8.見逃せない違和感
しばらくの間、私とイレーネちゃんの授業はつつがなく進んでいた。
イレーネちゃんは真面目で勉強熱心だ。
私が何か用意しなくても、学校の授業でわからなかったところや、宿題をしていて間違ってしまった問題を毎回持ってきてくれる。
だから、私はイレーネちゃんの持っている疑問点を一つずつ潰していく。
そしてテストまでに疑問点をなくすことを目標に、授業を進めていた。
先輩たちは皆、新入りである私のことをかなり気にかけてくれている。
初日の研修でいろいろ教えてくれたミリカさんをはじめ、みんな私を学生だった頃から知っているからか、たくさん声もかけてくれた。
そんな中でも一番気にかけてくれていたのは、やっぱりクロウ先生だ。
「最近授業はどうだ?」
会うたびにクロウ先生はそう声をかけてくる。
慣れていない人からしたら尋問のように聞こえなくもないトーンだが、相談しやすいようにしてくれているのだろうと、勝手に都合よく解釈している。
そのうえで、私は毎回胸を張って答えていた。
「順調です! クロウ先生のおかげで!」
「そうか」
ほんの少しだけ顔を緩ませて、納得したように会話を終えるクロウ先生を見て、ある種の満足感に浸る。
最初の一ヶ月くらいは、そんな日々を過ごしていた。
最初に違和感をおぼえたのは、王立魔法学校の中間テストが二週間ほど先に迫った、ある日のことだった。
テスト前のマギスの学び舎は忙しい。
普段から行なっている週に一、二回の授業の他に、成績が危ない子は追加で授業をしなければならない。それに、自習に来る生徒の質問に常に誰かが答えられるようにするため、講師はいつもよりずっと多く出勤している。
生徒も講師も多い賑やかな教室の中で、私とイレーネちゃんだけは、いつも通りの授業を続けていた。
「質問いいですか。宿題なんですけど、この問題が解けなくて」
イレーネちゃんは相変わらず淡々としているが、質問は随分積極的にしてくれるようになってきた。
私はイレーネちゃんの持っている教材と同じものを教室の本棚からとってきて、一緒に眺める。
「ふむふむ、この問題はね……」
教材の問題文を読みながら、私は思う。
この問題、前にも解説したことがあったな、と。
それ自体は別に構わない。
わからないところは何度でも質問してくれればいいのだが、引っかかるのは前に解説したときのイレーネちゃんの反応だ。
あのとき、イレーネちゃんは疑問が解けたとスッキリした顔をしているように見えていた。
もしかしたら、わかったふりをさせてしまっていたのかもしれない。
そんな不安が頭をよぎるが、今こうして改めて質問してくれたからよしとしよう。
私はそう思って、とにかく目の前の問題の解説に気持ちを切り替える。それは魔法理論の問題だった。
魔法とは、四種類の属性からなる魔力を、人の体内から外へ放出することで発動する不思議な力だ。
属性は水、炎、土、風の4種類だが、魔法の種類は千差万別。
ほとんどの魔法が、二つ以上の属性の魔力を混ぜて発動する“合成魔法”である。
魔法理論という科目では、主にこの合成魔法の使い方や成り立ちを学ぶ。
たとえば、水と炎の魔力を同量ずつ混ぜ合わせると、どんな魔法になるか。
水の方を多くするとその魔法はどう変化していくか。炎の方ならどうか――などなど。
実際に日常生活で使う魔法だけが出てくるとは限らない。
専門職の人しか使わない魔法や、古い昔に使われなくなった非効率的な魔法もバンバン登場する。
使えなくても、覚えたらオーケー。
それが魔法理論の攻略法である。
魔法を使うことに苦手意識のある私にとっては、むしろ得意科目だったりする。
逆に言えば、魔法を使うことが得意なイレーネちゃんは、使えない魔法の名前や魔力の種類を覚えることを苦手に感じるのかもしれない。
ちょうどイレーネちゃんの指差す問題に出てくる、動力魔法なんてまさにその例だ。
魔法理論の教科書では頻出のわりに、日常で使うことはほとんどない。魔導車の運転手やゴーレムの操縦士など、ものを動かす職業を目指すなら必要だろう、くらい。
私はこのマギスの学び舎の演習場にある備品を使うためだけに習得したけれど、演習場に行く必要がなさそうなイレーネちゃんには不要な魔法だ。
「ノートの上だけで魔法のこと考えるって難しいよね。これは魔法式を使って……」
魔法式というのは魔力の比率を表す計算式のようなものだ。
一つ一つイレーネちゃんが理解しているか確認しながら、計算を進めていく。
最後に出てきた答えを、教科書の模範解答と確かめる。
無事正解に辿り着いて、私はイレーネちゃんと顔を見合わせた。
「ほら、できた!」
「できました……」
イレーネちゃんが、先ほど自らノートに書いた動力魔法の魔法式にマーカーを引くのを見て、私は安心した。
一人では苦戦してしまうだけで、計算の仕組みをわかっていないわけではないらしい。
これならきっとテストも大丈夫だろう、とそのときの私は思っていた。




