第37話 決着
「―――――骸の編み糸、『鎖』×『ゴム』」
彼が唱えると、彼の両手から無数の鎖が現れた。ジャラジャラと音を立て無限に伸びていく。
「こっからは能力戦だ」
目の前の謎の少年は愉快そうに笑うと、突き出した右の手の平を起点に無数の鎖を噴出させた。それは銀色の閃光となり、逃げ場を奪う網となって獲物へと殺到する。
「――――雷ノ巫女、一閃・白露」
巫女の白磁の指先が、大和を真っ直ぐに射抜く。
重力も、空気抵抗も、すべての因果を置き去りにして、白銀の直線が夜の帳を水平に引き裂いた。
それは落雷という自然現象ですらない。御門の執念が作り上げた『死の最短ルート』だった。
大和に届く瞬間、先ほどまで光っていた雷は一瞬で四散していった。
「おぉ……やっぱりゴムって電気効かねぇんだな。試した甲斐あったな」
何が起こったか、そんなことすら今の俺には気にもならなかった。殺せなかったのならまた別の方法で殺せばいいと思い別の方法を試そうとした時、別の思いが邪魔をしてくる。
(何故、俺は戦っている……?)
分かるわけがない、そんなことは知らない、でも戦わないといけないんだ。そうしないといけない理由があるはずなんだ。
(理由ってなんなんだ……?)
うるさい……!もう何も……知らないんだよ、もう何も……覚えていなんだよ。
「何回やっても無駄だ。ゴムは絶縁体、そんでゴムの性質と鎖の硬さを再現したこれには効かねぇ。そんなことすら忘れたかよ!」
何だよそれ、ゴム?絶縁体?効かない?それらの言葉の意味がちっとも理解できない。別の方法を試そうにも別の思いが思考の邪魔をして何もできない。
鎖が矢のように飛んでいきなんとか避けようと体を動かすが、尻もちをついてしまった。足を見るとすでに少し欠けていた。もう俺の死期も近いのだろう。
死が迫っているのに、心には無しかなかった。怖さも、悲しみもすでに亡くなっている。
「じゃあな主人公!」
気づけば目の前まで近づかれていた。俺が何かしようとした時には鎖が俺めがけて飛んで来ていた。
(死ぬ……のか、やっと)
雷は効かない、流星群は相殺される、正に詰みだ。こんなあっさりと死ぬのか、俺は。
殺されそうになっているのに、俺は心に温かい何かを感じていた。
「…………ありがとう」
これは、嘘ではない。心を失った俺が初めて自ら得た感情、感謝だった。よかった、最後は人間らしくなれて。
思わず頬が緩む、そして目を閉じ死を受け入れた。なんのために戦っていたかは結局分からなかったが、それはもういい。俺は十分頑張った、休んでもいいんだ。
そうして、鎖が体を貫く音が聞こえた。しかし意外と痛みは感じなかった。これも彼の能力だろうか?
少し気になり目を開けると、そこには―――二人の少女が目の前で俺をかばっていた。
「……っ、間に……合った……っ」
大和の鎖に胸を深く貫かれながらも、水谷栄華の血が混じった吐息と共に、どこか安堵したような笑みを浮かべる。
「カハッ、……ぁ、……御門、くん……無事、で……よかった……」
水谷の後ろでは東雲千紗が、腹部に貫通した鉄鎖を震える手で掴んでいた。どろりと溢れ出す鮮血が彼女の制服を汚し、苦痛に顔を歪ませながらもその瞳は真っ直ぐに御門だけを見つめている。
「が、あ……っ、……ごめん、ね……私、もっと、早く……来てあげれば……っ」
鎖が軋むたびに、彼女たちの細い体から生気が奪われていく。鉄の焼ける臭いと、生々しい血の香りが鼻を突き、俺の意識を強制的に覚醒させた。
「………驚いた、守られるだけのお姫様じゃなかったんだな、水谷」
「当たり、前……でしょ、あんた…なんかに……御門は……殺させない!」
二人がいがみ合っている中、俺は困惑していた。知らない二人の少女が俺をかばった、ここまでは理解できる。しかし、たったそれだけなのに、なぜ俺は……こんなにも胸が苦しい……?
「御門!あんたどこまで覚えてるかは分からない……けど!忘れたんなら思い出させてあげる!いい?あんたの名前は御門謙真!好きなものはゲームとボーリング!嫌いなものは常識のない人!私の名前は水谷栄華!後ろにいる子は東雲千紗!あんたが四回裸を見た女よ!まさかそれすら忘れたとか言ったらぶっ飛ばすわ―――」
言い切る前に水谷という少女の頭が無数の鎖に貫かれ吹き飛んだ。べちゃりと頭だったものが俺の頬につく。
「これ以上は見過ごせないぞ。東雲、お前はこのまま大人しく死んでくれ!御門をこれ以上刺激すると俺には手に負えなくなる!」
その顔は、先ほどまでの余裕など微塵も残っていない。だが東雲という少女は忠告を無視し語る。
「御門君……あなたは大バカ者です。私たちを守るために戦った結果私たちを忘れるなんて、でも……」
痛みに耐え笑顔を向けてくれる。
「好きですよ、御門君のそういうところも、私たちに優しくしてくれたことも、勇敢な性格も、全部が大好きです」
その微笑みが、俺の脳内で爆ぜた。捧げたはずの『悲しみ』が、『喜び』が、そして彼女たちと共に歩んだ『記憶』が、地獄の底から逆流してくる。
(……あぁ、そうか。俺が戦っていた理由は――)
頬にこびり付いた、栄華だったものの熱。
目の前で、大和の冷酷な指先が千紗の命を刈り取ろうと動く。
「――――思い出させてくれて、サンキューな。栄華、千紗」
絶命寸前の千紗を貫こうとした無数の鎖。それを、俺はボロボロの腕で強引に引き寄せた。
「なっ……御門!? お前、その体で……!」
大和が驚愕に目を見開く。『骸の編み糸』が、今度は俺の胸を、腹を、残された肉体を深々と貫く。
千紗にかかるはずだった全ての衝撃を、俺が盾となって受け止めた。衝撃で二人で地面に倒れてしまった。
「……千紗……、ごめん……最後、くらい……格好つけさせて……くれよ……」
「……御門……君……? あぁ、御門君……!」
俺は鎖に吊り下げられたまま、千紗をそっと抱き寄せる。背後からは大和の冷徹さをかなぐり捨てたような怒号が聞こえるが、もう俺の耳には届かない。
「俺……お前らのこと、大好き……だったんだ。……それだけは、忘れちゃ……いけなかった……のにな」
「……私も……私も大好きです……。ずっと、ずっと……一緒……ですよ」
千紗が俺の胸に顔を埋める。俺を貫いている鎖を、彼女もまた抱きしめる。大和の放った『因果縫合』は今、皮肉にも俺と千紗を永遠に離れない一つの塊として縫い合わせていた。
「……あばよ、大和。……お前、……いい、悪役……だったぜ……」
意識が急速に白濁していく。視界の端で栄華の亡骸と、泣き崩れる千紗、そして絶望に顔を歪める大和が重なり、消えていく。
このとき、リーダーであった御門の胸に入っていた赤い玉が壊れバトルロワイアルの赤い玉を持っているチームが三つになったためバトルロワイアルは幕を閉じた。




