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星読みの遺言  作者: あおい
01
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01-1

■00■


 姫君――。どうかお目覚めください姫君。

 お目覚めには少々早い時期ではありますが、今、わたし達には貴女様が必要なのです。




■01■


 掃除が終了し、担任が来るのを待つ教室の中。


 みんな友達と話したりふざけたりして、落ち着いた雰囲気などどこにも無い。

 放課後の部活の予定や、帰りにどこへ遊びに行こうかなど、話題はそのような内容ばかりである。


「ねー貴堂。櫛絽さん具合悪いんだって。自宅が同じ方向でしょ? 今日、送って行ってあげて欲しいんだけど」


 クラス委員の増田に呼ばれ、友人と会話していた貴堂紘斗きどうひろとは、数人の女子が教室の一角に集っている事に気づいた。


 廊下側から二列目の、真ん中に集っている。

 そこは、櫛絽くしろりおなの席だった。


「具合が悪い、って?」


 彼女達に近づくと、その席に座り顔色の悪い櫛絽が見えた。

 普段からそんなに元気ハツラツな子ではないけれど、これは明らかに体調を崩している。


「中学、同じだったんだよねっ?」


 増田は成績がいい、とかそう言う要素ではなく「仕切り屋気質」でクラス委員に指名された子だ。


「そう、だけど」


 確かに櫛絽と中学は同じだった。

 でも話した事はない。


 櫛絽の性格はどちらかと言えば控えめだし、社交的ではない。

 そして顔立ちが結構可愛いので、男子から話しかけるのを戸惑わせる子だった。


 女子にとって櫛絽は特別に目立つ存在ではないらしいのだが、男子にとってはいつも視界の隅でチェックを欠かせない、そんな子だ。

 抜け駆けすれば、必ず目立つし恨まれる。


 現に以前、落とした消しゴムを拾ってもらい「ありがとう」と彼女に言っただけで、あだ名を「ゴムタロー」にされてしまい、卒業までずうっとそう呼ばれていた男子が居た。


 ダサい仕打ちに、皆震えたものだ。男の嫉妬は怖い。


 そんな過去を思い出しながら貴堂は初めて、櫛絽に話しかけた。


「どうしたの、大丈夫?」と。


「大丈夫……ひとりで帰れるから、気にしないで」


 苦しそうな呼吸で彼女は言った。

 こちらを見上げ、笑おうと無理をしているのがよく分かる。小刻みに震えているから。


「保健室に連れて行かなくていいのか?」と増田に問う。


「あとホームルームだけだから、って。本人が」


 確かにもう掃除も終わったし、担任が来るのを待っている状態ではあるのだが。


「さっきまで平気だったのよ」と言ったのは、櫛絽と仲がいいふたりの女子だ。


 このふたりが運動部に所属しているのを、貴堂も知っている。

 部活があるから送って行ってはあげられない、と言うわけか。


 この三人、お互いの自宅も近くはなかったんだっけ? 出身中学が遠かったような気がする。


「帰宅途中に倒れても困るし、あたし委員会があるの。貴堂、お願いっ」


 増田は両手を顔の前で合わせ、苦笑いを浮かべた。


「特に用事も無いし、俺は別にいいけど」


「よっし、頼んだ!」と背中を叩かれる。軽くリズミカルに、何回も。



 帰り道。

 櫛絽が「自分で持つ」と言う鞄を、貴堂は強引に持った。


「そうしないと、こちらの気が済まないから」と何度も言い聞かせて。


 時が経つにつれ、彼女は見る見る消耗してゆく。

 話しかけるのも気の毒なくらい、櫛絽は歩く事に必死になっていた。


 彼女は今、気力だけで立っているのだ。

 全身が小刻みに震え、貴堂の目から見ても尋常でない事は分かった。


 地元の住宅街まで来て、ここから先はどちらの方向なのか。

 貴堂には分からない。


 櫛絽に細かく訪ねながら、道を進む。


 中学の校区内とは言え、貴堂の自宅とは少し離れた町であった。

 あまりこの辺は詳しく無い。郵便局に個人商店がいくつかと、コンビニ。

 かなり先にスーパーの看板が見えた。


 それにしてもこんなに突然、体調が悪化するなど。


 ――インフルエンザ、とか?


 二学期ももう終わりが近い。風邪も流行っているし、インフルエンザのニュースも何回か見たような気がする。


「あの、もうすぐだから……ここまで、で」


 彼女は右手を差し出して来た。貴堂は首を横に振る。


「ダメだよ。せめて玄関の前までは櫛絽さんの鞄、持って行く」


「だけどそんなの……これ以上迷惑……」


「ここまで来たら一緒だよ。だってもうすぐ、って事は近いんだろ?」


「でも」


「俺、家に入れろとか言わないよ?」


「そんな事は、私、別に……ただここから少し、上り坂だし」


「……あのな。坂道ツライなんて俺、そこまで身体ニブってないの。ほらもうサッサと行くぞ。上り坂って、その駐車場から右方向でいいのか?」


「う、うん」


「櫛絽さんがシンドいなら手、引っ張るけど?」


「そんなっ……大丈夫、だから」


「じゃ、進もうぜ。寒いから立ち止まってると冷えちゃうし」



 坂の多い住宅街の中で、少し古い家が一件だけ見える。

 周囲よりちょっとだけ遡った時代に建設されたのだろう、と言う事がすぐに分かるくらいの家だった。

 その他の家は、まぁ普通の住宅が並んでいる。一軒家とか、コーポとか。


 あまり道路は広くなく、ガレージ以外に車が停めてあるととても狭く感じられた。

 数十メートル先にコンパクトカーが停車していて、他の車が通る時にはかなり邪魔だろうなぁ。と貴堂はボンヤリ思った。まぁ、通れないほどの道幅ではないようだが。


 ふと、櫛絽の足が止まる。

 貴堂は数歩、行き過ぎて立ち止まり、振り返った。


 元気ではなかった櫛絽の表情が、一段と曇っている。


「どうした?」


「……帰りたく無い」


「はぁっ?」


「あの、ここまで送ってくれてありがとう。貴堂くんはもう帰って。わたし……」


「いい加減にしろよ。増田だって担任だって、わざわざ俺に頭下げたんだぞっ」


 貴堂は彼女の手首を強く引っ張り、前に歩き出した。

 ぐいぐい、と強く引くと、櫛絽の体重移動が腕を通して伝わって来る。

 無理矢理な貴堂の引きにその身体が抗いきれず、前進している。


「止めて、ねぇ止めてっ。帰りたく無いのぉ!」


 その声は、涙声であった。

 ぎょっ、として立ち止まる貴堂。


 櫛絽は涙を滴らせ、貴堂に助けを求めるような視線を向けていた。


「お願い……」


 そんなにふらふらして、体調が悪そうなのに。

 それでも自宅に戻りたく無いと駄々をこねている。


 泣いて嫌がる人間をこれ以上引っ張り続けるわけにもいかないし、第一、どの家が櫛絽の自宅なのか貴堂は知らなかった。


 ――困った。


「会いたく無い人が、来てるから」


「ナニソレ。櫛絽さんってエスパーなの?」


「あの、車……」


 少し先に停車している、コンパクトカー。


「あ、そー言う事ね。エスパーとか言って俺、恥ずかしい……。で、誰?」


「親戚の人」


 その言葉に心がチクリ、と痛む。


「まぁ鬱陶しい親戚くらい、どこの家系にも存在するだろうけど。自宅には家族が居るんだろ?」


 櫛絽は頭を振った。


「おばあちゃん亡くなったから、今はわたしひとりなの」


「え。ひとり暮らしっ?」


 こくん、と頷く櫛絽。


「あの家はおばあちゃんの家だから、合鍵を持っている人が何人か居るの。今来ているおばさんもそうよ。時々勝手に来るの。……きっと、金目の物を探しているんだと思う。おばあちゃんが入院している長い間、お見舞いに一度も来なかったような人なのに」


 そう言えば高校に入学してすぐ。

 櫛絽が数日間、まとめて学校を休んだ事があったっけ。

 あれは忌引き、だったのか?


「隠してるんでしょ、出しなさいって責められるけど……わたし、何も持ってない……! あの人達が、怖くて怖くてたまらないの!」


 そう言いながら櫛絽は、その場にヘタり込んだ。

 貴堂も一緒に座り、その背中を撫でる。けれど。


 だからってどうすればいい? このまま寒空の下、放置して帰れない。


「よし、どっか行こうっ。このまま道に居ても仕方ないし」


 櫛絽は泣き続けて、リアクションをしてくれない。

 ひっくひっくと泣きながら、手で涙を何度も拭っている。


「バス通りのファミレス行こうっ。な?」


「う……うん」


 鼻を真っ赤にして、それだけ返事をしてくれた。

 貴堂は彼女を抱え上げ、立たせる。


 そして今度は上って来た坂道を下り始めたのだが、その時。


『助けて……たすけて』と、どこか遠い所から〈人ではない〉者の声が聞こえた。

 ような気がした。


 エコーがかかったような、独特の音が頭の中に弱々しく響いたのである。


 貴堂はそれを気のせいだと否定した。

 そんなモノか聞こえるわけない。


 そんなモノに関わりたくもなかったし、それに何より今は、櫛絽の方が大変なのだ。


 ――本当にひとりで暮らしているのか? なら、面倒を見てくれる人が居ないと言う事だよな……。


 熱を測ってくれる人すら居ないと言う事だ。

 本当ならすぐにでも安静にさせるべきなのに、自宅に戻れないだなんて。あー、困った。


 櫛絽と仲のいい女子を呼ぼうか、とも思ったけれど、そんな事は止めてくれと言われそうだし。


 ――とりあえず、やっぱ様子見するしかないなぁ。


『貴堂、ねぇ振り向いてよ』


 ――……貴堂?


 馴れ馴れしく苗字を呼ぶではないか。

 でも幻聴なのだから、どうでもいい。


 ――だけどちょっと、イヤな事を思い出しちゃったな……ちぇっ。


 前後左右。

 車や自転車に気をつけながら、貴堂は櫛絽をファミレスまで連れて行く。



 店内は温かく、ソファに座った櫛絽はグッタリとした。


 とりあえずドリンクバーをオーダーした。

 ソフトドリンクから好きな物を選べる。

 動けない様子の櫛絽に希望を聞いて、紅茶を運んだ。


 彼女はカップを、震える両手で包み込んだ。

 とても寒そうにしている。

 顔色は青白いまま。くちびるの色も悪い。


「風邪?」


「分からない……そうかも。感染うつっちゃったら、ごめんなさい」


 それからは、沈黙がテーブルを支配した。

 客が多くなる時間帯になって店を出るまで、ほとんど会話はなかった。

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