進むために必要なもの
今日も独り、私は野を歩いていた。旅の道連れは小さな袋と空の小箱、そして腰に下げた刀。こんな私の身なりを見て、会う人は女剣士かと聞いてくる事もある。そんな時私はこう答えるのだ、ただ捜し物をしているだけの旅人だと。
数ヶ月前、大きな戦争があった。小国の商業都市を大国が吸収するために行われた争い。圧倒的な力の差に小国は敗れ去った。しかし、底に住む市民にとってはなにも変わらない日々が続いているような、しんなある日の事だった。
私の夫が討ち死にしたという報告を受けたのは一ヶ月前の事だった。私だって騎士団員の妻となった時、まともな死に別れはできないだろうという覚悟は決めていたつもりだった。
ただ、それはあまりにも唐突すぎた。その後、数週間は人の形をした何かのように起きて、飯を食い、寝るだけの生活だった。しかしある時、ふと彼が家に置いていった剣を見つけた。それを見ていると、急にこんな事では駄目だと彼に言われているような気がした。
そうだ、こんなことではだめなのだ、早く次の道へ進まなければ。しかし、そのためにもまずは、未だどこかで横たわっているだろう彼を見つけてあげなくてはいけないのではないか。それが、私の気持ちの整理にもなるはずじゃないのか……?
そう決めた私の動きは我ながら早かった。彼が行った地名を思い出し、身支度を整え、唯一の形見であるその剣を下げて私は家から旅だった。
そうして数週間、色々な町を渡り歩いて来た。前の町で聞いた話によれば、次に着く町の近くに彼が行くと言っていた場所はあるという。
「もうすぐ……、もうすぐだ。貴方を連れて帰ることができる」
そう思うと、私の足は自然と早くなっていた。
私は目的の町に着くと、その場所を探し始めたが、思ったより早く見つかった。それを私に教えたのは泊まろうとした旅館の女主人。
「ああ、その場所ならここからすぐさ。ただ少し前に派手な戦いがあって、あんまり見栄えがいい場所でもないよ」
そう言った。私はその宿屋で一泊すると、女将にお礼を言ってその場所に向かって歩き出した。
聞いた話では数時間も歩けば着くという。うまく行けば今日も同じ宿に泊まれるだろうか。まぁ、少々人には見せ難いものを持って帰ってくる私を再び泊めてくれるかは怪しいな。などと思いながら、私はひたすらに歩き続け、そして――。
「ここか……」
私が立っていたのは小高い丘。その下の荒野には矢の刺さった遺体や、捨てられた剣やらが、おそらく以前の戦いの時からだろうか、そのままになっていた。
「かなりの数があるな、なかなか骨が折れそうだ」
私は丘を滑り降りると、目的の物を探し始めた。これも違う、それも違う、と一つ一つの骨だけになってしまっている遺体と、その近くにある遺品を手がかりに見ていき、そして登りかかっていた日が頂点に達した時だった。
「あ……」
私は見つけたのだ、とある遺体の横に落ちていた物、私が持っている物と同じ紋様が刀身の部分に描かれた剣を。だとすると……。私はその遺体の周りにある色々な物を調べ始める。その中には、私が持たせたお守りがあった。
「あぁ……、ようやく見つけることができた……」
私は変わり果てた姿になってしまっていた彼の隣に膝まずいた。
「遅くなってしまった事は、許して欲しい……。本当は、もっと早く来るべきだったのだけれど……」
そう謝りながら、私は頭、首、腕、胸、脚、その一部から少しずつ骨の欠片を拾い集め、持ってきていた小さな箱の中に入れた。そして、残りは小さく砕いてその場に掘った穴に埋葬し、彼の近くにあった刀を手に持った。これくらいは持って行きたかった。
「これで、よかったんだよな……」
返事を返すものはない、だがそれでも私の心は以前より穏やかになった気がした。来た時より、刀一本と僅かな骨の重さを増していたが、私の歩みは安定していた。
私は数時間かけ、あの宿屋に戻ってきた。
「何かしら遺品は見つかったかい?」
そう声をかける女主人の顔を私は驚いた顔で見ていた。
「そんな顔をしなくてもいいさ、どうせあんなところに行くのはあんたみたいな遺された者が、探し物をしにくるのがほとんどだからね」
「そうだったのですか……」
確かに、あそこには無数の亡骸や遺物があったが、その中にはきちんと整えられておいてあるものも少なからずあった。あれは、そういう事なのだろう。
「まぁ、今日はうちで休んでいくといいさ」
と、女将は昨日と同じ部屋に案内してくれた。私は荷物を置くと布団に倒れ、泥のように眠った。
翌日、世話をしてくれた女将に再度お礼を言うと、私は故郷へ向け歩き始めた。また数週間の旅だ。来る時は、追われるように景色すら見られずにただひたすら歩いてきた。だけど、帰りはもう少し景色を見る余裕もできるだろう。帰りの旅の道連れは小さな袋と小箱、そして腰に下げた二本の剣だった。