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06 二十五歳

「サチーーーーーーーーーー」


 また、今日も陽太のそんな声が聞こえた。

 毎日毎日バカみたいに大きな声で私の事を玄関で呼ぶ陽太。


 階段を降りていけば、陽太は兄と何か話していた。

 兄は私に気が付くと、ぱっと陽太に手を振って中に戻ってしまう。



「今日はなにしてた?」

「……かーちゃんが、まだゆっくりしてなって」


 私は、健康サンダルに足を突っ込んで、いつもの通り陽太の背中を追いかける。

 それでも今日はいつもと違い、家の前に軽トラが止まっていた。



「え、軽トラ?」

「おー、コンビニ行こうと思って」


 なるほど。なんて思いながら私は軽トラの助手席に乗り込む。

 コンビニ行くのに軽トラ?なんて突っ込みをした人は完全に都会人なので安心してほしい。


 コンビニまでは、車で15分。これでもまだ近くなった方。




 硬い背もたれに眉をよせる。

 陽太はふわ、とあくびをした後に手際よく車を出す準備をした。



「そう言えば陽太、何で急にコンビニなの?」

「心当たりは?」

「ないです」


 陽太が、気味の悪いゆるきゃらの付いた鍵を回せば、一回ぶんと縦に揺れた後に軽トラのエンジンがかかった。

 陽太は「そーかそーか」なんて言いながら、横顔で少し笑っている。

 私は何かあったっけ?なんて窓から外を眺めながら結構真剣に考えてみる。

 


「あ、」

「どうした」

「今日、誕生日だ」

「だーいせーいかーい」


 すっかり私も忘れていた誕生日。陽太、よく覚えていたなぁなんて。


 どうにも、陽太は私に誕生日ケーキを御馳走してくれる様子。

 ……まぁただのコンビニの安いケーキなんだけど。


 陽太が私に買ってくれたのは、半ホールのチーズケーキだった。

 本当はワンホール食べたかったけど、10時に閉まるなんていうナメきった営業体制を貫く田舎のコンビニでそんな夢も叶うわけもない。











「ただいまー」


 陽太が、そう言って陽太の家の扉をがらがらと開く。

 懐かしい陽太の家の造り。

 玄関で立っていると、近くの部屋の扉がすっと開き陽太の弟が現れた。



「よ! 結婚未遂さっちゃん!!」

「そのあだ名考えた奴ちょっと呼んでこい」


 そう言うと、陽太の弟はげらげらと笑った。

 陽太は「ちょっと待ってろー」なんて言って私のクソ不名誉なあだ名に対してフォローを入れる事もなく、中へ入っていった。



「にーちゃんと遊ぶの?」

「おー、多分」

「……部屋の壁に耳つけとこー!」


 陽太の弟は楽しみ楽しみなんて言いながら、にたにた笑った。

 本当に、私が高校時代には「さっちゃんさっちゃん」なんて言っていた純粋無垢な男の子だったのに。


 陽太が中から出てきた後に「さっちゃん元気してる?」なんて言いながら陽太のお母さんも出てくる。

 私はぺことお辞儀をして「元気なつもりです」と答えた。

 そんな私の答えに、お母さんは同情的な眼差しを何故か、陽太に向けた後「ごゆっくり」と語尾にハートを付けながらそう言った。



 みしみしと音を立てる階段。

 陽太の背中を見ながら一段一段上がっていく。


 陽太は、自分の部屋の扉を雑に開け、ぱちぱちと電気を付ける。

 そこには、高校時代から変わらない、陽太の部屋があった。



「懐かしい!!!」

「おーそうかそうか」


 そう言って、陽太は机の上にさっき買ってきたケーキを置く。

 私はこのベッドでよく寝ながら、陽太がゲームしてたの見てたよね!!なんて興奮気味に語る。

 それでも陽太は「おー多分」なんて適当な返事を返すだけ。……なんだ、つれないな。



「祝うぞー誕生日」


 謎の倒置法を用いた陽太が、そう言って床に座る。

 私も、クッションを座布団代わりにして陽太の横に座る。



「25歳にもなれば、別に祝うも何も、ないけどね……」


 私がそうぽつりと告げれば、陽太はじっと私の顔を見た後に、袋からどん。と蝋燭の箱を出してきた。

 ちなみにこの蝋燭は誕生日を祝う為にケーキに立てるかわいい蝋燭ではなく、ばーちゃんの仏壇の下にあったストックを持ちだしてきた感満載のものであった。



「……なにこれ……」

「普通の誕生日用のローソクが10本しかなかったから」


 どうにも、この大きな蝋燭が、15本分を占めているらしい。

 どこから持ってきたのやら、燭台まで。これ、バチ当たらない?なんて言えば陽太は真顔で「ばーちゃんも喜ぶ。ハッピーバースデー&南無阿弥陀仏」とか意味不明な事を言いだした。頭大丈夫かな?本気で。



 私は、陽太から差し出された色とりどりの誕生日用蝋燭をぷすぷすとチーズケーキに指していく。

 本当に、年を取ったんだなぁなんてちょっとしみじみとしながら。



 陽太は、ベッドの近くに置いてあったライターを手に取る。

 その横にタバコの箱があって、私は初めて陽太がタバコを吸うという事を知った。



「電気消すぞー」


 陽太が、そう言った後に電気はぱちり消えた。

 それでも、外の街灯の光が入ってきているからか。完全に真っ暗な訳ではない。

 陽太は、私の隣に腰かける。


 そしてライターで大きな蝋燭に火を灯した。



「はい、これ15年分。15年分の話をして」

「……はい?」

「いや、俺の家の伝統行事。蝋燭付けるたびに、その年齢の話をするってやつ」


 意味不明な説明に、私は首を傾げる。

 そんな様子を見て陽太は「じゃあ代わりに俺が」なんていいつつ、ゆらゆらと揺れる蝋燭の火を見つめた。



「0歳から15歳までのダイジェストな」


 そんなよく分からない言葉を前置きに、陽太はまた口を開く。



「0歳から15歳まで、サチはずーーーっとこのクソ田舎で育ちましたー。近所に住んでた陽太が幼馴染でーす。まぁ、一言でまとめると……バカだけど、楽しく生きてましたー」


 そんな適当謎ダイジェスト。

 ちょっと、なんて私が言おうと思った時、陽太はチーズケーキの上の蝋燭に火を付けた。

 陽太式の計算でいくと、16歳の蝋燭だ。



「16歳……。高校はちょっと遠いとこ通ってたので、サチは俺と一緒に毎日死ぬほどチャリ漕いでたー。きみがチャリンコごと田んぼに突っ込んだ日の事は今でも忘れませーん」


 陽太はそう言って笑った。

 さっそく溶け始めている蝋燭。いいの?これこんなゆっくり話してたら、ケーキに蝋が付いちゃうんじゃないの。なんて言っても、陽太は「あとで取って食えばいい」なんて笑うだけ。

 あと、毎年俺の家はこれやってるから、溶けにくい蝋燭を使ってるんです。なんてどうでも良い自慢もしてきた。



 暗い部屋の中で、ゆらゆらと、蝋燭の火が揺れる。

 陽太は、また次の蝋燭に火を付ける。



「17歳……。確か俺とお前、一回本気で喧嘩したよな。家族まで巻き込んで。……バカでしたねーさっちゃん」


 ちょっとずつ、ディスリを入れながらそう言う陽太。

 もっと真面目にしてよ。なんて言いかけた時、私は、ようやく陽太がとても真剣な表情をしている事に気が付いた。


 蝋燭の赤い炎が、彼の瞳の中で、揺れている。


 しゅっというライターに火をつける音。

 陽太は、少し手を伸ばして、3本目の蝋燭に火を灯した。



「18歳。……サチはここを出てった」


 陽太は、ぽつりとそう呟いた。

 私は、言葉を失った。



 陽太は、誕生日会のルールを完全無視。

 自分の灯した3本の蝋燭をふうっと消した。おそらく、ちょっとずつ蝋が垂れてきているのに気が付いたから。

 そして、ここから先、もっと時間がかかる事を分かっていたから。


 陽太は、真面目な顔で、私にライターを手渡す。



「ここから先のサチを、俺は知らない」


 だから、お前が自分で付けろ。

 陽太はそう言って、私にライターを手渡した。


 私は目の前にある7本の蝋燭を見た。

 そして、懐かしい思い出を頭に巡らせながらライターで蝋燭に火を灯す。



「……19歳。東京に行って、大学入って……サークルで一杯友達できて、あの人に、出会った」


 ぽつ、ぽつと呟けば、いろんな思い出が私の脳みその中を駆け巡っていく。

 そうか。陽太の家族は、きっとこうやって毎年毎年思い出アルバムをめくるように誕生日の蝋燭に火を灯しているのだろう。



 そう言えば、さっきまですっかりあの人のことなんか忘れていたな。

 陽太の弟に「結婚未遂」なんて言われても笑って返せていたし。


 陽太といると、明るい気分になれる。辛い事を忘れられる。それはずっと昔からのこと。

 それでも、あの人の事を。婚約していた事を思い出すと、途端に私の心は明るさを拒み勝手に葬式状態に突入するのだ。



「20歳、……単位いっこ落とした。成人式で、陽太に会ったよね」


 私が陽太の方を見てそう言ったのに、陽太はなにも答えなかった。


 また、私は蝋燭に火を灯す。



「21歳……大学三年生か。……就活とか始まって、大変だったけど……あの人と、一緒にいれて、一杯励ましてもらって、楽しかった、なぁ……」


 ゆっくりと、いまの私の年齢に追いついてくる。

 陽太は、何も言わずにただじっと蝋燭の炎を見ていた。



「22歳、大学卒業の年か……ここに帰ってきて、陽太と一日遊んだの、覚えてる」


 陽太は、また何も答えなかった。


 私は、ゆらりとゆれる19歳・20歳・21歳・22歳の蝋燭を見ていた。

 私は随分長い間、東京暮らしをしてきたつもりだったけど。未だなおゆらゆらと揺れ続ける1~15歳までのクソでかい蝋燭。そして陽太が消した3本の蝋燭を見て。


 東京であの人と過ごした日々の短さを、痛感した。



「23歳。……会社、厳しかったけど、いいところだった。あっ……あの人が、ここに来たのも、この歳だ。そういえば……陽太にも紹介、したよね?」


 陽太は、やはり何も答えない。

 私と、目線も合わせない。ただ、黙って蝋燭の炎を見ている。


 最後の二本。

 昨日までの24歳。そして今日からの25歳。



「24歳」


 そう言っただけで、自分の声が震えている事に気が付いた。



 24歳には、沢山の事がありすぎた。

 大好きだったあの人に、夜景をバックにロマンチックなプロポーズをされて。

 二人で一緒に両親への挨拶も済ませて。

 一緒に結婚式はどんなものにしようかなんて話して。

 きみはもう働かなくていいよ。なんていう甘い言葉に騙されて私は仕事を辞めて。


 沢山、未来の話をした。

 ずっとこの人と一緒に居るのだと、バカみたいに信じていた。



「婚約、破棄された。……私は、実家に帰ってきた」


 涙がぼろぼろと零れる。

 泣くなら、俺の前で泣けと陽太が言ったんだから許して欲しい。


 手に持っていたライターがかちゃ、と音を立てて落ちる。




 東京に出てからずっと、あの人と一緒に私は居た。

 長い間一緒に居た。でも、失うのは一瞬だった。

 蝋燭の炎が一瞬で消えるように。

 私と彼の日々は終わりを告げた。



 どうしてなの。

 ねぇ、嘘だって言ってよ。

 ほんとはさぁ。私、あなたにそう言いたかったんだよ。



「サチ」


 陽太が、私の名前を呼ぶ。

 そして、ゆっくり視線をあげれば、陽太はライターで25本目の蝋燭に火を灯した。



「25歳。サチの隣には、俺がいる」



 誕生日、おめでとう。

 陽太はそう小さく呟いた。


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