天使の涙
目が覚めたのは傷んだ木材の木の芽。
手入れされない植木。
テーブルの上には光に透けるティーポット。
注がれた橙色の液体。湯気と花の香り。
それと、彼女。
ゼロの腰にはいつもの槍ともうひとつ―。
「…リニア」
ふ、とそれに触ると黒髪に銀のチェーンが光る。
「しょーがないから、力を貸したげる…よ。」
その白い頬がほんのり赤く染まる。
「うん。これからよろしく、リニア。」
リニアはフン、と鼻をならすと剣に戻った。
もう、それはただ重い剣では無かった。
光を反射しているから彼は光り、輝ける。
ならば俺は、月を照らす太陽になりたい。
彼の力を最大限まで引き上げたい―。楽しませたい。この世界を。この運命、俺の手に渡ったことを―。
「…リニアってさあ、希に見る90%ツン10%デレのツンデレだよね―」
彼女の口もとが綻び、緩まる。
俺はしばらくその彼女を見ていた。綺麗だった。
我が光り輝く彼女は俺を照らしている―。
「ん~?なあに?見すぎだって、ヴィヴァ」
俺を向き笑う。
その笑顔のために俺は戦いたい。
何かのために何かを犠牲にしろと言うのならば
彼女のために俺を犠牲にしたい。
彼女の涙は見たくない―。
「ゼロは笑ってる顔が一番可愛いよねぇ」
「はぁっ…!?いきなりなに―」
「皆強くて男勝りとかゆってるけど…ゼロはちゃんと女の子だよね、泣くし…弱いもんね。可愛いよ?」
「いきなり何よお…煽てても何も出ないんだけど?」
「…出なくていいし、俺が出すから」
「今日変なんだけど―?」
君の笑顔が好きだ。
君が好きだからじゃない。ただ、好きなんだ―。
「まあ、そーゆーことで前線に復帰しよーぜ。
二、三日狩ってないし、訛りたくないしね。」
「どーゆーことよお!!」
少し怒った顔をしておれに頭突きを喰らわせる。
ゼロの石頭はとにかく、硬い。
漫画によく出てくるごっちぃ〜ん。とかゆー擬音語が何処からともなく流れてきそうで流れない―。
「マリカの泉の現在前線プレイヤーは?」
「んーっとね。セルバスのパーティとウンディーネの正騎士団の奴等よ」
「正騎士団…うざい奴らだな〜」
正騎士団。
その名の通り、騎士の軍団。自称正義。
この世界の中の軍団の最大規模を誇る。
が、今となっては上の上以外はただの数集めの様な物になっており、少数団の月陽炎に討伐数は抜かれ気味になっている。
俺達は団に所属しておらず、セルバスのパーティの様に大勢で組み、前線に行くわけでもない。
俺達は生粋のソロプレイヤーであり、この世界生涯のコンビを組んでいる。
死ぬまでお前とだけコンビを組む、という契約。
形だけでいつでも破棄は出来るものの、それは信頼の証であるからして―。
俺はこのゲームに入りたての頃。
花組 という団に所属していた。組 というのも、この団は五つのグループに別れており、花組はその中でも二番手を張る優秀プレイヤーの巣だった。
花組、星組、風組、光組、闇組。
この五つは団募集掲示板には乗らない闇結社だった。俺はそれを知った上で入団し、鍛錬した。上に行くためだった。
だけど入団して2ヶ月。
俺は悠々と団長より遥か上へと上り詰めた。
もう、そこに俺に叶うプレイヤーは居なかった。
必然的に俺はその団を抜けた。
と、団の説明はもうここで終わるとして―。
「ん?ヴィヴァ?どーしたの?」
「…いや、なにも。」
マキ・アラロウネ と キース・チターニア
彼等もまた、俺と同じ理由で団をぬけたプレイヤーだ。彼等は今どうしているのだろうか―。
「置いてくよ―!!」
「えっ、待てよ―」
些か強くなっているだろうか。
また、どこかであうことはできるだろうか―。
「…キレーだね、ジュリア」
「…キースね…お久しぶり」
マリカの泉のほとり。
二人の男女の影。
水浴びをする女性と、それを眺める男性。
「ねえ、ジュリア…殺してもいい?」
「どうぞ?」
彼の刃が彼女の喉元を突き刺す。
赤い花びらが水面に散らばった。
「…ジュリア」
「…なに?」
「俺を殺して」
「…………………だめよ。」
赤い花びらが、透明な水に飲み込まれていく。
突き刺さる剣を抜き、彼は彼女に口付けた。
「つぎ会うときまで 死なないでよねジュリア姫
お前を殺すのはこの俺しか居ないんだからさ」
「楽しみにしているわ、キース・チターニア」
緑黄色の葉が彼等を隠す。
それはまるで夢のように諸刃の剣も水のように
サラサラと、溶けてゆく。
「ちょーろーいーんーだーけーどー♪」
「マキ、うるさい。」
「アリスこそ、そんな返り血浴びててあたしに説教たれないでよねえっ!こんなとこ、さっさと攻略して終わらせましょーよ!あたしケーキ食べたい!」
「…ボス、倒してから言ってよね、
これ、返り血じゃなくてあたしの血だし…」
「…え?」
「雑魚ばっかりやってて、見てないの?
あのボス…一筋縄じゃ行かないんだけど?
ケーキは…おご…るから、て…つだって…」
「ちょっとちょっと!アリス…?」
どさ、と倒れたそれのHPバーは赤く染まっている。
琥珀色の髪の少女はそれを見つめている。
「…マリカの泉のボスがこんなだって聞いてないんだけど…絶体絶命なんですけど…」
グチグチと零しながら彼女はコートを脱ぐ―。
「…1分で終わらせるからあ、待っててよアリス!!」
「な…何よ、コレ…さっきボス攻略終了!?」
「みたいだねえ、」
ゼロの顔が歪む。彼女は一番じゃないと気が済まないタイプだからだ。
「いったいどこのどいつよおおおお!!」
愛槍を振り回し、吠える彼女。
相変わらず彼女の手元の槍は長く清く美しい。
天使の涙―。
この世界に二つとない強剣。いや、強槍。
「次んとこ一番乗りすればいーじゃん?」
ギラリ、と俺を睨むゼロ。
「さっさといきましょ!ワープは出来ないし!」
俺の手首を掴み、走り出す彼女。
長い髪が揺れ、ちくちくと痒い。
俺は幸せ者だなーって思う瞬間でもある。