第6話 ………弁当を食べようとしたらゴーストに襲われるって、どういうことなの。
「‥‥‥おいおい、どういう状況だよ‥‥‥。」
お惣菜を買って戻ってくると、ティモ、クロ、タマの三人はいなかった
「「「‥‥‥ZZZ」」」
ただ、三匹の子猫が一枚の座布団の上で一カ所に固まって眠っていた
「………。」
‥‥‥帰ろうかな
そう思っても仕方ない状況だ。
戻ってきたらさっきまでいた人が居ないし、なんか猫缶を食った後があるし
なぜか人猫じゃなくて子猫の姿になってるし
今日拉致られたのが僕じゃなくて他のクラスメートだったら10分は確実に思考停止していそうだ
お惣菜を買いに行くという建て前で逃げたと思われるのも癪だし、とりあえず無断でお邪魔します
お弁当は温めてもらえたし、あっちのちゃぶ台で勝手に食べよう
食べ終わる前にこいつらが起きなかったら、そんときは帰ろう
レジ袋を壁際にあるちゃぶ台の上に置いた、そのとき
なんと壁から『半透明の手』が弁当に向かって伸びてきた
「‥‥‥っ!!」
反射的にポケットに手を突っ込み、小さな紙でできた包みを掴んでその『半透明の手』にぶん投げた
バシッと物理的な音の後に、細かい粒子が『半透明の手』に巻き散らされる
粒子が『半透明の手』に触れると、急に色味を帯びて『青白い手』に変わった。
続いて、怯んだ『青白い手』を下から蹴りあげる。
『青白い手』がのけぞり、壁の中に逃れようとするそれを左手で掴み、強引に壁から引きずり出した
「………なんの用?」
僕はため息混じりに『青白い手』の『本体』へ問いかける
左手で腕を掴んだまま、右手をポケットに入れ、本体の『顔』を見る
20歳くらいの男だった。
肌が白く、さらに僕が掴んでいる右腕以外は透き通って見える
『えっと、お腹がすいたからそのお弁当を頂こうかと‥‥‥?』
右手に数珠を巻きつけた状態でポケットから手を出して、容赦も糞もない一撃を
「………死ね」
『いや、もう俺死んでギャァァァ‥‥‥』
左腕を引いて、カウンターの容量で数珠の巻いてある右拳を男の顔面に突き刺した
断末魔も聞こえない。男は白い粒子となって、消えた
「………。」
軽く鼻でため息をつく。
まさか、こんなところでゴーストに襲われるとは思わなかった
初めから廃病院に行くための装備をしていたから楽に冥界送りにできたけど、このアパート‥‥‥。さっきのやつの他にもいっぱいいる。
‥‥‥この猫たちは、こんなとこで暮らしてるのかよ。よく無事でいられるなぁ
今の人はゴースト。浮遊霊だ。ゴーストは人に害をなすことはあまりしない。
でも、人に見えないことをいいことに生きている人間に悪さする奴らがいる。
それが怨霊とか悪霊とか言われている。それを専門に退治しているのが、ママみたいな霊媒師だ。僕は一応霊感があるし、ママが持ってる霊媒道具一式を使うこともできるから、昼間の暇つぶしに心霊スポットを巡って僕が怪我しない程度のゴーストを退治したりしてる。
ヒーローになりたいわけじゃない。本当にただの暇つぶしだ。友達がいないから、休みの日もすることがないもん、そういう趣味を持つくらいしかないんだよ。
………おっと、弁当が冷めてしまう前にさっさと食べてしまおう
いただきますとは言わず、手だけ合わせて少し冷めてきた弁当を食べ始める。
一応、周囲は警戒したままだが、僕がハンバーグに箸を伸ばしたところで、座布団で動きがあった
「ぅにゃーぅ」
白いモコモコが、僕の足にすり寄って頭をこすりつける
「………。」
スピスピと僕の匂いを嗅ぐと
「にゃ~んぅー」
ぴょこんと、あぐらをかく僕の足に飛び乗った
白いモコモコは色の違う左右の目で僕の目を見つめ
「んにゃーぅ」
‥‥‥くれってことなのか?
なんてずーずーしい白猫なんだ。
僕が買ったハンバーグ弁当を、先に猫缶を食っていた(だろう)にも関わらず、早よ寄越せ、とな?
「………。」
ため息をつき、白猫の喉を左手でくすぐりながらハンバーグを1/4ほど切り分ける
んー、ハンバーグってたしか玉ねぎ入ってたよな‥‥‥。
猫に食べさせても大丈夫だろうか
ハンバーグ弁当のラベルを確認してみる
『ペットに食べさせても大丈夫! おからハンバーグ弁当!』
原材料に玉ねぎが入ってなかったとは‥‥‥。
そもそもなんだこのハンバーグ弁当。
ペットに食べさせること前提のハンバーグじゃないか
ハンバーグ弁当が一つしか余ってなかったからコレを選んだってのに‥‥‥。
「…………。」
もう一つため息。
弁当のふたにハンバーグを乗せて、白猫の前にちらつかせる
匂いを嗅いでからがっつく白猫をしばらく眺めて、僕もご飯に箸をつける
食べ終わった白猫は、満足したのか、僕の足の上で丸くなり、鼻を鳴らして目を閉じた。
僕は食べながら、白猫の背中をなんとなく撫でる
ゴロゴロと気持ちよさそうに喉をならす猫を見ていると、こちらの頬も緩む。
猫ってかわいいな。
毛のボリュームが大きくてよく判らなかったが、この子はものすごくスリムだ
両手で簡単に胴を包めるほど
遠目から見たら、ただの白い毛玉にしか見えないだろう
‥‥‥なるほど、だから『タマ』なのだろうか
食べ終わった弁当を、ビニール袋に入れてしっかりと締める
タマを起こさないように抱えて立ち上がり、茶トラと黒猫の座布団に寝かせる
立ち上がったついでに、部屋の一端に白い粒子――いきなり現れた闖入者に僕が投げつけたものだ―――が散らばっている
それを片付ける
とっさに投げつけたものは塩だ。
別に清めの塩だとかそういう胡散臭いものじゃない
ただの博多の塩。
実態のないゴーストに触れるための手段が、この塩だ。
さっき突然現れたゴーストは、弱いポルターガイストを起こす、低級な浮遊霊だ。
一応、装備は数珠だけでも楽に対応はできる
怨念の塊のような自縛霊は厄介だが、まぁ昼間活発に動くようなゴーストではないし、わざわざ夜に肝試しスポットにでもいかないかぎり、大丈夫だ。
本当は昼間のうちに活発な霊を叩き潰しておきたかったんだけど、テレビ局の肝試しイベントが邪魔で廃病院にはいけなかったし、小学校は昼間はもちろん人がいる
休みの日であっても、スポーツ少年団であったり、教職員など。それとバッチングするのは避けたいので、
昼間はゴーストも活発にはなれないため、一般の生徒が襲われたり憑依される可能性は0ではないが、極めて低い
憑依されてしまったらされたで、僕には何も関係ない
勝手に霊媒師に相談するなりすればいい。
冷たい言い方だったけど
僕の手の届かないところでなにかが起きても対処することなどできるはずもないだろう? つまりそういうことだ
それに、別に僕は善人でもないし、ヒーローでもない。ただの宇宙人だ。
部屋の塩を片付けて、自分の痕跡がどこにも無いことを確認するために一応部屋中を見回す。
「………っ――!?」
おいおい、なんとなく僕が部屋を出て行く前より散らかっている気がすると思ったら、こいつら、人が着ていた状態のまま服がもぬけの殻になっている
この猫たちは、行動が奇想天外すぎる‥‥‥。
ここにいるのが僕じゃなかったら、卒倒しててもおかしくない
僕も宇宙人だから気兼ねなく猫になったとも考えられるが、おそらくそれはない。
気まぐれで自由で。それになにより、この子たちは僕よりも断然幼い
人間の知能レベルとしては赤子も同然。なにせ体長から予測しても、この子たちはまだ産まれて1~2ヶ月程度だろうし、世間に疎くてもしかたないか。
この部屋に来て、何度ため息を吐いたのかわからない。
僕は優しいわけでもないし、家庭的でもない
着ていた状態を崩さないで脱ぎ散らかしてある服を片付けるなんてもってのほかだ。
この猫たちが急に人猫化したら、その時、こいつらは全裸だろうか
デフォルトでなにかしらの防具を身につけておいて欲しいものだけど、そういう優しい設定は人猫でも無理なのだろう
「‥‥‥‥‥。」
一応、自分の分は片付け終わった。
子猫たちも寝ている。起きる気配はなし
故に、ティモ、クロ、タマが人猫になって麻雀の続きをするなんてことはあり得ないだろう
ってことで
「………帰るか。」
帰ったら麻雀の入門書をAmazonで注文しよう
僕の小遣いでも充分足りるはずだ。
僕はそっとドアを開いた
☆
「‥‥‥124の形だと、次に何をツモっても切るのは1になるな‥‥‥。ぶつぶつ。だったら最初から1を切っておこう。単純に受ける待ち牌の数だけなら、頭を2つ作っておくよりも23という形だったら1と4が4枚ずつで合計8枚待つほうがぶつぶつ」
ぶつぶつと考え事をしながら帰路を歩く
ダメだ。効率的かつ振り込まないように打つためにはどうすれば‥‥‥。
そうか、相手が捨てるのは要らない牌のはず。つまりリーチをかけられたらその人が一度捨てている牌はほぼ確実にあたらない。
しかも、その人が4を捨てていたら56、23という待ちはほぼ有り得ない
だから147の3枚が比較的に安全な牌になるんだ!
なるほどなるほど。よくよく考えてみたら奥が深いな‥‥‥。
役や基本的な戦術を勉強した上で、もう一度哲也を読み直してみよう
『お、おい、トキ! どうした!?』
『くる‥‥‥しい』
テンパイした状態ですぐにリーチをかける必要も無いか。
一巡待っただけで役が一つ増えるなら、一応待ってみるのもいいかもしれない
リーチかけたら、もう手替わりできないし、その数巡で誰かからリーチが来たら回避もできないんだ。
だったら、まず無闇にリーチするのもよくないのかも‥‥‥
『なんかやべぇぞ! あんなことなんかするんじゃなかった! だ、だれか!』
テンパイの一歩手前で最高の状態はポンができて、チーができて、ポンとチーが両方できる複合系を作っていたら、合計で20牌はテンパイに繋がる牌がある計算になる‥‥‥。
なるほど、効率的に打ったらそれだけで勝率があがりそうだ。
ただ、僕は三匹の猫にすら勝てないほどまだまだ未熟者だけど。
『時輝! しっかりし----うわっ! こっちくんな!』
あ? なんかうっせーなぁ。
人が考え事してんのに‥‥‥。
ってあれは‥‥‥。
「‥‥‥っふ。」
思わず鼻で笑ってしまった
「くるし‥‥‥た、たす‥‥‥、ゲホッゲホッ!」
真田時輝が、女のゴースト取り憑かれていた
その周りにいる三人が、時輝主導で僕をイジメる主な人たちだ。
名前はなんだったかな。忘れた。
「あ、おい! あいつ‥‥‥」
モブの一人が僕に気づいて声をかけられる
「おい澄海、何しに来たんだよ」
「‥‥‥別に。‥‥‥帰り道がこっちなだけだけど」
ビニール袋を少し上げて買い物帰りだとアピールする。
しかし、そんなことはどうでもいいみたいだ。三人が気づいて僕の前をとおせんぼする。
「お前は別の道から帰れよ」
「そーだそーだ」
僕がなんかしたかねぇ‥‥‥。
ため息を一つ
お前ら、時輝ほっといていいの? 女の霊に首締められてるよ。見えてないだろうけど。
「‥‥‥僕がこっちの道から帰っちゃいけない理由を知りたいね。そんな特別な権限でも持ってんの? ‥‥‥そもそも、何をしたらあーいう状況になるんだか‥‥。」
顎で背後の苦しんでいる時輝を示す
「お、お前なんかに教えるわけ無いだろ、さっさとあっちに行け、バーカ!」
当たりを見回してみる。ここは墓地前の小さな通りだ。おおかたの想像はつく。
墓のお供え物か何かに悪戯してその女の人の怒りでも買ったんだろう
悪霊ではないし、昼間だし、さすがに殺すまではいかないだろうが、長く続けば寿命を大きく削られるだろう。
霊は人間とは真逆の負の力の固まりだし、取り付かれたら生気を持ってかれて当然だ
『カエセ‥‥‥カエセ‥‥‥カエセ‥‥‥』
首を絞めながら呟く女の人。
やはり思った通り、連中は墓のお供え物に何かしたな。
「………。ゴリマツには何も言わないから、今の内にお墓にしたイタズラを元に戻せ」
面倒くさいけど、一応クラスメイトだ。死なれても面倒だから、一応助言しとく。
「な、何言ってんだ、オレたちは別に何も」
「‥‥‥じゃあ、時輝は死ぬよ(平均寿命よりちょっと早く。)」
「‥‥‥っ!!」
「‥‥‥幽霊に恨まれるような心当たりがあるんだろ。ま、ユーレイとか信じない僕には関係ないか。」
三人の隙間を抜けて、時輝のいる方へ向かう。
通りすがりに、時輝の首を絞めている女の人へ呟く
「………後ろの連中に償いはさせるから、その手を離してやってよ。‥‥‥こいつも、充分反省しているだろうしさ」
『‥‥‥‥‥本当に?』
「………殺すまではしたくはないんだろ。 ………そのくらいで充分でしょ。」
『‥‥‥‥わかったわ。ちょっと大人気なかったわね。ありがとう、坊や。』
「‥‥‥別に。帰り道で目障りなことがあっただけだし、どうでも。」
女の人が手を離すと、時輝がくたっと地面に膝をついて気を失い、うつぶせで倒れ込んだ
草がいっぱいあるとこでよかったな。
‥‥‥。てか邪魔。
「‥‥‥一応聞くけど、こいつらは何したの。」
『彼からもらった指輪を、この子がパクったの。おもしろ半分だったのかもしれないけど、迷惑極まりないわね』
時輝のポケットを探ると、確かに指輪があった。
「‥‥‥これだね。」
『そう、それ! 私の墓に置いといてもらえないかな』
「‥‥‥めんどい。僕はしないよ」
他人が汚した机をなぜ僕が拭かないといけない。尻拭いくらい自分でしたらいい
気絶した時輝に駆け寄る三人
僕は三人に指輪をちらつかせ、慌てて奪い取ろうとするのをひょいと避ける
「かえ―――」
「てめぇらの物じゃねぇだろ。」
「――っ!!」
「………。」
「だ、だって――」
「だってもクソもねぇよ。………指輪を盗った正当な理由を言ってみろよ。納得できるだけの訳があるんだろうな。………死者をバカにするのも大概にしろ。自分が死んだ後まで、てめえらみてぇなクソガキにイタズラされる身になってみろ。」
自分でもびっくりするほど低い声がスラスラと言葉が口から紡がれる。
人と話すのは苦手なんだけど、こいつらの行動にすごくイライラしたからなのだろうと勝手に納得。
「「「………」」」
僕の言い分が正しい。三人ともそれはわかっているみたいだ。………だったらもういいや。
「………。…………指輪は渡すけど、元あった場所にちゃんと返せよ。………時輝みたいに呪われたくなければね。」
僕は時輝をまたいで再び帰路につく
あー‥‥‥。久しぶりに長く声を出してしまった。
なんか疲れた‥‥‥。
………孤立した牌も、真ん中の牌だったらまだ利用価値がありそうだ。端っこの12や89を先に崩してみるのはどうだろうか‥‥‥
考えてもしかたないか。家に着いたらすぐに注文しよう。
☆