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二宮瑠樺は東京に向かう新幹線の中にいた。
東京まで行ってから金沢駅行に乗り換え、石川へ向かう予定になっている。
そこに母の美也子はいる。
『妖かしの一族』の血族である瑠樺は、中学生の頃、父と共に陸奥中里市へと引っ越すことになった。その後、父が死んだ後も、仙台にいる母のもとには帰らず、父の意思を継ぐように『妖かしの一族』として、妖かしを束ねる一条家に身を寄せることになった。
母が勤めていた病院を辞めて暮らしていた仙台のアパートを引き払い、行方がわからなくなったのは昨年の秋のことだ。その後、母との連絡が取れなくなった。
瑠樺は心配をしたが、不安には感じなかった。連絡が取れなくなる直前、母がメールを送ってくれていたからだ。そこには母の前向きな思いが書き込まれていた。
瑠樺は母を捜すことはせず、『妖かしの一族』としての務めを果たそうと思い、日々を過ごしていた。
そんな時、事件が起きた。
『八神家』の一つである『矢塚の一族』の矢塚冬陽が『美月の一族』の美月ふみのを殺害して逃げたのだ。実は矢塚は『堕ち神』となり、『フタクビ』と呼ばれる妖かしと化していた。その後、美月ふみのに恩を感じていた音無雅緋によって殺されることとなった。その時、一条春影もまた命を落としかねないほどの大ケガを負い、今もまだ意識は戻っていない。
あの時、もし自分が春影のもとに残っていたら……と何度考えたことだろう。
矢塚がなぜそんなことになってしまったのか、失踪する前に山に籠もって何をしていたのかは未だにわからない。
もうひとつわからないことがある。それは瑠樺のクラスメイトである草薙響の行方だった。彼は今年の春、京から転校してきた。彼には他人に生命を与えるという力があったが、彼自身なぜそんな力を持っているのか理解してはいなかった。
矢塚が山に籠もっている間、草薙響も一緒だったという情報を瑠樺は耳にしていた。そして、その後、草薙の消息は未だにわからないままだ。
それから一週間後、瑠樺に一通の手紙が届いていた。
それは矢塚本人からのものだった。
その手紙の最後に、今、母が暮らす住所が書かれていた。
* * *
瑠樺君、君がこの手紙を読んでいるということは……僕はそういう結果を迎えたということなのだろう。
僕はそうならないように願って努力していたつもりなのだが、ここ最近の自分を思う時、きっと僕は望まぬ方向へと進んでいくのだろうと予想している。しかし、一方でそれは僕が望むことなのかもしれない。なぜならば、今僕がやっていることに僕は正しいことをしているという絶対的な自信が持てないでいるからだ。
君は僕の終わりを見ただろうか。それは決して気分の良いものではなかったはずだ。少なからずショックも受けたことだろう。ここで詫びておきたい。
だが、妖かしの一族というのはこういうものだと憶えておくには良い例になったかもしれない。
僕の正体はコウモリだ。獣たちに向かっては「毛がはえているから自分は獣だ」といい、鳥に向かっては「羽があるから自分は鳥だ」という。あのイソップで語られているコウモリだ。だから、コウモリのような最後を遂げる。
もともと妖かしは闇に生きる者たちだ。だが、決してそれは間違った道というわけではない。ただの習性に過ぎない。だから、妖かしの血を受けていることを決して卑下しないでほしい。
僕は妖かしの一族になったことを後悔していない。そして、それは誇りにすら思っている。
ここまで読んで、君は、何を曖昧なことをと思っていることだろう。
なぜ、こんなことになったのか、何が起きているのか、もっとハッキリとした答えというものを教えてほしいと思っているに違いない。
だが、物事を知るには順序がある。
順番を間違うと、誤解もするし錯覚もする。一度、そうなってしまうと、そこから先の行動も全て間違うものだ。それだけは避けなければいけない。
君は常に慎重でなければいけない。
そして、何よりもここで君が僕の知る全てを手紙で読んだところで、君は理解出来ないだろう。理解出来ても納得出来ないだろう。
だから、僕は何も説明しないことにする。
では、何のために手紙など残したのかということになる。
僕は一人の大人として、君をサポートしたいと願う一人として、一つだけアドバイスを残しておきたい。
君は今後、さまざまなことを知るだろう。
きっと六花にも会うのだろう。
だが、その前に君にはやらなければいけないことがある。それは母上に会うことだ。
それが今、君が何よりもやらなければいけないことだ。
お母さんに会いなさい。