8.アタクシ生まれ変わろうと思いまして
「ここかな…」
「あはは、なにやってるの、こいつ、ばかなやつー!」
恭子はインターネットの動画サイトを見て、大笑いしていた。と、そこへ、
「失礼しまーす」
「はっ…」
恭子はびっくりして口をつぐんだ。さっきの笑い声が聞かれてしまったか、心配になった。
恭子はパソコン室の入り口へ歩いていくと、
「宮村さん…」
恭子の驚きに、あちらもびっくりしたようで、
「お、お久しぶり」
水谷はちぢこまってお辞儀した。恭子は半年ぶりに会うまち子の姿を、興味深そうに眺めた。
「髪の毛、黒に戻したんだね、スカートは前のままだけど」
「そう、おれの趣味じゃないから、あ…しまっ…」
「えっ?」
「あ、アタクシ生まれ変わろうと思いまして」
水谷は、そういって恭子にニコッと笑いかけてきた。なんだか言葉遣いがおかしいが、久しぶりに学校へ来るので緊張しているのだろう。
「練習するわよ、そのつもりで来てくれたんでしょ」
「うん…」
水谷はゆっくりとうなずいた。
「は、はやいよ!」
恭子のタイピングの手が止まった。水谷のタイピングの速度が驚異的に早かったからである。恭子は、過去に大会の課題になったことがある文章をさして、
「本当にもう1500文字うち終わったの?」
「ああ、こんなのは、退職追い込み部屋で36月と23日、えんえん無意味な文章の入力をさせられ続けた俺にとっては、準備運動にすらならない」
「は…? タイショク? オイコミベヤ?」
恭子はぽかんとしてまち子を見つめた。すると水谷は顔を赤くして、
「あ、その、うん、あれよ、そういうゲームがあるの。会社員が、会社で出世するゲームがある、のよ。退職部屋で大幅にパワーアップできる」
そんなゲームはない。そして退職部屋は、一般的には、退職させたい従業員に無理な課題や単調な課題を強いて、自主退職に追い込むための部屋である。パワーアップのための設備ではない。
「まち子って、そんなの好きなんだ」
恭子はそのゲームよりも、今のタイピングを見て、驚いていた。そして入力結果も正確であった。さっきの速度なら、全国大会優勝だって夢じゃなかった。参加にはあと一人部員が必要だけど。
「もっと手応えのある、あの時みたいな入力しにくい意地悪な文章はないか、しら」
水谷の要望に、恭子は、
「待っててよ、すぐ先生にいって持ってくるからね」
恭子は久しぶりに体にやる気がみなぎっていた。あのまち子と一緒なら、もしかして、もう一度、全国大会とは行かない間でも、大会には出場できるかもしれない。
夕方になって部活が終わった後、
「ねえ、一緒に帰ろうよ、話したいこともあるしさ、これからのこととか」
と恭子が誘ったが、
「ごめんなさい、今日は、用事があるのだ」
水谷は断ったが、恭子はそれ以上無理に誘わなかった。これから、毎日会えるんだから。
「じゃあ、また後で携帯にメール送るから、番号は入部の時に教えてもらったのから変わってないよね」
「ああ、かわってない、多分」
「なんか、まち子、おもしろい」
恭子は水谷のカタコトの返事に笑ってしまう。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、ありがと」
水谷は恭子の背中をずっと見送っていた。遠くでまた、バイバイと恭子が手を振ってきたので、まち子も胸元で小さく振り返していた。