グレーテル、助けられる
キーンコーンカーンコーン
また今日も志魔野にとっての煩わしい作業、学校が始まる。
一昨日から昨日にかけての出来事がまるで嘘のように、またいつもの日々が始まった。
「うーん…。なにかいい方法はないかしら。」
その頃、グレーテルは悩んでいた。今日の朝の事についてだ。
コウに触られるのは、そこまで嫌ではないが、弟子の教育上良くないのは明確だ。
「…そうだわ、壁を作りましょう!」
そういってグレーテルは指を弾いた。
その瞬間、白い壁がパッと現れたのだが、グレーテルはなにか気に入らなかった。
もともと狭い部屋に仕切りを作ればさらに狭くなるばかりで、グレーテルはこの圧迫感に耐えれる気がしなかった。
「駄目ねぇ……。先にご飯を食べましょう。」
グレーテルは壁をもとに戻し、外に出た。
部屋には冷蔵庫や食べ物の類はなく、食材があるという期待がなかったからである。
外には同じような小さなアパートが並んでいた。そこから少し歩いて大通りまでいくとコンビニがあった。
グレーテルは人間界にしばらくいたうちに知ったのだ、コンビニの存在を。
「どれにしようかしら。」
コンビニに入ったグレーテル。その服装はコンビニでは完全に浮いていたが、お構い無しに棚を見つめていた。
「これにしましょ。」
そういって選んだのは、唐揚げ弁当。さらに不釣り合いである。
そして、弁当を持ちレジへ行くかと思われたのだが、そのまま直進し、出入口の扉の取っ手に手を掛けたその瞬間……
「ちょっとお客さん?お金は?」
「お金?なにかしら。」
「あんた、お金よ!とぼけてんじゃないよ!」
当然のことながら、おばちゃん、といった感じのコンビニ店員に止められてしまった。
「まぁ、待ってください。」
そこに現れたのは、
「お隣さん!?」
「お金なら僕が払いますんで、許してやってください。」
「……わ、分かったわ。」
男の美貌のおかげかどうかは分からないが、店員は許してくれたようだった。
「あ、ありがと。」
「ううん、いいよ。…それより、お金知らないの?アハハ、不思議な子だね。」
「うん、そうかなー?自分で物とか買ったことなくてね…。」
「そうなんだ!もしかして、凄いお嬢様…とか?まさか、異世界から来た…なんてね。」
「……そ、そんなんじゃないわ。ただ、世間知らずなだけよ!」
そんな会話をしながら二人はアパートに帰っていった。
グレーテルが名前を聞くと、お隣さんの名は「藤崎リョウイチ」というらしい。
そして、そのリョウイチから一緒に食べないか、というお誘いがあったので、グレーテルさリョウイチの部屋で食べる事にした。
「…お邪魔しまーす。」
「どうぞ~、汚い部屋だけどね。」
リョウイチにそう案内された部屋は、やはりコウの部屋と同じであったが、コウとは違い、荷物がたくさんあった。
しかし、ある程度整理されていて、汚いというほどではなかった。
「お腹すいたね?」
「そうだね、じゃあいただきます!」
そうすると、グレーテルも続いた。
「リョウイチは何買ったの?」
「俺も唐揚げ弁当だよ。グレーテルちゃん意外だね、そんな細いのに。」
「え、本当に?」
そんなふうに話すグレーテルはいつもより可愛らしい話し方になっていた。
「そうだ、俺のこと、リョウイチって呼んでるけど、長いでしょ?」
「別にそこまで長くは…。」
「イッチーって呼んで!そのほうが呼びやすいだろ?」
「うん、じゃあ、イッチーね!」
リョウイチはコウとは違い、よく話してくれた。話題も面白く、グレーテルは食事後もすっかり夢中になって話を聞いた。
「ねぇ、グレーテルちゃんは隣の子とどういう関係なの?最近だよね、ここに来たの。」
「まぁ、師匠と弟子…みたいな…。」
「ふーん、面白いね。すっかり恋人同士か何かだと思ってた。」
「ううん、そんなことないよ、あいつ変態だし…。ご飯も用意してくれないし。」
「…じゃあさ、俺の部屋で住まない?俺は大歓迎だよ!」
「えっ…、でも…」
グレーテルがそう言いかけたとき、隣の部屋の扉が開く音がした。
「あ、ごめん、コウ帰って来たから帰るね。」
そういったグレーテルが大急ぎで玄関にたった。
「…うん、じゃあまた来てね。バイバイ!」
「バイバイ!」
「…コウ?お帰りなさい!」
「あぁ、グレーテルか。ただいま。どこ行ってたんだ?」
「隣のイッチーの所よ。」
「ふーん、隣、イッチーっていうのか。」
「そう、イッチーが今日助けてくれたの!」
そういったグレーテルは説明を続けた。その間、コウはご飯の用意をしていた。
「…って訳なの!コウのせいなんだからね!」
「はいはい、じゃあ、420円。ちゃんと返すんだぞ。」
ご飯の支度を済ませると、コウは財布からお金を取り出した。
「うん!分かったわ。」
「…食費かー、きついな…。」
そう呟きながらコウはご飯を食べはじめた。
机にはもやし炒めと食パンという、ご飯にしてはかり貧相なモノだった。
「コウ、これで足りるの?」
「うちにはお金がないから仕方ないの。お前も俺の家に住むなら文句は言わないことだ。」
「ごめんね…。」
貧乏な暮らしなどしたことが無いグレーテルにとってはこの事はかなりの衝撃だった。
「あ、それから、今からバイト行くから、留守番よろしく。夜ご飯は持って帰って来てやるから待ってろ。」
そういうとすぐにコウは行ってしまった。