02-2
貴堂は自分の、人とは違う能力を、極力押さえ込んで生きて来た。
それが生き方だったし、それでよかったはずなのに。
「こんな事を聞いてしまってごめんなさい。嫌な思いをさせてしまってごめんなさい。ですが貴堂。わたくしには見えるのです」
心がツン、と冷たくなる。
「無理に理由を聞き出そうとは思いません。あなたの過去を覗いたりもしません。ただひとつ、許して欲しいの」
「何ですか」
姫君は、慎重に言葉を選んでいるような気がする。
理由を聞かれる、過去を覗かれる――どちらも貴堂が拒絶したい事だ。
貴堂にとっての鬼門であると、彼女には分かり過ぎるほど分かっているのだろう。
「その幼い子を、少しだけ抱かせて下さい」
幼い子が誰なのか、聞かなくても分かる。
彼女の瞳には、見えてしまっているのだろう。
貴堂が。
幼い頃の貴堂が、姫君には見えてしまっているのだ。
心の奥底に押し込め、閉じ込め、身動き出来ないようにし、決して表に出さないよう、必死で隠して来た。
過去の自分。過去の自分の、感情。
あれが二度と自分の中で蘇らないよう、きつくきつく縛り付け、閉じ込め続けてきた思い。
――いや。あの子を眠らせてくれたのは俺じゃなくて……。
「あなたはとても嫌でしょうね。決して好きではない存在のわたくしに、その幼い子を触れられるのは」
「分かってるなら、遠慮して下さい」
貴堂は自分の声が怒っている時のように低く、しかも震えている事に気づいた。
自分で思っている以上に憤怒しているらしい。
「い……嫌ですっ」
「は? ――あっ!」
姫君の両腕が貴堂の胴体に触れる。
触れて、体内へと入り込む。
左手は胸囲、右手が胴に回され、貴堂の身体の中へとその手を入れて来た。
自分とは違う温度の物が、胸と腹の位置で、体内を輪切りするかのように横切ってゆく。
姫君の両腕は、貴堂の身体よりかなり低温である事が分かった。
ふたつの冷気が身体の中を通過する。
体温が大量に奪われ、貴堂の身体は寒さでガクン! と大きく震えた。
反動でシートの背もたれへ、身体が倒れ込む。
自分のうめき声が、聞こえた。
「ご……ごめんなさいね、貴堂」
気づくと姫君の腕の中に、小さな男の子が居た。
三歳くらいで、両目を強く閉じて――あれは眠っているのだろうか。
それとも、強く我慢をしているのだろうか。
姫君の足の上に乗せられ、背中や髪を撫でられている。
それでもその子は、ピクリとも反応しない。
あの日着ていた服だった。
あの日履いていた靴だった。
父親の故郷へ帰るのだから、と母親が用意してくれた新しい服である。
ナントカ言うブランドの、上下のスーツだ。普段着とは全く違う、特別な日の衣装である。
姫君はその子の手を取り、撫でた。
「可哀想、指まで硬直してる」
「返してください……気分が悪い」
機嫌が悪い、ではなく、気分が悪い。
これまでバランスが取れていた、自分の中の重しが奪われたかのようだ。
全身がふわふわとして、目眩が治まらない。
「そうね。顔色が悪くなっているわ。血の気が引いている感じです。貴堂」
「寒い……」
「嫌です、返しません。わたくしはこの子が笑えるようになるまで、あなたには返しませんっ」
「どうして……あなた達の目的とその子は、関係無いでしょう」
身体に力が入らない。声にも力が入らない。
「苦しそう、気の毒です」
意識がフラフラする。寒くて、まぶたが重くなる。
「この子はあなたの魂の一部だもの、奪われてしまっては不完全な存在でしかないですよね。魂の均衡が崩れてしまいました。でも、ごめんなさいね。返しませんっ」
「どうして、そんなに……」
そんなにまでして、その子にこだわる?
「だってわたくし。あなたに好きになってもらいたいから。わたくし達の事を」
貴堂は顔を小さく横に振った。
必死の意思表示だ。嫌だ、と。必死で訴える。
身体が重かった。
重力が何倍にもなったかのようだ。二倍、三倍……いや、もっと。
――身体が、重いぃ……!