о●第24話●о
静視点。
肩丈の、真っ黒い髪が見えた。
あの人が好きだった、赤い色の浴衣が見えた。
人込みに消えて行く、後姿。
もうあの人はいないって分かってる。
それでも。
「百合さん…っ!」
…呼ばずには、いられなかったんだ―――……。
◆
ガシャンッ!
「違う、そうじゃない!何度言ったら分かるんだ!!」
割れた花瓶。 散らばった花びら。 叩かれた頬が痛い。
「分家の悠はあんなに出来が良いのに、どうしてお前は……っ」
知らないよ、そんな事。
本家に生まれたって、才能のない俺と、分家の子供でも才能溢れる悠さん。 本家とか分家とか、
今さら気にする方が馬鹿げてる。 ただ、この時間だけは、才能の差を嫌と言う程思い知らされた。
俺にとって稽古の時間は、苦痛でしかなかったんだ…。
『静様、おはようございます』
『静様、稽古はもう終えられたのですか?』
『静様、遠くに行ってはいけませんよ』
“静様”、“静様”、“静様”…。
どうして、俺より年上の人が様付けで呼ぶの? 本家の子供だから?
嫌だよ…。 こんな関係……嫌だ……。
「静っ?どうしたの、暗い顔して」
「また叔父様に怒られちゃった?」
不意に、上から声が降って来た。 顔を上げると、綺麗な顔がふたつ。
「悠さん…、百合さん…」
2人は、にっこりと笑った。
1つ年上の悠さんと、2つ年上の百合さん。 2人共分家の子供なんだけど、
他の人とは違って、俺の事を“静”って呼んでくれる。
俺の、大好きな人。