シマノ、生き返る
ソノ日ボクハ死ンダハズダッタ……
願イヲ叶エルタメニ死ニ、願イヲ叶エルタメニ生キタイト願ウ……
人間ハ愚カダ……
キーンコーンカーンコーン
からっと乾いた校庭に休み時間を知らせるチャイムが鳴り響いた。季節は夏。
ちょうど後1週間ほどで夏休みが始まる。ふだんより格段に落ち着きが無くなった生徒達が自分の席から弾けるように離れ、友人の席へと向かう。
「ねぇ、あの噂聞いた?」
「女子トイレの魔女のはなしでしょ!」
「願いをなんでも叶えてくれるんだってね、私、彼氏ほしーなー。」
「わたしもー、あはは!」
その教室内で休み時間だというのに伏せている男子が一人。
特に寝ているわけでもなく、時々顔を上げては外を眺めて、また伏せる。
しかし、少年の目には一筋の光もなく、淀み、曇っていた。まさに虚ろな目をしていた。
「ねぇ、あの子だれか知ってる?」
「あ~目が怖いよね。どこ見てるか分からないし…」
「志魔野コウ…だっけ?なんか、家族が事件で死んじゃったらしいよ。」
「え、まじー!!可哀そうだね。」
「うわっ、やば!大きな声出すから、こっち見てんじゃん!」
夏休みの予定を話し合い、盛り上がるクラスメイトとは対照的に、この志魔野コウという男は暗く、そのためクラスで浮いていた。
例のその事件のこともあり、まわりからは話しかけがたく、しかも自発的に人と関わろうとしなくなったので、次第に誰も関わらなくなっていったのだった。
再びチャイムがなり、生徒達が席につく。志魔野は顔を上げ、ノートと教科書を取り出した。
そして、虚ろな目で黒板を見つめる。
シャーペンの芯を出しノートに書き込む。
また虚ろな目で黒板を見つめる。
この動作を放課後まで繰り返す。
いつもなら、誰よりも早く学校を出る志魔野であったが、今日は残ってひたすら参考書をといていた。
数時間後、教師がやってきて志魔野に話しかけた。それは彼にとって3日ぶりの会話だった。
「お、志魔野!やってるじゃないか。」
「…まぁ。」
「じゃあ、鍵は頼んだぞ!あと、あんまり頑張りすぎるなよ。」
「はい、さようなら…」
教師は去った。
思わず彼はニヤリとした。
本日の業務終了。
事件後、彼にとっては、人との関わりは何の意味もなさない、ただの煩わしい業務と判断され、学校では淡々と過ごすことにしていたのだった。
あたりは暗くなって、電気をつけないと何も見えないようになっていた。
夏なので、こんなに暗いということは、7時をこえているはずだ。
鍵を閉めると彼はどこかに向かって歩きだした。場所はトイレ。
ただし、それはただのトイレではなく、女子トイレであった。
女子トイレにはもちろん初めて入ったのだったが、意外と汚なかったことに志魔野は少しショックを受けた。そして、一番奥の洋式トイレの個室に入り、蓋のうえに座る。
0時までここで待たなければならなかったので、彼は仮眠をとることにした。
目をつぶると、いっそう鼻につく臭いを感じた。
レベルの高い変態なら快感なのかも知れない、などと彼は考えたが、そのうち、女子トイレに侵入して数時間過ごそうという自分も一種の変態なのだと悟ってしまった。
考えにふけっているうちに、彼はとうとう眠ってしまった。
そして00時00分
今日の休み時間女子が言っていた、あの時間がきた。
「ねぇ、ぼうや…」
艶っぽい声誰かがでささやく。
目を擦り隣を見ると黒い服の女がいた。
「あら、どうしたの?…私に会いに来てくれたんでしょ?」
そういって、女は長くて薄い色素の髪をかきあげ、彼の膝に向かい合うように座った。
彼の心臓はドクドクと高鳴った。
距離が近いとかそういう理由ではなく、本当に現れたという驚きや、願いがようやく叶うといった喜びや興奮によって、胸がいっぱいであった。
そんないっぱいに詰まった胸がいまだかつて無いぐらいにドクドク振動している。心臓が飛び出そうだ。
「まぁ、だいたいそうだ。…本当に願いを叶えてくれるんだろうな?」
「もちろんよ。あっ、でもお話がしたいな~。君ん家にお邪魔してもいいかしら?」
「ああ、分かった。」
早く願いを叶えたいという思いが彼を急かしたが、なんとかその思いを押し殺した。女に機嫌を損なわれても困るからだ。
女は指をならした。
すると、景色は真っ暗な女子トイレから、いつものあの部屋に一瞬にして移り変わった。
「…魔女。」
彼の胸はすでに願いを叶えたいという思いがいっぱいに詰まっていたのに、さらにぐっと詰め込まれ、ドクドクと高鳴った。
もう吐きそうだ、心臓を。
「そんな驚かなくてもぉー。さぁ、お話はじめましょうか。」
魔女はそういうと、電気をつけた。
部屋は古いアパートでとても高校生が住んでいるとは思えない。
「……実はわたし、調べたのよね、君のこと。まぁ、どうせ、願いっていうのは、家族を生き返らせて!……でしょ?当たり?」
「…ハズレ。妹を生き返らせて欲しい。」
「妹だけでいいの?ふーん、やっぱり変わってる。ちなみに、たまたま君を道で見つけたからあの学校に来たのよ!」
「なんで俺?」
「なんでって自分でわからないかなぁー。君ってすんごい不気味で陰気よ。魔女に言われるんだから相当!あはは!」
言っていることとは裏腹に、無邪気に笑う。魔女も相当なやつらしい。
少し頭に来たが、志魔野はそのまま聞き続けた。
「その目、その目を見るとゾクゾクしちゃう。何も見ていないようで、一つのことしか見えていない、そんな目。魔女のそれと似ているわ。」
「……。」
志魔野はムスッとした顔で魔女の方を見つめた。
「はいはい、願いを早くかなえろって顔ね。分かった。」
「……で、も、一つ注意!!魔女は人間の願いを無償で叶えてはならないと魔女と人間の取り決めの中できまっているの。…だから、願いを叶えてほしければ、等価交換ってやつよ。」
「…別に妹を生き返らせてくれるんだったらなんでもするさ。」
「これが噂に聞くシスコンってやつかしら。じゃあ、君の心臓と引き換えに、妹を生き返らせてあげるね。」
……心臓…?そう言おうと思ったとき、魔女は指を曲げて何かを呼び寄せる仕草をとった。
次の瞬間、信じらんないほどの痛みが彼を襲った。まるで全身をひきちぎられるような。
その痛みの波をこえ、気が付くと周りは血の海だった。
もう一ミリも動けそうにない。死ぬんだと悟った。でもこれでいい。妹が助かるんだったらこのぐらい、別にいい。彼はそう思えたので、うっすらと笑いを浮かべた。
「やめなさい、ヘンゼル!」
そんな声が聞こえた。その瞬間とられた心臓があったはずのところから鼓動がした。
ドクドクという音とともに、活力が湧いてきた。
声の主を見てみると、また黒い服の女だった。しかし、さっきの魔女に比べ、この女は小柄だったが、同じ色の髪をしていた。
「あら、この子の邪魔までするの?可哀そうよ、じゃましちゃ。」
「あなたこそ、そんなこといっといて願いを叶える気なんてないんでしょ!」
「……まぁ~ね。私は心臓さえいただけば、別にどうでもいいし!。……それに、この願いはいくら私でも叶えてあげられないかも。」
「それ、どういうことよ!」
「あーもううるさい!そのブッサイクな顔、二度と見せないでね。じゃあ、ほうきは借りてくね!バイバイ!」
いったいどういうことなんだ…、生き返ったばかりの彼には大きすぎる衝撃で呆然としていた。
「…大丈夫?」
優しく声をかけたのは、小柄な黒い服の女だった。
「私は魔女のグレーテル、あいつの妹。あなたにはすごく悪いことをしてしまったから、お詫びにわたしが償わせてもらうわ。」
「そ、それより、妹は生き返らないのか…?」
彼の目には絶望だけがうつっていた。他には何も写らない。
「残念だけど……。魔女は陰険でひどい生き物なの。特にあの女は。」
「お前は妹を生き返らせることは出来ないのか?」
「普通なら出来るんだけど、あの女がいうには無理のようね。あなたの妹はいま特殊な状態なんでしょう。」
「……特殊?」
「わからないけど、多分、誰かに魂を囚われているかなにかよ。…あなたの妹はなぜ死んだの?」
「……それを話せば生き返らせることが出来るのか?」
「いいえ。とにかく、すぐは無理よ。」
「じゃあ、言わない。他に方法は?」
「ごめんなさい。正直分からないわ。」
「……畜生!……役たたず!俺はこのためだけに生きてるんだ!命なんていらない、だから妹を生き返らせてくれよ!なぁ、こんなに頼んで…」
泣きながら発狂する彼に拳が飛んできた。おもいっきり。
彼は三メートルぐらい吹き飛んで、訳が分からず、そのまましゃがみこんでいた。
「お前はバカか!妹、妹ってそればっかり…。そんなんじゃ妹を対生き返らせるなんて絶対無理よ!」
「黙れ!!」
「あなたは死ぬところ…いいえ、一回は死んだ身よ。それを生き返らせたのは誰だと思ってるの!私がいなかったら、妹どころか、あなたの命さえ無いところよ!」
しばらく沈黙の時間が流れた。
志魔野は言葉の衝撃と痛みによりなかなか動けづにいた。
「……ごめん。」
「いいわ。そうなる気持ちも分かるから……。まだ願いを叶えたい?」
志魔野コウは深く頷いた。
「じゃあ、私の弟子になりなさい!そうすれば、そのうち妹を生き返ることができるかもしれないわ。」
志魔野コウは決意を心にようやく一歩を踏み出した。