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4.おっさんの体はいずこ?

「はずかしくない服装でいけよ」


 電話でまち子の指示をうけながら、水谷は洋服をえらんでいく。少年たちの溜まり場らしいこの部屋には、まち子のための女物の服も、多少はタンスに入っていた。水谷は、ひらひらの布切れを取り出して、


「なんだこれ、どうやって着るんだ」


 と、腰に巻いてみた。


「ばか! いやだ、もう」


 どうやら、上半身に着用するものらしいが、無理に着ようとすると、破れそうになる。すると、携帯から、けたたましい声で、


「ちょーっと、それ、お気に入りなんだから!」

「めんどくさいな。制服はないのかよ」

「家に行かないと」


 仕方なく、水谷は、電話のまち子に細かく指示を受けて、なんとか服を着こなしたのであった。


「どこへいくの? アタシの許可なくへんなとこ行かないで。友達に見られたらやだ」


 胸ポケットに入れた電話のまち子が話しかけてきた。


「電話が偉そうにするな、安心しろ。おちんちんびろーんって、スカートまくりあげてやるから。しかし、なんだハイヒールしかないのか、こけそうだ」

「いっつもでもおしゃれー」

「死にたいのに、おしゃれはしたいのか。女はわからん」

「おっさん、きもい」


 高校生が平日の10時に外出していては目立つ。ちょっと大人のフリをして歩く。しかし、俺は35歳の派遣工員。りっぱな社会人だ。問題ない。

 

 母親が自分が戻らないので、心配しているだろう。水谷は、真っ先に自分の家、2階建の小さなアパートへ向かった。


 年季の入った階段を登る。今日も、本当なら、母親と食事して、この時間はそろそろ眠ろうとしている頃だった。


 母親は、そんな水谷を起こさないように、静かに洗濯物を干している頃だ。


 しかし、晴天なのに、ベランダには洗濯物はない。ドアのチャイムを鳴らしても反応がない。

 水谷は、ひとまずドアから離れて塀にもたれかかった。


「ちょっと、服が汚れる」


 まち子の苦情を無視して、考え込んだ。水谷はあの暴行で大怪我を負っているはずである。なら、病院へ運ばれている。所持品から身元が判明し、母親に連絡。母親は病院へ付き添っている。と考えるのが妥当である。


 しかし、その病院がどこかわからない。

 水谷は、階段を降りると、携帯電話を取り出した。


「何するの、さわらないで、あたしの体」

「本来の用途に使う」


 水谷はデコレーションされた爪で画面をタッチした。おしゃれだけど不便な爪をしているのを見て、改めて、いま自分はまち子になったと知り、悲しくなった。むしりとりたくなったが、まち子が機嫌を損ねると、携帯が使えなくなるかもしれないので、我慢する。


「俺の携帯に電話する。母親が出てくれたら、場所を聞く」

「そのしゃべりかたやめて、人がきいたら、おなべちゃんと思われる」


 水谷が電話しようとすると、勝手にダイヤルし始めた。


「なんか、思っただけで、できちゃうのよね、サービスよ」


 まち子は得意げに言う。


「お腹は空いたりしないのか」

「うーん、なんかふわふわして、天国にいるみたいに、気持ちいいの、あ、バッテリー切らさないでね。なんか、怖いから。いま87%充電」


「消えたいんじゃなかったのか」


 水谷は言い返しながら、携帯の呼出音が20回を超えたところで、電話を切った。


「出ない。地下鉄から出たばかりだから、マナーモードにしてたからな。折り返しかけてくるのを待つしか…」

「アタシ、なんか行けそうな気がする」

「どこへ」

「やってみる。楽しみにしてろ、おっさん」


 水谷の手にあった携帯はまた同じところへ自動的にダイヤルし、相変わらず呼出音がなり続けていた。


「どうした?」


 まち子に呼びかけてみるが、反応がない。しばらく待ってみる。すると、不意に


「わかった! 市民病院の8階605号室」


 とまち子の弾んだ声が、携帯のスピーカーから聞こえてくる。


「なんでわかったんだ」

「なんかねー、今のアタシって、電話をかけた先に意識をテレポートできるみたいなんだよね、できる気がして、やってみたら、できた」

「なら、自分の体に戻れって念じてみろ。戻れるかもしれないぞ。そしたら俺は、玉突きみたいに、元の体に戻れるかもしれない」

「もうとっくにやってるよ、でも、だめだった」


 電話口のまち子は、戻ることについては、どうでもいい風情であった。


(つづく)

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