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『任せて』とまで言ったのは言い過ぎだったかもしれない、と思いながら瑠樺は寝所を離れた。
母に会いに行った先で、草薙響がどのような存在なのか、春影や『西ノ宮』が何をしようとしていたのか、それは知ることが出来た。だが、逆に言えば、まだそれ以上のことはわからないままだ。
そんな自分に何が出来るのだろう。
朱雀火輪に聞いたことを春影に確認したい思いはあったが、瑠樺はその気持をぐっとおさえた。
聞けば春影はそれを答えてくれようとするかもしれない。だが、それは春影の身体、心に負担をかけることになる。今の春影を追い込むようなことはしたくなかった。
奥の院から出てきた瑠樺を待っていたのは美月あやのだった。
あやのは、瑠樺の腕を取って、屋敷のある一間に瑠樺を連れて行った。
「あやのさん、来ていたんですね」
「やあ、瑠樺ちゃん、おかえり。待っていたよ。首を長くして待っていたよ」
美月あやのはいつものような軽い口調でにこやかに笑った。
「まるでここに住んでいるみたいな口ぶりですね」
「うん、時々、泊まらせてもらっているんだよ。なかなか豪勢な家だ。私みたいなのが一人や二人増えたところで困りはしないね。でも、広すぎるよ。広すぎてなんか落ち着かない。私には六畳一間くらいが一番ちょうどいいなぁ」
普段、どんな暮らしをしているのだろうと、少し興味がわく。だが、ここに暮らしていたとはどういうことだろう。
「あやのさんがここにいるのは何か理由があるんですか?」
既に、妖かしの異変はおさまっている。
「おっと、勘がいいね」
「からかわないでください。春影さまの護衛……とは違いますよね」
春影には『九頭龍』の陰陽師たちがついている。あやのがそのためにここにいるとは思えなかった。
「ところで、お母さんには会えたかい?」
「はい、怜羅さんを護衛につけてくれたんですね……っていうか、ずいぶん前から怜羅さんのことを知っていたんですね?」
「おやあ、何のことかなぁ? 怜羅さんって誰かなぁ?」
やはり、あやのが怜羅に頼んだことに間違いはなさそうだ。
「はいはい、それより、あやのさん、母とは以前に会ったことがあったんですね」
「そうだよ。知らなかったんだね」
「教えてもらっていませんでしたから」
「なんだい? 拗ねてるのかい?」
「まさか。母はあやのさんのことをすごく信頼しているようでした」
「あらぁ、バレちゃってたんだね。やっぱり人の良さっていうのは隠せないものなんだねぇ。どうしてもにじみ出ちゃうものなんだねぇ」
頭を掻いて、いかにも照れくさそうな態度を作ってみせる。もちろん、それはいつものあやのの三文芝居でしかない。
「他にあやのさんは何を知っているんですか?」
「何を知っているかだって? 深い質問だねぇ」
「そんな深いことを訊いているつもりはありません。そのままの浅い質問です。そういえば、雅緋さん、目が覚めていたんですね」
「あぁ、雅緋ちゃんに会ったんだね」
あやのはふと視線をはずした。少し憂いを含んだそれは『騙し神』の素の表情に見えた。
「どうして教えてくれなかったんですか? 昨日、電話したときは何も変化がないって言っていたじゃないですか」
「雅緋ちゃんが目覚めたなんて言ったら、瑠樺ちゃんのことだからすぐに帰ってこようとするだろう?」
「まあ、そうかもしれませんけど」
「せっかくお母さんに会えたんだ。そんな時くらい、ちゃんと甘えてこなきゃいけないよ」
「何言っているんですか。冗談言わないでください。今はそんな状況じゃありません」
「そうだよ。瑠樺ちゃんが急いで帰ってきたからって雅緋ちゃんは変えられない」
「雅緋さんはまだ……」
「妖力は回復している。以前よりも回復力は上がっているようだからね。でも、心が追いついていない。自分で自分を追い詰めているって感じだね。あれだけのことがあったんだ。仕方がないよ。雅緋ちゃんと何か話でもしたの?」
「いえ……たいしたことは。でも、何かを捜している感じでした」
「何か……真相ってことかな?」
「真相?」
「決まっているじゃないか。今度の事件の裏の裏までってことだよ。あ、裏の裏だと表になっちゃうか」
「やっぱり追いかけたほうがーー」
「それは止めておいたほうがいいよ。彼女を見張っていた術者が3人やられた」
「やられた?」
ゾクリと背筋に冷たいものが走る。
「あぁ、大丈夫。生命に別状はないよ。一応、手加減はしてくれたみたいだ。でも、ヘタに彼女を刺激すればいつどうなるかはわからない。今、雅緋ちゃんは自分と向きあおうとしている。自分が何者なのかもふくめてね」
「どういう意味ですか? 雅緋さんについて何か知っているんですか?」
「私を誰だと思ってるんだい? 『騙し神』と呼ばれた一族、美月あやのだよ。その美月の当主だよ」
あやのは冗談めかすように言った。
「当主? それじゃーー」
「うん、当主になった。そのために私は六花に会ったからね。今から瑠樺ちゃんにも会わせてあげるよ」
「会えるんですか?」
「もちろんさ。瑠樺ちゃんは六花に会うべきだからね。瑠樺ちゃんだって、そのつもりだったんだろ?」
「そのつもり?」
「立花に会うんだろう?」
「私は雅緋さんのことを助けたいんです」
その時――
「その前に、おまえは『妖かしの一族』のことを知っておいたほうが良い」
襖の向こうから声が聞こえた。
何の気も感じなかった。
瑠樺が襖を開けると、そこに一人の少女が座っていた。
* * *
座敷の中央にその少女はチョコンと座っている。
その四方に紙垂のつけられた篠竹が立てられ、しめ縄で結ばれている。
もともとこの一条家には屋敷全体にある程度の強さの結界が張られている。それにも関わらず、この座敷にまで結界とは、どういうことかと瑠樺は思った。
「いつまで私を待たせるつもりだ。くだらない話をダラダラと」
「ごめんごめん」
と、あやのは少女に謝りながらーー「瑠樺ちゃん、紹介するよ。こちらがーー」
「私が六花。橘六花だ」
真っ白な着物を着た小さな少女はそう名乗った。その姿はどう見ても小学生くらいの子供にしか見えない。だが、一条八千流の例もある。
瑠樺は慎重に言葉を選んだ。
「六花? あなたが? でも、怜羅さんは『婆さま』と」
「アレはな。だが、私がどう呼ばれているかなど関係ない。名で姿が決まるわけではない。私が六花だ」
そう言われても、簡単に受け入れられるものではない。
「でも、あなたはーー」
「子供だと?」
「え……違うのですか?」
「そのとおり、見た目は10才の子供なのだろうな……というか、実際に10才なんだがな」
そう言って、何が可笑しいのかケラケラと笑う。
「意味がわかりません」
「何も知らぬ娘だな。我ら『六花の一族』は名で力を受け渡す。その力から『時継神』と呼ばれている。六花の名を受け継いだ者はそれまでの記憶と力を受け継ぐことになる」
「記憶を?」
「そうだ。婆さまから母様へ、母様から私へと記憶を受け継いだ」
「六花は女性が当主を勤めるのですか?」
「当然だろう。男なんぞ役に立たん。『六花』は男と交じらずとも子を作ることは出来るしな」
それを聞いて、瑠樺は思わず顔を赤らめた。
「婆さま、瑠樺ちゃんはまだ若いんですから。少し言葉に気をつけてあげてくださいよ」
あやのが瑠樺に気を遣って口を挟む。
「何を言う。それを言うならば私は10才だぞ」
「あなたと瑠樺ちゃんとは根本的に違うでしょう」
「そうか。やはり美月は和彩に甘いな」
「瑠樺ちゃんは可愛いからね。ついつい味方をしたくなっちゃうんですよ。立花の婆さまだって、気にいると思いますよ」
「これは何ですか?」
瑠樺は座敷に張られた結界を見て言った。
「結界だ。おまえもそのくらい知っているだろう」
「何のために?」
「決まっている。私自身を守るためにだ」
「でも、ここにそんな必要はーー」
「ふん、この屋敷の結界がそう強いものではないことくらいお前にもわかるだろう。念には念をいれないとな。私の精神はおまえたちのように鈍感ではない。故に闇の力の影響も受けやすい。だからこそ、常にこうして身を護っている」
「誰から?」
「その話をこれからするところだ。ただし、私の話はちと長いぞ。何せ3000年近く前の話だからな」
「構いません。教えてください」
「よし、では、そこに座れ」
そう言われ、瑠樺は立花の前に正座した。




