姉妹で、こうも違うのか
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
ねえねえ、つぶらやくんは家族のことは好きかしら? 時間さえあれば、実家に躊躇なく足を向けられるタイプ?
私は……ちょっと微妙かなあ。お父さんやお母さんはともかく、お姉ちゃんがね。
歳が近いからかもだけど、ことあるごとに、妹である私を見下してくるのよねえ。対抗意識なのか、姉の威厳を保ちたいのか。
妹をパシリか何かのように思っているみたいだし、それで私が失敗すると「だから、あんたはアホなのよ」と言わんばかりの罵詈雑言。なぐさめの言葉をかけてくれたことなんて、ぜんぜんないわねえ。
それでいて、昔から賞状とかもらったりすると、私に見せびらかしてきて、ほめてあげないと、たちまち不機嫌になるの。一緒にいると腹が立ってくるから、できる限り避けたいと思っちゃう。
兄弟姉妹の仲。現実も創作も、そこにはドラマや悶着が絶えない。そして、秘め事の存在も。私のじゃなくて恐縮だけど、興味深い話があるの。ちょっと聞いてみない?
その女の子も妹として生まれて、上にそこまで歳が離れていない姉がいたそうよ。
小学生の時分。彼女が気に食わなかったのは、姉が半ばアイドルのように、家族にちやほやされていたこと。特に、自分の方が姉と比べても、優れたことをしているのに、正当な評価をもらえないのが、苦しかったと話していたわね。
彼女が勉強や運動で一等賞になったとしても、さほど褒めてはもらえなかった。それが姉のこととなると、たかがビリから、ビリ二位に上がっただけでも、諸手をあげて大喜び。ごちそうが用意されて、もはや誕生日パーティーか何かのように扱われたって。
毎回毎回、プレゼントも用意される。種類はキーホルダーとかの身に着けられるもので、その日も、リボンのついたヘアゴムをいくつかもらったみたい。
家族から褒められ、称賛の言葉を受けて、照れくさそうにする姉。妹である女の子は表向きは口や態度を周りに合わせたけど、影で歯噛みをすることしょっちゅうだったそうよ。
――絶対に、あたしの方が上なのに、どうして見てくれないんだろう。お姉ちゃんなんて下から数えた方が早い人なのに。言っちゃ悪いけど、ザコでできそこないのクズ女なのに、なんで? どうして、どうしてあたしを褒めてくれないの?
同じ部屋の二段ベッド。上の段で寝息を立てる姉を見上げながら、その日も悔しくて仕方なかったとか。どうにかして憂さを晴らしてやりたいと、そんな気持ちでいっぱいになったの。
女の子は、部屋の窓際へ目を向ける。
カーテンからのぞく月明かり。照らされるのは、少し間を空けて並ぶ二つの勉強机のうち、左側。姉が使っているもの。
参考書がたくさん置かれている妹のものと違って、さっぱりしている木の机。その真ん中にちょこんと、さっきプレゼントされたばかりのリボンが、無造作にいくつか乗っている。
すっと、女の子に暗い考えがよぎったわ。
――こんなところにほっぽってあるんだもの。少しくらいなくしても、ずさんな管理が原因よね。
そっとベッドから起き出した女の子。足音を立てないように、机に忍び寄っていく。
これは正当な報酬なんだ。本当は、私がもらって然るべきものなんだ。
そう言い聞かせながら、彼女はたくさんあるリボンの一つに、手を伸ばしたわ。
翌日。早めに家を出た彼女は、登校途中にそっと、せしめたヘアゴムを髪につけたわ。水色のリボンのそばに、レースで包んだ真珠らしきものがついている、昔ながらで、ちょっと大人っぽいデザイン。リボンの中心には四角形の透明なストーンがついていて、光の反射で色が変わった。
クラスの男の子たちで気に留めてくれる人はいなかったけど、女の子たちはリボンについて色々、声を掛けてきてくれた。出どころだけはなんとかごまかさざるを得なかったけど。
でも、彼女は嬉しかったそうよ。成果を出している自分が身に着けているもの。それがほめられるというのは、存在価値が認められるということ。
やっぱりこれは、私が手元に持っているべきなんだ。帰る頃には、彼女はすっかりリボンを返そうという気が、失せてしまっていたそうよ。
けれど、下校する段になって。
学校と家の半ばほどの場所にある交差点で、友達と別れ、一人で歩いて行く彼女。やがてブロック塀がそびえたつ、自宅直前の曲がり角まで来たわ。右に曲がれば、数軒先が自分の家。
ところが、右折したとたん、間近でカメラのフラッシュを焚かれたような、強い光走ったの。思わずまぶたを閉じちゃった彼女が、目を開いた時、見慣れた道路と家々の並びは消えうせて、代わりにターコイズブルー一色の視界が立ちふさがったわ。
「定期検査を開始します」
聞いたことのない声が、頭上から響く。逃げようとしたけど、脚や腕は、見えない枷でもはめられたように動かない。
右腕の上腕部分に痛み。見ると、コンパスの針先ほどの穴が空いていて、そこから血がつうっと腕をたどって垂れていくの。
床に一滴、二滴と垂れると、どこからかざわついた声が、いくつも聞こえてくる。
「おい、なんだこのデータは。これまでの経過から、いくらなんでも上がり過ぎだぞ」
「引き締め器具の故障じゃないですか? 当初の状態に戻りつつあると」
「ならば、一大事だ。早急に引き締めと、調整をやり直さねば」
「ですが、いくらなんでもこの数値は異常。別人なのでは」
「ばかな。センサーは本人に手渡しされたはずだぞ。盗まれたとでもいうのか? こんなに早く? 用意した翌日だぞ」
「とにかく、工程が終わるのを待とう。始まった以上、止められん」
彼女の身体に、万力で締め上げられるような痛みが走る。声を出したかったけど、口は開かず、喉も揺すれず、ただ唇の端からよだれを垂らすだけ。
やがて、見えない手のひららしきものが、頭頂部から足の指まで、丹念にもんでいく感覚。デリケートなところも無遠慮に触られるような感触に、彼女は顔から火が出そうだったとか。
続いて、やはり見えない、太鼓のばちらしきもので、全身を叩かれる。壊すんじゃなくて、あくまで弾み具合を確かめる程度に加減していたように感じた。それでも、何度かうめき声が漏れちゃうほどだったとか。
痛痒さに、身体をよじりたくてもよじれない。目から涙が垂れ落ちるころになって、また最初の声が響いてくる。
「やはりだ。今までのデータと、合致する気配がない」
「遺伝子構造も似ているが、いくつか相違点」
「じゃあ、やはり盗ったのか」
「要らぬ真似をしてくれたな。どうする、矯正してやろうか」
「まあまあ、落ち着け。時にはこんな手違いもあろう。大目に見ようや。ゆとりを持たねば、やってられんぞ、この仕事。だが、懲りずに来たなら、知らんがね」
言葉が途切れると、ふっと身体が前に放り出される感覚。よろけながら踏みとどまると、そこは元いた自宅の近く。あの空間は、さっぱり消えた。
彼女が身体を走る痛みに、よろめきながら歩いて行くと、ちょうどお母さんが家から出てくる。けれど、その服装はエプロン姿。台所に立つようなもので、これから出かけるような格好じゃない。
その母親がこちらを向くと、一瞬、いまいましげな視線で刺してきた後、すぐにこぼれそうな笑顔で、彼女に「おかえり」を言ってきたそうよ。
それから十数年たった今でも、彼女のお姉さんは、ずっと実家で暮らし続けているのだとか。