03 私の幼馴染
婚約破棄をされても陽は昇るし、
婚約破棄をされても近所の鶏は通常運転。
朝、むくりと起きて思った事が「夢じゃないのかよ」なんて事。
実家の高校時代まで使っていた自分の部屋。母は掃除をしてくれていたようだが、ポスターは少し昔に流行った歌手のまま。
その歌手に骨抜きにされていたなぁ。なんて思いながら私はぼんやりと、少し日に焼けたポスターをみていた。
そんな時、とんとん、と部屋の扉が叩かれる音が。
はいと返事をすれば、義姉さんが私の部屋の扉を開けた。
「あ、おはよう」
「おはようさっちゃん。朝、どうする?」
「……いい、お腹減ってないし……」
義姉さんの顔を見れば、昨日の夜は泣いたのだろうか?
綺麗な二重がすっかり消え去っていた。
こういう顔を、私はあと何人分見なければいけないのだろう。そう思えばまた胸が痛む。
「だろうね……何か、簡単に食べれるもの作ろうか?」
「ううん、大丈夫……あっち居た時も朝ご飯はほぼ食べてなかったし……」
窓の外からはまた元気な鶏の鳴き声が聞こえる。
そして、その鶏の声に反応する近所のバカ犬の鳴き声。朝からたのしい動物鳴き声合戦が始まっている。ハトの参戦もそろそろだろうか。
「さっちゃん、じゃあ、気分転換にラジオ体操でも行って来たら?」
「え、ラジオ体操?」
「この子、ほら朝のラジオ体操があるから」
そう言えば、義姉さんの後ろに隠れていた私の甥が、首からかけたラジオ体操の出席表を私に見せながら「さっちゃん一緒にいこー!」とやけに元気な声を出した。
「……そう、だねぇ……ラジオ体操……いつぶりだろう」
「ほら! さっちゃん! 行こう!」
妖怪ウェッチのTシャツを着た甥が私を急かす。
いつもより少しハイテンション気味な甥。きっと私に気を使ってくれているのだろう。
すっぴんだし、ジャージだし。これで良いのだろうか?なんて思ったが、まぁ誰も気にしていないだろう。むしろばっちりメイクで行けば浮くに決まっている。
じゃりじゃりと、イマイチ舗装されきっていない道を甥は楽し気に歩いていく。
私は途中で死んでいるカエルの姿を見ながら、甥が楽し気に話す妖怪ウェッチの話を聞いて居た。
猫の妖怪か。本当に田舎の猫は妖怪みたいだけどな。なんて朝から犬とわんにゃん大戦争を起こしている猫の姿を見ながら考えていた。
青い空。ビルは一つもない。
肌の色を変える気マンマンな日差しに、大きな白い雲。
田んぼの横を通れば、土と水の混じった田んぼの匂いがする。
甥はしゃがんで、田んぼの横を走る小さな用水路を覗きこむ。
「さっちゃん、魚いるー?」
「おらんおらん」
そんな適当な言葉を口にする。
目の前に広がる果てしない田園風景。
少し先には、警戒心というものをどこかに置いてきたらしいサギが、田んぼの中をそろそろと歩いている。
ばっちりと私と目が合ったが、気にしていないのか。それとも見えていないのか。よく分からないがスルーされた。
未だに魚探しをする甥を引っ張り、またラジオ体操の会場に向かって歩き始める。
「そう言えば、田植えちゃんと手伝った?」
「家のは、機械がやってくれたから端っこちょっとだけー。でも、学校の田んぼで一杯植えた!!」
……ああ、学校の田んぼか。と私は少し目を細める。
学校の田んぼと言いつつも、かなりの広さがある。植えるのが小学生なだけであって、大体の面倒は近くの農家の人が見てくれているのだが。
「こけなかった?」
「尻もちついたー」
「うわ、あたしと一緒……」
「でも泥パックした!!!」
「……それも一緒……」
私は、あの田んぼの泥のひんやりとした感覚を思い出した。
田植えの最初は皆、汚れまい汚れまいと頑張るのだが、一度尻もちをすればほぼやけくそになる。
私は毎年、自分の幼馴染と泥だらけになっていた。先生に怒られながらホースで水を掛けてもらっていた事が懐かしい。
少し遠くで農作業をしていたおじちゃん。
私の甥が「おはよーございまーす!!」と大声で挨拶をすると、大きく手を振り返してくれた。私も甥と同じく「おはようございまーす!!」と声を出せばまたぶんぶんと手を振り返してくれた。
ラジオ体操の集合場所は、今も昔も変わらず近所の空き地だった。
小さな子どもたちが、わいわいきゃいきゃいと騒いでいる。……まぁ田舎だからそこまで数は居ないんだけど。
「おい、お前サチかー?」
近所の友達の輪に入っていく甥を見ていた時、そんな声が。
ぱっと振り向けば、そこには私の幼馴染である「陽太」の姿があった。
「陽太!!!!」
「おーおー。お前、何でこんなラジオ体操のとこに……」
ぱっと自分の甥を指させば、陽太はなるほどと小さく呟いた。
陽太に前に会ったのは、クソボケ元婚約者が私の両親に会いに来た時の事だ。
相変わらずの適当な服装に(まぁ私もジャージなので人の事は言えないが)すっとした顔付き。都会では中々いない、こんがりと焼けまくった肌の持ち主。
都会のイケメンではない、田舎のイケメン。……この表現で伝わるのだろうか。
「陽太なにしてるの!?」
「ラジオ体操の見張りー。町内会で頼まれて」
片手に持っていたラジカセを、陽太は壊れかけのベンチの上に置いた。
「サチ、お前もどーせなら前でやれ」
そう言って、陽太は子どもたちの前に立つ。
陽太の横に立つ私は、目の前の子どもたちを見ていた。
そして、それぞれが首からかけているラジオ体操の名前の欄を見る。ひらがなと漢字混合で書かれたそれ。
え、○○さんちの、○○ちゃん!?
そう驚くのも無理はない。だって、高校の頃、産まれたばかりの時に「可愛い~~~」なんて抱いて居た子ばかりがここにはいたのだから。
調子に乗って、私の事覚えてる?なんて聞いてみても、皆首を傾けるだけ。……ちょっと悲しい。
はじめまーす。なんていうだるそうな陽太の声と共に始まるラジオ体操。
無駄にイケボなラジオ体操のお兄さんの声。
てんてけててん♪なんていう、軽快なリズムに乗せてジャンプ。
本当になにやってるんだろう自分?なんて若干の賢者モードに突入しかけたがぐっと抑える。
「はい、終わりー」
陽太がそう言ってラジカセの電源をブチ切りする。
小学生たちは我先に、と「よーちゃんハンコ!!」なんて言いながら陽太にラジオ体操出席カードを見せた。
それにハイハイなんて言いながら適当にハンコを押していく陽太。
そしてハンコを貰えば即座に解散していく小学生たち。素晴らしい。
「サチ、相手も一緒に帰ってきてんのかー?」
陽太が、ハンコをポケットにしまいながらそう言う。
私の服をぐっと掴んだ甥が、陽太の事を見上げている。
「まぁ、まぁ……色々あって……えーっと、そのー……」
「いつ東京帰る?」
「えーっと、今の所、そのような予定は……」
目線を斜め下にやりながらそう言うと、陽太は「は」と小さく私を笑った。
「何か色々察した。田舎連絡網で、もうすぐお前の悲しい噂が回ってくるな」
「う、うるせぇ……」
家族とは全く違った反応を見せた陽太。
まぁ、陽太にとっちゃ他人事だから当たり前なんだろうけど。
「よーちゃん。さっちゃん今弱ってるからいじめたらダメってかーちゃんが言ってた!」
「おー、ごめんごめん」
そう言って陽太はにやにや笑う。私の甥っ子の頭をぽんぽこ撫でながら。
甥っこが朝から何となく私に気を使ってくれていたのは、義姉さんの言葉のせいか。なんて思いながら私は小さくため息をついた。
「サチ、お前今日ヒマかー」
「……おう」
「夜、空けといて。お前ん家いくから」
じゃ。と言って陽太は私と甥に手を振る。
よーちゃんばいばーい!なんて元気に手を振る甥の横で、そういえばここで陽太と遊んでいたな。なんて事を思い出しながら私も手を振った。