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第3話 授業参観、ティモの作文

 読書の時間が終わり、保護者の人たちが来るまでの間にみんなが話を始める


 ガヤガヤと、不快な雑音が僕の神経を撫でる。


 そこに、鈴のような澄んだ声が滑り込んできた。


「澄海くん‥‥‥」


「‥‥‥ん?」


 声の主はクロだった


「………あの………お願いがあるんだけど………いい、ですか?」


 僕はクロの方を振り向かずに、なに? と聞き返す


「私たち、まだ産まれて1ヶ月くらいしか、経っていないの………。」


「………だろうね。」


 やっぱり、猫時に一か月分くらい成長してから人型になったんだろう。


「タマちゃんはもう大丈夫なんだけど、まだわたしとティモちゃん、ひらがなを読めないんだ………」


 ここから連想される次の言葉は、『教えて欲しい』が有力候補


 もしくは『助け舟を出して欲しい』かな。どっちにしても―――


「………断る」


 クロが続きを口にする前に言葉を被せる。即答以前の問題だ。


「………。………、そう、だよね。………ごめんなさい、いきなりそんなお願いしちゃって………。」


「………めんどい」


 それが僕の答え。面倒事は完全に避け、干渉しないほうが、一番波風がたたない。


 いや、むしろ波に逆らわずにゆらゆらと揺れて、都合のいいように合わせるのが一番波風が立たないだろう。だけど、やはり面倒だ。


 タマがわかるのであれば、タマに助けてもらえばいいだけの話だ。僕にはなんの関係もない。そもそも、準備段階もなっていないのに、なぜ学校に通わせるんだよ


 ………まぁ、この学校の特性を考えたら、しかたなくもないか。


 人猫の飼い主に『依頼』しても、それはしかたない。


 ………だからといって、僕がクロにひらがなを教えるかと言われたら、ノーだけどね

それとこれとは、まったく関係ない。ただ、僕だって善意はある。


「………あまり、僕には話しかけない方がいい。ゴーストとは違う、普通の人間に標的にされるよ。僕は、いじめられっ子だからね」


 いじめを受けるのに理由は単純なものだ。


 『他の人とちょっとだけ違う』それだけだ。


 宇宙人の血を継いでいる僕の目は赤い。肌は不健康そうに青白い。

 身体能力も常人では考えられないほど高い(ただし、誰にも悟られないように加減しているため、それは誰も知らない)


 いじめを受ける理由はそんなもんだ。


 といっても、クラス全員が敵という訳ではなく、ガキ大将の真田時輝が指揮する数人からだけだけどさ。


 クラスには頭がいいデブと笑いを取るのがうまいブサイクもいる。


 そいつらは、性格上クラスにはうまく溶け込めるだろうが、僕はあまり人と関わりたくない。だから、僕のことを快く思ってない奴には嫌われるんだろう。


「澄海くんが、いじめられっ子? ………うそ、だね。澄海くんは、強いよ………。ゴーストに負けない………いじめられるはずがないし、やり返すことだって………」


「………いきおい余って殺したらどうしようもないだろ。………それより、ひらがなの勉強しなよ。みんなの親が来たら作文なんだしさ」


「う、うん」


 読書の時間も、クロはひらがなの練習をしていた。


 正直、字は汚いし、『え』がうまく書けずに唸っていた。


 ちゃんと会話ができている時点で、日々練習しているのがわかる。明日にはもうなんの問題もないだろう。


 ………いや、そもそもだ。


「………字が読めないのに、今日の作文はよめるの。」

 純粋な疑問だった。クロからのSOSを拒否しといてこの質問はバカみたいだけど、僕はそんな空気を読むような宇宙人ではないしね。


「その………今日は指名されないようにしてもらってるの」


 なるほど。校長はこの猫たちの素性については判っているだろうし、あとはゴリマツ先生に追及しないように圧力をかければそれで済むってわけか。


「それに、私たちの代表として、ティモちゃんが読んでくれるから、大丈夫………。」

まぁ、それならギリギリセーフ、だね。


「それでも、ティモも読めないんだろ」


 さっき、タマしかひらがなを読めないと言っていた


 ティモも読めるわけがないじゃん。タマに読ませればいいのに。


「一応、暗記はさせてるけど、………正直、私も不安………です………。」


 ま、僕には関係のないことだ


 本でも読んで時間を潰そう。


                    ☆


 九時。保護者がゾロゾロと教室に集まってきた。もちろん、僕のパパやママも。


 パパは僕と同じ、宇宙人の血を引いているため、目が赤い。だけど、カラーコンタクトをつけているため、今は目がブラウンだ。


 だめ押しに、ほんの少しだけ色の付いたメガネで違和感をごまかしている。


「――これで、僕の作文を終わります。………四年一組、上段澄海」


 滞りなく淡々と、なんの面白みもなく、僕の作文は終わった。


 パパが宇宙人のハーフで宇宙交通整備しているだなんて言えないし、


 ママが霊媒詐欺師だなんて言えるわけがない。


 だから書くことが家での様子に限り、当たり障りの無いことをピックアップして何倍も誇張し、嘘を書き連ねることしかできない。


 本当の事を書いたらそれはそれで面白いことになっただろうが、僕にはそんな自爆する勇気は無い。


 表面上だけの乾いた拍手がそこそこあがり、パパとママの物足りなそうな顔をシカト。僕は着席した


「じゃあ次。岡田家代表として、ティモ」


「はーい!」


 ぴょんっ とネコミミを揺らして立ち上がる。


 保護者の方の気配を伺うと、やはり3姉弟の頭部に注目しているようだった。


 猫耳もそうだが、主にタマとティモは日本人では有り得ない色をしている


 黒かブラウンしかない教室ではかなり目立っている。


 そんな猫達を他の人の単なる好奇心とは違う目で見ているのは三人。


 僕のパパとママ。それと、高校生くらいの男の人。


 メガネをかけた線の細い青年みたいだけど、肌の色は褐色で、それでインドアには見えない活発さを表しているようだった。腕を組んだ青年は、ティモをじっと見つめている。


 そんな中、ティモが作文用紙(白紙)を手に、ハキハキとした声で読み上げた。



「『ぼくの兄ちゃん』。ぼくと兄ちゃんとの出会いは、3週間前です」



「「「 !!? 」」」



 いきなりやらかしやがった………。


 この瞬間こそが、冒頭であった、空気が氷結した瞬間だ。


                    ☆


 ぼくと兄ちゃんとの出会いは、3週間前の雨の日のことだった


 温かい部屋の中、恵まれた環境で産まれた僕たちは、生後一週間ほどで、人間の都合によって、勝手に外に捨てられた。ゴミ捨て場の隅っこに、ダンボールに入れられて。


 息苦しくて、真っ暗で、臭い場所。


 ダンボールの上にもゴミをのっけられ、外に出ることもできず、ただただ餓死していくだけだと思っていた。


『ねえちゃん、おなかすいた………』


『だ、だいじょうぶ………だよ。きっと、やさしい人がわたしたちを見つけてくれる………から』


 自分自身もおなかがすいて、のどが渇いて仕方がないはずなのに、それでもぼくを元気づけてくれる、優しいねえちゃん。


 全身が黒色だから、目しか見えないけど、優しくぼくに体を寄せているから、位置はわかる。ぼくは 本当に? と聞き返すと


『うん………きっと、きっと、誰かが見つけてくれる………から。心配しなくても、だいじょうぶ、だよ。』


 その優しい言葉に、理由もなくほっとした。


 ザアザアと、雨音だけが響き、ダンボールの中も臭い水が入り、体がべっとりと、ネバネバしたものが張り付いて気持ち悪い。


『おねえちゃん………』


『だいじょーぶだよー。おねえちゃんたちがいるんだからー。なーんの心配もないよー。』


 全身真っ白で暗くてもわかりやすい一番上のおねえちゃんも、ぼくに体を寄せる。


 なんの根拠もないのに、ひとりじゃない。それだけで、なぜか安心した。


 そんなときだった。


「ん~ふっふふ~ん。俺の靴下はぁ~ジャスミンの香り~ぷぇ~ぷぇ~♪ ん? 動物霊の気配がする?」


 人が近くに来た。僕たちはとにかく気付いてもらいたくて、必死で大きな声を出した。


「あ、まだ生きてるんだ………。この辺かな………」


 上のゴミ袋がどかされ、ダンボールが持ち上げられるのがわかった。


 バリバリとガムテープが剥がれる音と、その後にできた隙間から、かすかな光が差し込み、目を細める。


「あ、………子猫やったんか………。相当衰弱してるみたいだけど………。ウチのアパートペット飼ってる人とか居ないんだよなぁ」


 本当に来てくれた。ぼくたちを見つけてくれる人………。


 なんでも言うこと聞くから! 迷惑なんて絶対にかけないから! ぼくたちを助けて……!!


 期待と不安と、複雑なものが混じった視線に気付かずに、


 助けてくれた人は「ん~………」と唸っている。お願い………いい子にするから………!


「………自立や」


 ………………え?


 ダンボールをどけて、僕たちを雨の当たらない場所に下ろした。


「達者で生きろよ、じゃあね!」


『ま、まって! おいてかないで!』


 必死に大声を出すけど、雨の音が邪魔をする。


 その人は、ゴミ捨て場の近くに置いてある自転車のところにいくみたいだった。


 なんとか先にそこにたどり着ければ………!


 ぼくたちにもう一度気づいてもらわなくちゃ。ぼくはそう思った。


 なんの根拠もない。ただ、ぼくたちを暗くて腐臭のする場所から出してくれた人。


 だけど、それだけで命が救われたと直感で理解できる。


 あの人以外にいないと思った。ぼくたちをよくしてくれる人。


 まだ三匹じゃ生きられない。三匹とも、ひとりでおしっこもできない。


 もしぼくたちを他の人が見つけても、ただ同情されて、何の解決にもならないのが想像できた。だから、ぼくたちを救ってくれたあの人にもう一度助けを求めたんだ。


 おぼつかない足取りで走って、なんとか自転車のところに追いついた。


「ん………なんや、こっち来たんか………。道路は車が来るから危ないよ。あっちで雨宿りしながら人を待ちなって」


 ひょいと僕を持ち上げると、僕の目を見つめてきた。


「うぅ………。そんな目で見んといて………。せやけどアパートだから動物はあかんのよ………ごめんな………。」


 ぼくを抱えたまま、また草村の方に歩き出す。僕は大声を出した。意味は無いかもしれないし、あったかもしれない。ただ、みんなでいっしょにいたかった。


「その境遇は同情するけど………ん~、俺んちアパートの賃貸やしなぁ………。俺のせいでこの子たちに死なれたら寝覚め悪いし………。うん、ダメもとで大家さんに相談すっか。」


 こうして、ぼくたちは兄ちゃんの家で暮らすことになった。


                    ☆


 空気が固まって早二秒。


 宇宙人であるパパと、霊媒詐欺師であるママ。褐色の青年と、タマ、クロ、ティモだけが拍子抜けせずに、自我を保っていた。タマはやれやれと首を振り、クロはティモよりも緊張しているようだった。


 今か今かと固まったままティモの言葉を待つみんな。



「えっと、三週間前に出会って………出会って………なにがあったんだっけ?」


 わ、わすれたぁー! 

 

 暗記させてるんじゃなかったのかよ!


「えっと‥‥‥。とにかく、兄ちゃんがぼくたちの命のおんじんです! 兄ちゃん!!]


 ティモが保護者側の、褐色の青年に手を振り、声を張り上げた


「おう」


 短く答えた青年は軽く手を振り、ティモは手をピースにして、満面の笑みで、こう言った。



「ぼくは兄ちゃんが大好きだからね! えへへ………」



 数秒の静寂。そして―――


「俺も大好きやで、ティモ坊。」


 後頭部をガリガリと掻いた青年は、照れくさそうに親指を立てた


「―――これで、ぼくの作文、『ぼくの兄ちゃん』を終わります! 四年1組、岡田ティモ」

ティモの作文は、10秒程度だった。


 だけど、家族への愛がこもったその濃密な作文は、一瞬でみんなからの盛大な拍手をもたらすことになった。


                    ☆


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