうか、と瑠樺は答えに詰まった。

「確か『適当』って言葉には『ほど良い』とか、『要領よくやる』とかの意味でしたよね」

「そうですね、そうだったかも。『ほどよく当てはまる』とかかな?」

「でも、一方で『いい加減なこと』って意味もありますよね。これって真逆な気がしませんか?あ、でも、『いい加減』って『良い加減』とか言う人もいますよね。ウチの学校の先生がよくそういう使い方をするんです。そうすると結局、『適当』ってどんな意味になるんでしょ?」

 そう言って千波は腕を組んで考えている。

 千波が悩むのもわからなくはない。でも、今はどちらかというと芽衣子のことが気になる。

「ねえ、千波さん、芽衣子さんのケガの具合はどう?」

「お姉ですか? 大丈夫ですよ。かなり良くなっています。そういえば、先日、『九頭龍』の栢野綾女さんがお見舞いにきてくださいました」

「綾女さんが?」

 芽衣子のケガの原因が、綾女と戦ったことであることを考えれば少し意外な気もするが、二人はその戦いで理解しあえたようだ。今後はむしろ信頼しあえる仲になれることだろう。

「陰陽師の使う式神の中にもケガの回復になるものがあるのだそうです。でも、蓮華の家の回復力は並のものじゃありません。結局、式神は使わずに帰られました。でも、帰るまで二人で難しい顔で話し込んでいました。誰も彼も、そのことばかりですよ」

 きっと蓮華たちも、先日のことを心配しているのだろう。

「千波さんは矢塚さんのことを?」

「知ってますよ……といっても、一方的にかもしれませんけど」

「一方的?」

「私は一条家での務めにも出させてもらっていませんし、蓮華の家としての付き合いもさせてもらってません。でも、矢塚さんは有名でしたから」

「そうでしたか。千波さんのご両親は一条家で働いていましたよね?」

「ええ、でも、ウチの両親は私やお姉ほどの妖力はないんです。いや、これはどの家でも似たものらしいですよ。むしろ私たちのように力の強いものたちが再び出てきたことに驚いているくらいです。『共鳴』しているんじゃないかって」

「共鳴って?」

「強い力のものが一人出てくると、それに共鳴して身近な者の力も強くなる。きっとお嬢様の影響ですよ」

「私の力はそんなに強いわけじゃないです。それに私が覚醒したのは、つい一年前。みんなに影響を与えるようなことはないですよ」

「うーん、そういうことじゃないみたいです。ま、詳しいことは私もよくわからないんですけどね。でも、私はお嬢様の影響を受けてると思っていますよ。だから、私はどこまでもお嬢様についていくつもりです」

 千波はそう言って、熱い眼差しを瑠樺へと向けた。


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