シマノ、知る
あれから数日が過ぎた。
少し前までのように、志魔野には色味のない全くつまらない世界が広がっていた。以前と変わったことといえば、新しいバイトだけ。
やることはただの雑用だが、志魔野はがむしゃらに働いた。
そして、夏休みということもあり、毎日通うようになっていた。
「あっつ~!」
着物を少し崩し、ソファーで寝転がるナズナは言った。
天気予報でも言っていた。今日はかなり暑いらしい。
そんな声も聞こえないのか、聞こうとしていないのか、志魔野は書類の整理を黙々と行っていた。
「……おい、志魔野!聞いてるか?」
「聞いてます。」
「なんだよー、その冷たい態度は。ずっとグレーテルのこと考えてるのか?最近、いや、お前とは最近知り合ったけども、おかしいっていうか、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫です。」
「……まぁ、グレーテルもそのうち会いに来るさ。魔女っていうのはだいたい気まぐれなものだし。」
ナズナはつぶやくように天井を見つめながら言った。
そして志魔野は返事もなしにまた作業を続行した。
「……なぁ、志魔野。」
「なんですか、ナズナさん。」
志魔野はすこし迷惑そうに言った。
「今更こんなことをいうのもなんだが、魔女とは深くかかわらないほうがいい。」
「何言ってるんですか?ナズナさんも魔女じゃないですか。」
志魔野は戸惑った。発言の意図が全く分からない。
「私は半分人間みたいなもんだからノーカンで。とにかく、魔女と人間が関わるとろくなことがない。……別に、グレーテルに関わるななんて野暮なことは言える立場じゃないけど、魔女の奥深くには立ち入らないこと!特に王家の魔女なんかにはね。」
ナズナは何時になく真剣な声で言った。
「……でも、いや、俺は別にグレーテルを魔女としてだけ見てるんじゃない。人間と同じように思ってる。」
「だから、お前はまだはわかってない!魔女と人間は違う。見た目はそれほど変わらないけど、その中身は全く別物なんだ。魔女と仲良くなったからって、そんなのは関係ない。理屈じゃない、これは真理だ。」
「……でも、」
志魔野は悔しそうな顔で言った。
「それにね、一応あるの、取り決めが。400年前に人間と魔女の間でお互いの取り決めが決められた。一つは人間界を攻めてはいけないってこと。もう一つは魔女は人間にはむやみに干渉してはならないということ。3つめはあなたも知ってるでしょう?人間は無償で魔女と取引をしてはならない。この3つの決め事でわかるように、人間界と魔界は一定の距離を置いて今日までやってきたんだ。近すぎず、遠すぎず、微妙な距離感を保つこと。これが魔女と人間が一番幸せに暮らせる方法だ。」
ナズナは少し悲しそうな表情をしていった。
志魔野はもう言い返さずにその話を聞きいれた。
「まあ、年上の話は黙って聞いとくもんだ!わかったか?」
得意げに言ったナズナだったが、志魔野は呆れた顔をしてまた仕事へと戻っていった。