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彷徨う刃  作者: 望月 薫
~出会い、そして始まり~
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第二話

その日はよく晴れた日だった。備前の城下町はとても活気づいていた。照りつける太陽をもろともせず、賑やかな声が響いてうるさいほどだ。


そこでは食料はもちろん、着物や書物、南蛮渡来の装飾品なども売られている

。町の子供達が走り回っている。町人たちの何気ない世間話が聞こえ,遠方から訪れたらしい商人が、大きな声で反物を売っている。とても活気があふれ、祭りでもありそうなぐらいの賑わいぶりだ。


ここではよく見られる光景だ。しかしこの日は少し違った。

いつもの賑わいの中に、僅かながら緊迫した空気が流れている。いつものように品物を売っている町人達の眼が僅かに泳ぎ、何かの様子を窺っているようだった。


それもそのはず、今日はいつもあまり見かけることのない武士達の姿がある。それらはまるで連なるように、城へと向かっていく。人々はそのことには触れずに、目の前を通り過ぎていく彼らに僅かな視線を送る。

だがそれだけだった。当の本人達も、人々の様子を気にする風もなく、吸い寄せられるように城の方へ向かっていった。いつもなら警戒する所だが、人々はいつもの日常を壊さぬよう努めた。不信感を持たれて帰られては困る。



なぜなら、彼らは備前の人々にとって大切な人を守る盾になるのだから。






備前は、小さいながらにこの国有数の商業の町だ。


この備前はかつて剣豪と恐れられ、戦でも活躍した沖田忠正によって治められている。


 

今日は忠正の姫、蓮の側近と言う名の護衛を決める日なのだ。






流れるようにして城へ向かう者達を静かに見つめる男がいた。腰に二本の刀を差している。そして男は自然にその群れに入り歩を進めた。長めの前髪が風に揺られ、小さな傷が見えた。





「このような乱戦の世とはいえ、これほどの数があふれていようとは・・・。」

「それだけではないかと思われます。なにせあの沖田忠正様の姫君の側近なのですから。」

城に集まった人々を庭の陰で見つめながら、加藤義邦は小さくため息をつくのを、弥助は黙って見ていた。


「まったく姫様にも困ったものだ。こちらで相応しい者を選ぶと申したのに…。」

「まったく姫様らしいではないですか。御自分で決めないと納得しないとは。なんとも頼りがいのあるお方です。」


義邦は横目で弥助を睨みつける。

「一国の姫に頼りがいがあっても仕方がないであろう。お前はあまり責任がないからそのような事が言えるのだ。」


弥助は義邦の視線を受け流し、集まった武士達の方に向き直る。そんな弥助の様子を見て義邦の口から再び溜息が漏れる。

そして何気なく視線を元に戻した瞬間、義邦の眼が驚愕に彩られる。その眼は一人の男に向けられている。男の腰にある二本の刀に見覚えがあった。


なぜあの男が。このような場にいる筈がない。あの男は……。

だがすぐに僅かな笑みを浮かべる。そして呟くような声で言った。


「…真に姫様はすごいお方だ。」不思議そうに弥助が視線を向ける。

「あの虎さえも呼び寄せてしまうとは……。」


言葉の意味が分からず、弥助が尋ねようと口を開いた時、

「義邦様!」義邦の家来が息を切らして駆け込んできた。

「お探ししました。一大事です。姫様が…。」

 姫、という言葉が家来の口から出た途端、嫌な予感が義邦の体を駆け巡った。

「姫がいかがした?」

 家来が耳打ちしたのを聞いて、義邦の顔が大きく歪む。予感が当たってしまった。

「……本当にあのお方は…。」







思ったより集まったな。さすが備前の国と言うべきか。黒田直之はまるで他人事のように思った。


普段は決してくぐることは許されないであろう門を抜け、まさに試合をするために造られたかのような場に通される。


直之が着いたのが最後だったようだ。直之が現れたのを皮切りに、城の者だと思われる役人が高らかに声を上げた。


「皆の者よく集まってくれた。これより沖田忠正公の一の姫、蓮様の側近を決定するための試合を執り行う。」


同時に雄叫びとも怒号とも取れる声が響く。それに倣いその場の空気も揺れる。

そんな周りの様子とは対称的に、やはり直之は他人事のように冷ややかな眼で前だけを見つめていた。



廊下を歩く音が聞こえる方に志津は顔を向けた。そしてしばらくもしない内に、蓮の傍にいるよう言いつけた筈の何人かの女中達がこちらに向かってくるのが見えた。その慌ただしい様子から何かあったことを悟り、足を止める。


「どうしたのです。蓮様になにかあったのですか。」

「し、志津殿!申し訳ございません!姫様が部屋から抜け出してしまいまして…。」

「なんじゃと!?あれほど目を離すなというたではないか!」

「申し訳ございません!時間までに本を読みたいから下がるよう仰られたので、その隙に…。」

「あと部屋にお召し物が残っておりましたのでおそらく…。」


女中達は言いにくそうに言葉を濁す中、志津は大きな溜息をつき頭を抱えた。

「してやられた…。」


志津はついさっき、蓮に白湯を頼まれて席を外したのだ。蓮は志津が見張っていたら抜け出せないと考えたのだろう。だからこそ志津に用を出したのだ。

「武道場におられると思います。私共が行ってまいります。」


踵を返し武道場に向かおうとする女中達を志津は引き止める。

「待つのじゃ。姫様が抜け出されてしまった以上、もう誰にもあの方を止めることはできないじゃろう。私が行くからお主らは元の持ち場に着け。」


志津の口からまた大きな溜息が出る。蓮の乳母となって十五年。何度溜息をついてきたか分からない。

「全く、あのお方は…。」




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