シマノ、過去を語る②
「俺たちの親は最悪な親だった。……でも、最初は普通の家族だったかもしれない。ある時会社をリストラされた父親は借金まみれになって、母親は出ていった。
そのあと父親は飲んだくれになって、毎日毎日家で酒を飲んでいた。アルコール中毒ってやつだ。
その頃には家は貧窮して、まともな生活は出来なくなって、食いつなぐことさえ難しくなっていた。それでもカオルは家事をして、母親の代わりになろうと頑張っていた。
でも、ある時から父親は暴力をふるうようになったんだ。殴る蹴るは当たり前、他にもタバコの火を押し付けられたりした。」
「ただいまー。」
「お帰り、お兄ちゃん。」
カオルはつらい境遇を感じさせない笑顔で言った。
机では父親が寝ている。酒を飲みながら寝てしまったんだろう。
時間は夕飯時だった。
「お兄ちゃん、夜ご飯にしよっか?」
カオルはそういうと作ってあったご飯を並べはじめた。机は父がいたので、しかたなく二人は床でご飯を食べることにした。
夜ご飯といってもあるのはご飯と味噌汁だけ。この家庭にとってこれが限界だった。
「箸とってくれ。」
コウがそういうと、カオルは箸をとり、コウに渡そうとした。しかし、何かに気付いたようにカオルは箸を逆の手に持ちかえてコウに渡した。
「……お前、何か隠してるだろ?」
そういってコウはカオルの手を掴み、手繰り寄せた。
カオルのきれいな手に、何故か焼けただれた点があった。……恐らくタバコだ。それをコウが発見したと同時にカオルは手を後ろに回した。
「ううん、なにもないよ!」
カオルはいつものトーンで言った。
「あいつにやられたんだろ!?」
コウが強く聞くと、カオルは小さく頷いた。
「大丈夫、痛くないから。それよりご飯食べよ?ね?」
カオルはさらに明るく振る舞って言った。
コウは知っていた。あの痛みも、親に傷つけられたという悲しみも。カオルが大丈夫なわけが無い。
「ごめん…、俺、守れなくて。」
コウは泣き出した。妹であるはずのカオルが我慢しているのにみっともない、と思ったが、やはりそれしか出来なかった。
カオルはそれを見て困惑した。しかし、コウはまだ話し続けた。
「俺が高校生になったら、一緒に家をでよう。それで二人で暮らすんだ。良いだろ?」
コウは涙を拭って言った。
「うん、約束ね!」
そして、指切りをした。中学生にもなって幼稚な行動だったかもしれないが、二人には関係なかった。
それからコウは少し良い気分だった。早く高校生になって…、その思いで頭はいっぱいだった。
その暮らしだって、楽では無いはずだ。それはコウにもわかっていたが、今の生活よりも良いものになると確信していたので、楽しみで仕方なかった。
それから数日。
「ただいま。」
いつものように遅い時間にコウは帰った。
「……。」
いつもならあるはずの声がない。
心配になったコウは急いで家にあがり、部屋の扉をあけた。
「……そこには父親の死体が転がっていた。どんな風に死んでたかは覚えない。それどころか、それ以降の記憶も……。
次に俺がいたのは警察署だった。そこで警察は犯人は捕まり、それは父に恨みがあるやつだと言っていた。実際俺も殺意が湧いたことはあるし、恨まれて当然だったので、父親が死んだのは自業自得だと思って、いたって冷静にいられた。
でも、カオルのことを聞いたときは発狂しそうになったよ。
犯人はカオルを連れ去り、最初は売ろうとしたらしい。でも結局、途中で暴行して、殺したらしい。死体は山で捨てられたらしいが、未だに見つかってないんだ。妹に関することはこれぐらいかな。」
過去を全て話したコウはすっきりとした顔をしていた。
「……ごめん、空気重いよな。」
「いいえ、話しにくいことを話してくれてありがとう、コウ。」
そういったグレーテルの隣を見ると、ナズナさんが号泣していた。
「……えっとー、ナズナさん?」
「可哀相に!もう、何て言っていいか分からないわ!私を頼っていいからね、そんなつらい境遇で…。よく耐えてきたね!」
そういって涙を流しながら、志魔野の頭を撫でた。
感情が高ぶりすぎてすごく大きな声だった。
「いや、そんな……。」
「じゃあ、一旦休憩ね。」
今までの重苦しい空気はどこにいったのか、グレーテルは休憩をとるように勧めた。
「そうね、お菓子食べなさい。」
ナズナがいうと、アスミは大量の駄菓子を差し出した。
魔女には好い人がたくさんいるようだ。