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第1章【現想幻視編】1話

第1章開幕。この章では主に人里の描写をしていく予定となっています。

見上げた雲は白く、空は何処までも青く澄み渡っている。


遥か遠くには雲が山頂を被うほどの大山が鎮座し、流れる河が霧の晴れない湖に流れこんでいるのが判る。




「ふぁぁ……」




欠伸を一つ。陽光は柔らかく、厳しい冬を乗り越えた大地は芽吹き、生き物達が活動を始める。


里にある唯一の学舎である寺子屋の屋根の上からは、そんな景色が見えた。


下では人々がそれぞれの生活を重ね合わせて、そのざわめきは遠く、そこにはお前一人しか居ないぞと囁いている。


緩やかに流れる時間は、僕の悩みを薄めて押し流してくれる。だから、僕は屋根の上から見える景色が。それらを眺める時間が好きだ。


けれど、どうもそれを良く思わない人も居て。




「裕也っ」




深く落ちていた思考の海から抜け出し声のする方へ顔を向けると、慧音先生が立っていた。


薄碧の瞳に僕を映し、眉を寄せて腰に手を当てているその姿は「私は怒っているんだぞ」と言っているようで。




「お前は……屋根に登るなと、何度言えばわかるんだ!」




実際に怒っていた。


まぁ実際ここから落ちて怪我をした事もあるので、先生が怒るのも無理はない。勿論言うことを聞くかどうかは別として。




「まったく、毎度毎度授業を抜け出して……大体、誰もお前が出ていった事に気付かないのは一体どういう訳だ!」




「別に、見つからないように抜け出しただけですよ?」




「抜け出すなと言っているのだ馬鹿者!」




言い終わるより早くこちらへと伸びる先生の手。一瞬過ぎて回避する事も出来ず、頭を片手で掴まれる。




「ごめんなさーー」




激痛で言葉が途切れた。手加減しろと言いたくなるほどの万力が、僕の頭を締め上げる。明らかに女の人が出してはいけない威力だ。


あいあんくろー、とかいう技? らしく、幾多の生徒が犠牲になり、生徒達の間で恐怖を以て語られる。僕が一番被害に遭っている事も同じく語られている。




「先生、痛いです」




「反省しろ、反省を! もう二度と授業を抜け出したりしないか? 屋根に上ったりしないか?」




「……さあ?」




締め上げる力が増した。あた、まが、われ、る。




「……ふぅ」




と、唐突に締め付けがなくなり後ろに倒れ込む僕。その横に先生が座り込むのが見えた。




「……やっぱり、私の授業は面白くないか?」




「はい」




「せめて考える素振りくらいしてくれ……」




いつも教師であろうとしている先生にしては珍しい、というか初めての素での発言。そこまで追い詰めてたのかと少しだけ反省する。


抜け出すのを止める気も、面白くない発言を撤回する気もないけど。




「だって、書いてある事をそのまま読んでるだけじゃないですか。そのうち皆成仏しちゃいますよ」




「ろくに聞いてないのによくもそこまで……というか、お経は言い過ぎじゃないか?」




苦笑し、だが正論だと笑う先生。




「私は正直、人に物を教えるのが得意という訳ではなくてな」




「……それ、先生が言って良い発言なんですか?」




「事実だからな。それでも教師をしようと決めたのは、歴史というものを教えるべきだと考えたからだ」




なぜだと思う? そう言って此方を見遣る先生の眼は、不思議な色をしていた。

その瞳に押されるように、思った事を素直に口にする。




「過去がないと、今が無いから……ですか?」




「それも一つの答えだ。単純に楽しいから、でも正解だぞ」




「いえ、楽しくないです」




かくん、と肩を落として一息。




「歴史は、都合の良いように歪められたものだからだ」



先生はぽつりと溢す。


為政者は自分達が正しいと主張する為に、追い落とした過去の政敵を悪し様に描く。だからこそ、歴史を覗き見る時にはそれだけではなくその時勢や登場人物の心情などを推し測らなくてはいけない。


そう語る先生は、まるで授業をするように真剣な面持ちで先を見詰める。




「その上で、導き出した答えが正しいとは限らないと頭に入れておかなければいけないのだ」




正直、難しくてわからなかった。それでも意識を逸らさずにいたのは、それが自分にとって必要な事だと無意識に考えたからだろうか。




「そしてそれは、歴史だけではない。この世界全てがそうだ。なぜなら、この世界には自分以外にも様々な生き物がいるからだ」




そう言って、先生は此方を見る。




「なぁ裕也、お前が何を悩んでいるのか知らない。けれど考える事を止めるな。そして、答えに固執するな。きっと後悔するぞ」



瞳に映るのは僕の顔と心配の色。


僕がそれに気付いたことに気付いたらしく、先生は大袈裟なまでに笑みを形作り此方に寄ってきた。




「なんなら、先生に相談してみるか? なぁに恥ずかしがる事はない、思いの丈をぶつけてこい」




「近いです、近いです」




気に障るニヤニヤ笑みを押し退けて、元の距離へと戻る。


忠告も、冗談めかした言動も純粋に僕の事を思ってくれているからこそだとわかる。だからこそ。




「気が向いたら言います」




そう言ってはぐらかす。


先生もなんとなくこうなるとわかってたようで、とくに反応もなく。立ち上がった。




「ほら、戻るぞ」




「……はい」




手を引かれ、抱き抱えられる。


直後に微かな浮遊感。同時に脳裏を掠めるトラウマに、思わず先生にしがみつく。自分とは全然違う柔らかさに身体が固まり、その眼前で先生の長い白髪が風に靡いては柑橘の香りが弾けた。




「怖いのにわざわざ屋根の上に登るなんて、変な奴だなお前

は」




それには答えず、景色を見やる。


ゆっくりと上へ流れる景色。落ちるというのは一瞬で、思っているよりもずっと速い。だからゆっくり落ちるというのは、落ちているのではなくて飛んでいるという事だ。


そう、先生は飛べるのだ。そして僕は飛べなかった。


最初に飛んでいる人を見たとき、人が空を飛べる訳がないと思った。でも誰もがそれを受け入れていて。


ならばきっと間違えているのは僕の方で、そうあって欲しくて屋根から飛び降りた。


当たり前のように飛べなかった。




「……」




商い通りには人が溢れていて、その中には人とほとんど同じ姿形をした妖怪の姿がちらほらと映る。


妖怪なんて居る筈がないと心が叫び、皆は居て当然と言う。


なら、それを認められない僕が間違っているの?


人を殺し喰らう、妖怪という存在と隣合って生きるのが当たり前なの?


当たり前に飛べなくて、当たり前に受け入れられなくて。


当たり前がわからなくて。何もない空を見つめる事しかできなくて。


純粋に僕の事を思ってくれているのがわかる。だからこそ言える訳がなかった。






この世界が気持ち悪いだなんて。この世界に生きる全てを受け入れられないなんて。


言える訳が、なかった。

主人公がこんなんでいいんか……? と思いつつも投稿完了。


慧音先生にあいあんくろーされたい。




感想や批判、指摘等々大歓迎ですので、もし何かあれば遠慮せずにお願いします。


ただしネタバレに繋がりそうな質問だったり、それに準ずるものに対しては感想を返せない可能性もありますのでご了承下さい。


2/11 文章追加 それでも3000字に届かない。やっぱり日常の描写って難しいなぁ。

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