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 火輪の話はわかりやすかった。そして、筋が通っている。

 十分、信用出来るものだろう。

 しかし、一つわからないことがあった。

「どうしてこんな話を私に?」

 瑠樺が訊くと、火輪は表情を固くした。

「実はここ数年、いや、もっと正確に言えば2年ほど前から、『宮家陰陽寮』の中は少しおかしくなっています」

「おかしいとは?」

「『宮家陰陽寮』と一口で言ってみても、そこにはさまざまな考えを持った人たちがいます。もちろん、それ自体は何の問題もない。しかし、人間というのはそれだけでは済みません。自分たちの考えを押し通すために、我ら四家を打倒したいと考える者がいたり、我ら四家の中でも主導権を握ろうと画策する者が現れたり。一条春影が京に戻ることを考えることになったのも、そんな姿を見かねてのことです。しかし、そんな一条春影までもが妖夢に飲まれることになった」

「春影さまのことを知っていたんですか?」

「ええ、極一部の者の間でですが」

 そこに八千流が口を挟む。

「母はもともと我欲の強い人ではありませんでした。昔は京に戻りたいなどと考えるようなことはなく、どうすれば陸奥で『妖かしの一族』と協力してやっていけるかを考えていました」

「それじゃ、あれは……」

「人が変わってしまったんです」

 春影も同じようなことを言っていた。娘の八千流の存在すら忘れていたと話していたことを思い出していた。

「失礼ですが、どうして八千流さんはあの時、帰られなかったんですか?」

 それに答えたのは火輪だった。

「私が止めたんですよ。もしかしたら八千流さんが帰ることで、春影さまは正気になったかもしれない。しかし、もしも春影さまの妖夢化が誰かの企みであったとすれば、まずは八千流の命を狙うかもしれない。だから、まずはあなたたちを信じて手を出さないことにしたのです」

「企み? でも、あれは……」

「私たちのやったことではないかと疑っていた?」

「こんなことを言うのは失礼だとは思います。でも、春影さまはその後、命を狙われました」

 春影が命を狙われたのは昨年の秋のことだ。『西ノ宮』に仕える弥勒骨仙人による術によって操られた侍女が春影を切りつけたのだ。

「企んだものはそれを想定したうえだったのかもしれません。実は我々のほうも同じようなことが起きていたのです。最近になって、それがやっと落ち着いたという状況なのです。とはいえ、その真相はまだハッキリしていません。しかし、それがもしも『魔化』の影響を受けていたとしたら?」

「そんな……京にまで影響が? 『魔化』の力はそれほどまでに強いのですか?」

「正直言って、私もよくわからないところです。なんといっても誰も『魔化』を見たことはないのですからね。それでも過去の言い伝えから考えてみれば、油断してはいけない相手だということはわかります。我々があなたにこんなところまでやってきてもらったのもそれが理由です。もちろん『魔化』に対抗するのは我々にとっても当然のことです。しかし、今回、これを企てた人物が誰なのかが見えません」

「そちらにそういう人間はいないのですか?」

「『宮家陰陽寮』、今、その頭領を務めているのは青龍の家の者です。私は頭領を知っていますが、真面目な男です。万が一、彼が『魔化』の影響を受けたとしたら……その可能性を否定するつもりはありません。しかし、密かに頭領の様子を確認してみても、そのようには見えないのです。そして、頭領だけでこの全てを考えたとは思えないのです。そこに何者かが存在していると思われます。実際、何者か素性のわからない者が頭領のところへ出入りしているところが目撃されています。しかも、それはあなたたち『妖かしの一族』に非常に通じた人間ではないかと思います。それが何者なのかわからないのです」

「誰かに操られているということですか?」

「そこまでは言いません。頭領も優れた男です。そう簡単に他人に操られるなんてこともないでしょう。もともと『魔化』への対処は我々にとっては重要事。しかし、その対処が今のやり方がいいのかどうか」

「間違っているというのですか?」

「先日のことで、一条春影は生命を落としかねない大ケガをしたと聞いています。また、矢塚冬陽も闇に負けて生命を落としました。そして、あなたたち『妖かしの一族』のなかからも犠牲が出たと聞いています。『魔化』に対抗するための手段とは言うものの、これが本当に正しい方法なのでしょうか? あなたは『魔化』を相手にするために、犠牲はやむを得ないと思いますか?」

「いいえ、それは私も望みません」

 瑠樺は即座に答えた。

「普通はそう考えるでしょう。矢塚はどうでしたか?」

「矢塚さん? 矢塚さんなら……はい、きっと矢塚さんもそんなことは望まないと思います。もし犠牲を払うとすれば、自分の命を捨てる人です」

 そうだ。以前、春影が『妖夢』と化した時も、自らの危険を顧みようとしはしなかった。

「その矢塚冬陽が何かに気づいたとしたらどうでしょう?」

「だから、わざと失敗させて逃亡した?」

 考えられないことではない。瑠樺に手紙を送ったこともそれなら理由がつく。

「今のやり方が間違っていたとしたら、我々のやっていることはむしろ逆効果になることもありえます。我々は警戒しなければいけないのです。今のやり方にブレーキをかけなければいけないのです。もちろん京のことは我々がやらなければいけません」

 その言葉に力強さを感じた。

 この人達ならば信頼していいのかもしれない。

 瑠樺は直感でそう感じていた。

 力強い味方が出来たように思えていた。

「私に何が出来るのでしょう?」

「いえ、あなたにしか出来ないのです。京のことは我々が、そして、陸奥のことはあなたが。あなたは『和彩の一族』の者。あなたたちは我々の支配の下に入るにあたりその名を捨てました。しかし、我々は知っています。そして、あなたこそが『魔化』に正面から立ち向かえる唯一の存在なのです」

「私にそんな力があるでしょうか?」

「もちろんあなたに全ての責任を押し付けるつもりはありません。我々も、宮家が間違った方向へ進まないよう注意するようするつもりです。しかし、我々が直接、陸奥の『妖かしの一族』に手を出すことは出来ません。そして、『魔化』についての詳しい事情は、あなたたち『妖かしの一族』が握っているのです」

 自分にそれだけのことが出来るのだろうか。ズシリと心が重くなる。だが、それで大切な人たちが守れるのならーー

 ふと草薙の顔が頭に浮かんだ。

「そういえば先ほど人形は2体あると言われましたね。1体は草薙君だとして、もう1体は?」

「まだわかっていません。ひょっとしたらそれにも何か秘密があるのかもしれません。それについては引き続き私のほうで調べてみます。もう少し時間をください」

 瑠樺は火輪の隣にいる八千流へ視線を向けた。

「八千流さんは陸奥へは、春影さまのところには帰られないんですか?」

「いずれ帰ります」

 八千流はまっすぐに瑠樺の顔を見て言った。

「春影さまのためにも一度、帰られたほうがいいのではありませんか?」

「でも、今、私が帰って出来ることなんてありません。私も少し調べたいことがあります。それがハッキリしたら帰ります。それまで母のことをよろしくお願いします」

 そう言って八千流は頭を下げた。しっかりした大人の表情をしていた。

「大丈夫なんですか? お二人にも危険なことがあるんじゃありませんか?」

 これまでの話を聞く限り、『西ノ宮』にもいろいろな問題を抱えているように思える。

「たしかに全く危険がないとは言いません。けれど、我々もそれだけのことをしなければ、真実には辿り着けませんし正しいと思うことは出来ません。あなたも気をつけてください」

「大丈夫です」

 と、それまで静かにしていた千波が声を張る。「難しいことはよくわかりませんけど、お嬢様は私が、私たち姉妹が守ります」


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