よもぎもちのきもち
「クセがあるじゃん、匂いとかさ」
「そもそも餡子が好きじゃないし」
「今どき和菓子とか好んで食べるやつなんて居ないんじゃない?」
「だよね~」
『うっ、ううっ……』
よもぎもちは一人、静かに泣いていた。
しかしそれは単に売れ残ってしまったからでは無く、或いは見栄えの良いインスタ映えしそうな新進気鋭のスイーツたちにその人気を奪われたから、という訳でも無い。
『今日も、駄目だった……』
彼は理解しているのだ。己が置かれた立場を。
『本当に僕に、僕なんかにできるのだろうか。たった一人で……』
そして同時に痛感しているのだ。己が無力を。
『僕は、僕はどうしたらこの世界を』
そう、よもぎもち。
『この世界を、征服できるのだろうか……』
彼は地球を侵略に来たエイリアンなのだ――。
遡ること数年とかもうちょっと、そこそこ結構前。
『ふぅ……ここが地球かぁ。空気は美味しいし、海も山も綺麗で良いところだなぁ』
よもぎもちは長旅を終え、目的地である地球へと降下していた。
『なぁ、よもぎもち』
彼には仲間がいた。
『なんだい? みたらしだんごくん』
みたらしだんご。彼もまたよもぎもちと同じ目的をその心に抱くエイリアンなのだ。
『俺たちさ、本当にこの星でやっていけるのかな?』
みたらしだんごの不安は当然のものだった。
彼らは己が星の消滅を一早く察知し、あれやこれや色々あって多くの仲間を失いながら、新たな住処を求めて宇宙を彷徨い続けてきたのだ。
『ふふ、君は心配性だなぁ』
生き残ったのはよもぎもちとみたらしだんごの二人だけ。たったの二人で、果たして地球という広大な星を制圧できるのだろうか。その不安は計り知れるものではなく、また容易にぬぐえるものでもないだろう。
『よもぎもち、俺はお前みたいに楽観的では居られないんだ』
『……僕が楽観的だって? そんな事はないよ。そんな事、あるはずが無いよ』
『そう、だったな……。すまん、よもぎもち』
よもぎもちもまた同じなのだ。彼は何よりも大切な仲間を失ったのだから。
『良いよ、気にしないで――』
更に遡ること数年とかもう消費期限どんだけ長いんだよってくらい前、宇宙和菓子ロケット内。
『ねぇよもぎもちさん。これから住むとしたら、あなたはどんな星が良いと思います?』
『そうだなぁ……さくらもち君、僕は君と一緒ならどんな星だって構わないよ』
『なっ⁉︎ そ、そういう意味で聞いたんじゃないですよ!』
さくらもち。よもぎもちにとっては誰よりも大切な存在。大切な仲間。
『ふふ、君は本当に可愛いなぁ』
『うぅ……ばかっ……』
『ああ本当に可愛いよさくらもち君。そろそろ、部屋に戻らないかい?』
よもぎもちはホモだった。
『こ、こんな時間から……でも、少し疲れちゃいました、ね……』
『だったら休憩しないとね。さぁ、早くもどろう』
彼はさくらもちという若いツバメに心酔し、そしてさくらもちもまた、まんざらでは無かったのだ。
まんざらでは、無かったのだ……!!
『…………』
しかしそんな微笑ましい二人の様子を、宇宙和菓子ロケットのコントロールルーム的なところから恨めしそうに見つめる者が一人。
『よもぎもち……よもぎもちィ!!』
みたらしだんごだ。彼は密かによもぎもちの事を想っていたのだ。
『俺の方がさくらもちなんかよりずっと一緒に居たのに……ずっとずっと、想っていたのに!!』
そう、彼もまたホモだったのだ――。
ある日の夜。
『すやすやぁ、すやぁ~~』
一糸纏わぬ姿で爽やかな寝息を立てるさくらもち。なんて綺麗な顔をしているのだろうか……よもぎもちが心底惚れてしまう気持ちも、わからなくはない。
『…………』
だがそんな綺麗で魅惑的なカラダの、その傍ら。一人の怪しい和菓子の姿が在った。
『う~~ん、むにゃむにゃ……よっよもぎもちさぁん! だめですよぉっ‼︎』
『チッ……夢の中でまでイチャつきやがって……!!!』
みたらしだんご、彼はすごく腹を立てていた。そう、やいていたのだ。お団子だけに‼︎
『……お前がいけないんだ。さくらもちィ、お前さえ、お前さえ居なければッ!!』
ぺとぉ~。
『ん……んんッ!?』
突如としてさくらもちに襲い掛かる強烈な粘着感。
ぺとぺとぉ~、ぺとろぉ~ん。
『んぐぅ!?』
大ピンチ!! さくらもちの艶やかな口に、みたらしだんごにかかってるあの甘いやつがこれでもかと流し込まれてゆく!!
『んぐぐーっ! んぐーっ!!』
『すまねぇなさくらもち! お前にはここで死んでもらうッ!!』
微塵の容赦もないみたらしだんご!!
そのあまりに激しい嫉妬と共にみたらしだんごのカラダを包む甘いやつがさくらもちの穴という穴を、気道という気道をねっちょりと塞ぎ、まるで春風に吹き散る桜の花弁がごとくその命の灯火を揺るがしてゆく……!!
『んぐうっ!! よっよもッ……ぎもちさんッ……』
叫ぶさくらもち! しかし声が声にならないッ!! 高まる鼓動ッ!! 震えるぞハートッ!!
『よも、よもっ……』
『まだ言うか! ええいもっとだ! もっと激しくしてやるッ!!』
ぺとぺとぺとねとぺととろろ~~ん。
『よ、も――』
『気持ち良いイィィイィィィィッ!!』
さくらもちはイった。いや違う逝ったのだ。嫉妬に狂ったみたらしだんごの手により、その若い命とほとばしるパトスを散らせてしまったのだ。
『はぁっ、はぁっ……』
しかし……さくらもちのその逝き顔は艶にまみれ、そして楽園へ誘われたかのように清々しいものだったという。
みたらしだんごは一人、夜の宇宙和菓子ロケット内を彷徨っていた。
『俺は、俺は……なんてことを……』
なんかすごいしんみりとしていた。あとみたらし感が薄れていた。
(……みたらし、だんご君………)
だがしかし、見ていたのだ。よもぎもちは全てを見ていたのだ。
(彼がさくらもち君を……まさか、そんな……)
愛するさくらもちの命の終わりを、愛するさくらもちの逝き様を。
(…………でも、結構良かったな。いやかなり良かったな)
一人興奮しながら、そう遠くない場所からっていうか同じ部屋の中から見ていたのだ。クローゼットの中に忍び込み、さくらもちの葉っぱのやつを嗅いだり舐めたり包んでみたりしててたまたま居合わせてしまったのだ。たまたまなのだ。
(……あとでもっかい見よう)
なんなら録画もしていたのだ!!
(すごい、全然おさまらないや)
そう、彼はネクロフィリア的な感じの趣味もあったのだ――。
そんなこんなでなんとなく地球に到着したよもぎもちは、みたらしだんごをその手にかけた。取り敢えず憎しみを晴らしたかったのだ。いや、もっと言えば純粋にそうしたかったのだ。そういう趣味もあったから。
そうして一人ぼっちになり、なんか侵略とか難しくなったから取り敢えず地球に馴染んだ。和菓子として販売されるという道を選んだのだ。
それが、よもぎもちなのである。
後悔しかない