シマノ、勤める
いくらまた来るとはいえ、その夏休みは志魔野が考えていたものとは全く異なることになってしまった。
志魔野がバイトに行き、帰ったらグレーテルと過ごす。そして2人でどこかに出かけることもしたいと思っていた。いいや、むしろ現実のものになると当然のように思っていたのだ。
なにが悪かったのだろう……、志魔野はそう考えるようになっていた。最近は寝込みを襲うこともなくなったし、案外楽しく生活していたはずだ。……もしかして、そう思っていたのは俺だけだったのか。
確かに貧乏だし、そんなにかまってもやれなかった。しかし、なぜだ。志魔野は考えながら眠ってしまった。
ぱっと瞼が開き、頭が覚醒する。
「……魔術拡大魔法。」
志魔野はふいに思い出した。グレーテルがヘンゼルに言っていた言葉だ。なにやら志魔野が関係あるようだったし、グレーテルもあまり説明したがらなかった。
この言葉がすごく引っかかったので、とりあえず魔法用品店にいって話を聞くことにした。
「なるほどね~。生きる魔術拡大魔法…、ふーん。」
「何か知らないですか、ナズナさん?」
「もちろん知ってるけどさ、言ったほうがいいのかな?いや、言わないほうがいいな。」
ナズナは珍しく悩んだ顔をしていった。
「ぜひとも言ってもらえるとうれしいんですけど……。」
「じゃあ、一つ条件!わたしのところで働かない?」
ナズナは笑顔で言った。笑顔は笑顔なのだが、おっかなそうな、なんだか裏がありそうな、そんな顔をしていた。
「……でも、僕、今のバイトがいっぱいいっぱいで、もうこれ以上は……。」
単純に返事をしてしまうとそれまでである気がしたし、本当にもうこれ以上働くのは物理的に不可能だった。物理など知らないが。
「やめちゃいなよ。給料ははずむよ~!」
ナズナはニヤッとした笑顔で言った。さっきの笑いと違う笑顔で。そして、手元の電卓の上で手慣れた様子で指を弾ませた。
「……マジですか?」
「ああ、マジだとも。ふふふ、私の経済力を見くびってもらっては困るよ!」
額は相当なものだった。志魔野が一か月死ぬ気で働いてようやくもらえるぐらいの金額であった。はたして本当に、こんな良い条件でいいのだろうか。志魔野は最後まで警戒を怠らなかった。
「で、仕事内容は?」
「ひ、み、つ。」
そういってナズナは怪しげな表情で人差し指をたて、自分の口元に近づけた後、くびを傾げてこれまた怪しげに笑った。
「……まぁ、私のお手伝いをしてくれればいいわ。」
ゴクリ、本当にそんな風に音が鳴ったように志魔野は息をのんだ。こんなに好条件の仕事はほかにないだろう。しかし、しかし、世の中はお金だ。お金なのだ。もちろんすべてがお金だとは言わない。しかし、お金がなくては何もはじまらない。のどから手が出るほどお金がほしい志魔野にとってこんな良い話はなかった。しかも、プラスアルファ、グレーテルの言葉の意味を教えてくれるのだ。
「……わかりました。やります。」
覚悟を決めた顔で志魔野は言った。どんな困難な仕事だったとしても、背に腹は代えられない。
「やったー!ちょうど男の子がほしかったんだよね。これからは上司と部下としてもよろしくね!」
また厄介な関係ができてしまった。部下やら弟子やら、全く魔女というのは屈強なもんだ。そう思う志魔野だった。