表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星読みの遺言  作者: あおい
01
6/34

01-6


 ひらり、と彼女が貴堂の前に姿を現す。

 それは小さな小さな、数ミリほどの姫君であった。


 それが、貴堂の顔の位置に浮かんでいる。


『色々と策を弄してしまいました事、ここにお詫び致します』


「じゃあ、昨夜の夢もっ」


 ――ちょっと待てっ! あの内容……どっかの国の大企業の、汚い話っ。あれが本当だなんて、冗談じゃない!


「そんな事に巻き込まれてるのか、櫛絽さんはっ!」


 そんな事っ。貴堂にどうにか出来るわけが無いではないか。

 あれが事実と言うのなら、政治レベルでしか解決出来ない事だ!


『いえ。りおなの場合、直接は』


「な……なんだ、脅かすなよぉ……」


 貴堂はその場にしゃがみ込んだ。安堵の息を大きく、長く吐いて。


 気力が抜けたのである。手が小さく震えていた。

 自覚は無かったが、思った以上に緊張していたのだな。この身体も。


『けれど多かれ少なかれ、人は影響を受けます』


 ぎくり。


『わたくし達は、あの子に助けられて来ました。彼女の声には癒しの波動があり、幼い頃はよくユリと歌っていたらしいのです』


 ――ああ、そう言えばこの姫君は、目覚めたばかりなんだっけ。


『彼女の声には、彼女自身を癒す効果もありました。しかしユリを亡くしてからのりおなは、ほとんど声を出す事はありません』


「そ……そうなの?」


 まぁひとりで暮らしているのだから、普通は喋らないだろう。当然だ。


『それでも彼女のおかげで、この庭は〈質が良い〉のです。わたくしも目覚めてから、こちらへと連れて来られました』


「へぇ。で?」


『力をお貸しください』


「櫛絽さんを助けるためなら、俺は頼みを断れない。でも、どっかの大企業を潰せと言うのは無理だろ」


 沈黙が、流れた。


 ――ちょっ……そのつもり、だったわけ?


 アホ過ぎる。

 精霊と言うのはこんなにもアホだったのか。

 ただの高校生がどうにか出来る問題かどうかすら、正しく判断出来ないのか。


『少し、よろしいですかな』


 老人の声がした。

 ぎょっ、として足下を見ると、小人のオブジェよりほんの少し大きい老人が立っていた。


 夢の中で姫君に『土地神様』と呼ばれていたあいつだ。立派な髭が同じである。


『貴堂紘斗。あなたはこうして我々と意志の疎通すら出来る』


「普段は幽霊が見える程度ですよっ。そいつらとすら、意志の疎通なんて」


 だいたいアレらは、残像だったり念だったりするのが多いし。

 現実世界に影響を及ぼしたり、ましてや生きてる女の子を倒せたりしない。


 もしそれが出来るなら、それは特殊で特別なヤツだ。


 ――……あ? 特殊で特別……。


「櫛絽さんが倒れたのって、自分の声が足りないから、なわけ? そんなわけないよな」


『そこです』


 ――んっ?


『繊細で鋭敏な者ほど、影響を受ける。ここの娘は家族が居なくて寂しいだとか、歌う元気も無いだとか、そのような事が原因で倒れたわけではございませんよ』


「じゃ、どうして」


『もうお分かりでしょう。彼女は〈ひとり目〉に過ぎない。これから〈広がる〉のです。私達の質が変化すれば、傍で暮らす〈人〉も、只では済まない』


 そんな事、言われたって。


『壊れた遺伝子の野菜を食わされ、変化した精霊達と同じ国の空気を吸い続けて、日本人はいつまでも正常で居られますかな』


「だからって俺に企業なんか潰せるわけねーじゃん! 農家にクレーム入れろって言うのか? ネットに危険だと書き込めって言うのか? 政治家に意見を出せって? そんな事なら他の人間にだって出来るっ」


『ならば、他の人間には出来ない事ならお引き受けくださるつもりはある、と?』


「うっ……そ、それはっ」


『水色の瞳の少年よ。今は日本人と同じ色の瞳を通して、何を見ている?』


 何を、とはどう言う意味だ。


『他の人間が動いたら、お前も動くのか? 他の人間が動かないから、お前も動かないのか?』


 そう言う、わけではない。

 自分に出来る事と出来ない事を冷静に判断しているだけだ。


『運動能力のある者は、国旗を背負って世界大会へ出場する。頭の回転のよい者は、各業界で成果を出している。ならば、お前は何が出来る。私達と意志を交わせる能力を持ちながら、それを放棄してのうのうと生を貪るだけか』


「俺は……あの時決めたんだ」


 ――あの時? あの時っていつだ?


「俺にとって現実以外は、幻覚程度の価値しかないのだから、無視して生きようって」


『ああ、見ておったぞ。あの時は危なかったな。お前は小学校に入学したばかりで、今よりは随分と幼かった』


 ――入学したばかり?


 貴堂は記憶のページを慌ててめくるがそれは結構遠い過去で、すぐさま該当の記憶を引っぱり出せない。

 口が勝手に喋った事すら、気味が悪かった。


徒者ただものでありたいお前の心情、分からなくもない。幼い頃に傷つけられ、強く怯えた事も躊躇させる原因ではあるのだろう。けれどお前自身、それが世間にもよくある話だと、分かっているのではないか?』


「えっ」


『りおなが親戚から受けている苦痛について語った時、お前は自分で言ったのだよ。「鬱陶しい親戚くらい、どこの家系にも存在するだろうけど」と』


 自分を睨みつける大人達の、あの目が意識の表面に蘇る。

 嫌悪感丸出しで、容赦の無い視線だった。


 貴堂の腹の奥底から、怒りにも似た感情が沸き上がって来る。


『もうそろそろ、乗り越える努力をしてもいいのではないか。お前は高校生にもなったのだから、いつまでもそんなものに縛られておく必要はないだろう』


「そこまで言うならっ! 俺に出来る事が何なのか、教えてもらおうかっ」


 貴堂は叫んだ。

 過去の記憶を乗り越えろ? 言われなくてもそうしたい。

 好きで痛みを引きずっているわけではないのだ。

 あんな、クソみたいな親戚などどうでもいい!


『お前に大企業の組織を壊せとは言わん。企業とはな、会社と言う建物に集っただけの、人の集まりに過ぎんのだよ』


「じゃ、張本人をどうにかしろと?」


『そう言う事だな』


「ちょっと待てよ。そんなプロジェクトを組んで、世界に流通システムを張り巡らせた人間となると、企業の中でも幹部なんじゃないのかっ?」


『ああ、そうだな』


「どうやって近づくんだよっ、そんな奴に!」


 SPとか付いてるに決まっている。ヘラヘラして近づいたら一発ズドン、だ。

 世界は日本と違って銃社会なのだから、あっと言う間に蜂の巣にされてしまう。


〈神様〉と言う肩書きに油断していた。

 話には聞いていたのだ。〈神〉と呼ばれるクラスのエネルギー体は恐ろしいのだと。容赦しないのだと。


 怒らせれば、人の命も簡単に摘む。


『お前から組織の内部へ接触する苦労は無い』


「へっ?」


『もう、来ておる。この国にな。その成功を導いた少年と、少女。そのふたりと一緒に』


「魔術師、とか言ってた奴か」


『便宜上そう呼んだだけで、どうと言う事もない。ただ導いた子らだ。だがこのまま、放ってはおけん』


『貴堂。これからわたくしと一緒に来てください』


 キラリと輝く姫君が再び、話しかけて来た。


「どこに」


『この土地より北、です。北風に乗せて日本に自分達の遺伝子をバラまこうとしている。それは日本の植物の〈全滅〉を意味します』


 貴堂の背中がぞくっ、とした。

 全滅。そこまで実行する気なのか。


「金の為にか? そいつ、ビョーキなんじゃないのかっ。他国の植物を全滅させたいとか、ちょっと異常だぞ」


『それは……接触してみなければ本当のところは分かりません。とりあえず行きましょう』


「これから?」


『今すぐ!』


「わ、分かった」


 すうっ、と飛び立ち先導してくれる姫君を追いかけようとした時、周囲から複数の声が聞こえて来た。


 振り向くと、淡い緑色に輝く光の玉が幾つも、幾つも――庭に浮かび、イルミネーションのようだった。

 そして彼らひとりひとりが口々に言うのだ。


『おー、頑張れよぉ』


『いざって時は呼べ。国内ならどんな事してでも、全員で加勢に行くからよ。こんな時にテリトリーとか言ってられるか! 全面戦争じゃい!』


『御武運を』


『行ってらっしゃいませ』


『あんた、ひとりじゃないんだからね! あたし達がついてるんだからっ』


 それから、女の子の声で。


『貴堂……りおなを助けて。お願い』


 それは昨日、何度も必死に語りかけて来た声であった。


「昨日は悪かったな……じゃ、行って来る」


 みんなに見送られ、貴堂は姫君を追いかけた。

 駅から電車に乗せられ、北の方向へと移動を開始する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ