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彷徨う刃  作者: 望月 薫
~出会い、そして始まり~
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第六話

その日の業務が終わり、直之が住屋に戻ると、中で義邦と弥助が酒盛りをしていた。

「おっ、今帰ったか。もう始めているぞ。」

 陽気な義邦とは裏腹に、申し訳なさそうな弥助は頭を下げる。

「お邪魔しています。」


ここに来てから本当に驚かされっぱなしだ。

「・・・酒盛りをするのは構いませんがなぜここなのです?義邦殿、弥助殿。」

「堅苦しい呼び方はよせ。義邦でいい。」

「では義邦。なぜここにおるのじゃ。」

「いやな、今日は満月だからお主と飲もうと思ってな。待っている間に弥助に付き合ってもらっていた。」


そう言っているが既に飲んでいる所を見ると、月は口実のようだ。

弥助は真っ赤な顔をして、目の焦点が定まっていない。義邦はまだ飲み足らない顔をしている。

「肝心の月が出てない内に飲んでいては意味がないではないか。」


直之の言葉を聞き終わる前に、弥助が突然倒れてしまう。体を揺するが反応がない。しばらく起きそうになかった。

「こやつがこんなに弱いとは知らなんだからついつい飲ませてしまって。」

弥助が弱いのではない。義邦が異常に強いのだろう。床に大量に転がっている空の瓶が、それを物語っていた。


直之は傍にあった盃を手に取り、義邦の隣に腰を下ろす。

「飲むのは構わんが私もかなり強いぞ。」

「なら飲み比べといくか。」

義邦が杯を差し出した。





こんなに飲んだのはいつ振りだろう。いや、それ以前に誰かと飲むのが久方ぶりに思われた。

「俺もお前と同じように殿が直々に選んだんだ。本当に殿には感謝してもしきれない。」

さすがに酔いが回ってきたのだろう。二人の顔がほんのり赤くなっていた。

「殿と姫は本当に慕われておるのだな。」


ふと、今朝の事を思い出す。

直之はかすかに翳りのある顔をした。けれど義邦は気付かず続ける。

「そりゃあそうさ。殿はいかに人々が幸福に暮らせるかを常に考えておられる。その熱意はここで暮らしておる者全員が感じておる。」

義邦はまるで自分の事のように誇らしげに話す。

「前に殿が言っていたのじゃ。国全土の者を幸せにするだけの力は私にはない。ならばこの地だけでも太平にしたい、とな。それを聞いた時、何があっても俺は殿について行くと決めたのよ。」


ここまで自慢げに話していた義邦だったが、急に気の沈んだ声に変わる。

「・・・ただ蓮姫には別だが・・・。」

 驚いて直之は義邦を見る。

「殿と姫は仲が良くないのか。」

それなら蓮の朝の不可解な様子もうなずける。が、義邦は首を横に振った。

「仲が悪いという以前の問題じゃ。お二人はろくにお話をなさらない。姫様も殿を避けておいでなのじゃ。」

「なにか理由があるのか。」

「分からん。俺がこの城に来た時すでにそうであった。」


義邦は盃に残っている酒を一気に飲み干す。直之は盃に映った満月を見つめる。

揺らすたびに満月は歪み、だがすぐに元の黄色い球に戻る。


 “お前は私と同じかもしれんな”


湖での蓮の言葉が思い出された。あの意味深な発言は、忠正との事で何か関係があるのだろうか。


そして酒盛りは丑の刻まで続いた。





後になって直之は蓮の言葉の真意を知ることになる。






朝起きた時、直之と義邦はひどい宿酔になっていた。酒は強い方だと思っていたが、やはり飲みすぎは禁物だと改めて自覚する。

頭を割れるような痛みが襲うが、日頃の業務を休むわけにもいかない。


気付かれないように平然を装いながら蓮の部屋に向かうと、蓮はすでに身なりを整え食事をとっていた。

「姫様、おはようございます。」

だが返答はない。代わりに蓮は直之の顔を一瞥すると、

「飲むことを咎めはしないが、限度があるだろう。」

そう言って器用に汁物の実を箸でつまむ。


その言葉で直之の体が固まってしまう。やはり自分はひどい顔をしているのかと、手で顔をしつこく触る。

「私を誰だと思っている。顔に出なくともそれくらい分かるわ。その様子だと、ひどく頭も痛むだろうな。」


まるで自分の事のように全てを悟っている蓮に、直之は言葉も出ない。

相変わらずの仏頂面で白湯をすする。

どうやら蓮には隠し事はできないようだ。その事を肝に命じる。

「申し訳ございません。業務は怠らないようにしますゆえ。」

「当たり前だ。」


食事は終わったのか、箸を膳に置くと、

「志津、薬師に言って薬を直之にやれ。うんと苦いやつをな。」

命を受けた志津は頭を下げると、すぐに下がっていた。

「姫様、ありがとうございます。」

「そのようなことだと私が困るだけだ。」

それでも良かった。この痛みから解放されるなら、どんな苦い薬でも構わない。


だが直之は少し戸惑ってしまった。雑なやり方とはいえ、このように気を使ってもらったことはなかった。きっと蓮は無意識にやっているのだろうが、そんな気遣いが人々に共感を得るのかとしみじみ感じた。


そこへ、一人の侍女がこちらへやって来るのが見えた。部屋の前まで来ると姿勢を正し告げた。

「姫様、品が京より届きました。」

「そうか。」

蓮が立ち上がる。そして直之について来るよう言うと、さっさと歩きだす。

それに倣い直之も立ち上がり蓮の後をついてゆく。


着いた部屋には、沢山の木箱が積まれていた。

中には漆で細工してある品もあり、明らかに高価な品に思われた。入れものだけでも細かい仕事がしてあるのだから、中身も相当な品に違いない。その煌びやかさと量の多さに目を見張る。

「姫様、これはなんでございますか?」

「お前の着物だ。」

当然のようにさらりと蓮は答えた。

「私の?い、いえ、このような高価な品、滅相もない。」


直之は必死に断ろうとするが、そのような事で諦める蓮ではない。

「お前何を言っている?このままずっとそのような身なりでいるつもりか?」

直之は初めての日と同様、着流しの服を着ていた。確かに城内にいる人間として相応しくない。

「お前はこの私に仕えるんだ。これ位は身につけて当然だろう。今日はこの中から一着選んで着ろ。残りはお前の住屋に運んでおく。それと」

蓮は直之を指さして言った。

「その鬱陶しい髪も切れ。特にその前髪を何とかしろ。分かったな?」 


それまで狼狽えていた直之だったが、途端に顔を青くし強張らせる。

息を飲んだのを背中で感じ取った蓮は、怪訝そうに振り向いた。

「直之?」

「それだけは出来かねます。」


低く、響きのある声が、直之の真剣さを表していた。

「……何?」

「姫様の命でも、前髪を断つことはできません。」


明らかに不機嫌になる蓮だったが、直之の様子を見てはっとする。

直之の手が震えていた。それは怒りから来るものではなく、何のか恐怖ゆえのものだと悟る。


震えを抑えるかのように強く握られる拳。それでもはっきり見えるほどに震えていた。

目にかかる前髪のせいで、表情はよく分からない。だがどうしようもなく怯えているのが伝わってきた。

蓮は小さく息を吐く。

「分かった。前髪はそのままでよい。だが他の所は見苦しくない程度に切っておくのじゃ。」

うつむいていた直之は驚くように顔を上げる。蓮が折れることは全くの予想外だったのだ。

「…本当に良いのですか?」

「お前、二度も言わす気か?」


突っぱねたのにも関わらず、直之は安心したように顔を緩ませる。

「ありがとうございます。」

「分かったらさっさと着替えんか。私は忙しいんだ。」

照れるように顔を背ける蓮が、直之には僅かに可愛く見えた。




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