17.クロウの選択
「あなたが、クロウ先生の婚約者ですか」
身構えながら、暗闇から現れた女に尋ねる。
王都に現れたときとは違い、メドゥーサは体のラインがよくわかるシックなドレスに身を包んでいる。
今すぐ戦いになる雰囲気ではないが、私は彼女にされたことを鮮明に覚えている。
目の前でいとも簡単に石にされていく、頼りになる先輩たち。
あの光景を見たあとに、まさかそのメドゥーサがクロウ先生と結婚するなんて言われても、受け入れられるはずがない。
メドゥーサを睨みつける私の態度を見て、クロウ先生も彼女に訝しげな目線を向ける。
「メリッサ。王都で何があった? ルーナと知り合いなのか?」
「ええ。少しね」
多くは語らず、メリッサと呼ばれた女はただうっそりと笑うだけ。
その余裕そうな態度に、私の中でさらに焦りが募る。
クロウ先生を連れて帰れなかったら、ここに来た意味がない。
王都も先生たちも元に戻せない。
私はなんとか頭をフル回転させて、打開策を考える。
それを見透かしたように、メリッサは笑った。
「話がわかったなら帰って頂戴、ルーナさん。クロウから離れてあげることが、あなたにできる一番のやさしさよ」
「……」
クロウ先生は苦い顔で黙ったまま、何も言わない。
メリッサに好き勝手言わせてそのままだ。
私の心がずきりと鈍く痛む。
帰れない。
帰るわけにはいかない。
王都のためとか仲間のためとかいろいろあるけど、それ以前に。
納得いかない。
「い……いやです。帰りません!」
「は?」
メリッサが思い切り顔をしかめる。
しかし私は気にせず言い放った。
「クロウ先生のこと、あなたなんかに渡しません!!」
先生がどう思っているとか、相手は恐ろしいメドゥーサだとか、そんなことはもう私の頭にはなかった。
あるのは、ただ一つの願いだけ。
私はまだ――クロウ先生と一緒に、マギスの先生でいたい。
* * *
クロウがそこにいたのには、理由があった。
一週間前、王都で初めてメドゥーサ――メリッサと対峙したとき。
クロウは自分に向けられた硬化魔法をなんとか打ち消し、石にされることを免れた。
だが、それ以上の反撃もできなかった。
抵抗の意思がないことを示すため、クロウは両手をあげる。
「……あら。素直なのはいいことね」
戦うこともできたが、クロウはそれを選ばなかった。
足元の石畳が、美しい灰白色から泥のような汚いねずみ色に変わっていた――王都が、石にされはじめていたからだ。
「何が目的だ? 要求は呑もう。代わりに王都の街には手を出すな」
淡々と交渉を始めたクロウに、メリッサは言った。
「目的はあなたよ、クロウ・オブシディア。あなたはメドゥーサの力を持つ稀有な魔導師として、私と結婚するの」
「……は?」
思わず眉をひそめてしまったのが気に入らなかったらしく、メリッサはむっと唇を尖らせて、地面に両手をついた。
「それとも……こうする?」
彼女が魔力を込めると、一瞬であたりの景色が色を失う。
活気ある表通りの風景も、あたたかな蒸気を吐く煙突も、穏やかに暮らす人々の姿も。
一瞬で、そのすべてを硬化させてメリッサは奪った。
「手を出すなと言っただろう!!」
メリッサに怒りのまま掴みかかろうとするが、彼女は華麗な身のこなしでそれをかわした。
「知っているでしょう、硬化魔法は時間が経てばそのうち解けるわ」
もしあなたがついてこないのなら、永遠にこの街を石にしてもいいけれど――メリッサは街そのものを人質に取って、不気味に笑った。
「……」
クロウは、背にかかっていたマギスの学び舎の制服であるローブを、体から外す。
その場にローブを落とし、再び両手をあげるのだった。
あのときのメリッサの言葉が正しければ、王都はもうとっくに硬化が解けて、もとに戻っているはずだ。
そうなるように、あれ以上街を巻き込まないようにクロウは条件を飲んだのだ。
それなのに、ルーナが現れた。
本気のメドゥーサになど勝てっこないルーナは、それでもひとり、メドゥーサを睨みつけて立っている。
負けるかどうかなど考えず。
クロウを連れ戻すためだけに、ルーナは啖呵を切ってみせたのだ。
ルーナの細い脚は、心配になるほど震えているというのに。
クロウの凍りかけていた心が、ゆっくりと揺れて、傾く。
「……ああ、鬱陶しい! クロウは渡さないですって? それはこちらのセリフよ。人間なんかに……私たちを除け者にしたやつらに、これ以上邪魔される筋合いはないわ!!」
クロウの隣では、メリッサが怒りを爆発させ、髪を逆立てる。
この場を作り上げた張本人であるメディナは、ルーナとメリッサを交互に見つめておろおろしていた。
戦うために集まったわけではないのに。
不安そうなメディナの瞳はそう言っているようだった。
しかし、事態は動いている。
言葉通り一歩も退かないルーナを排除しようと、メリッサは髪をうねらせてルーナに飛び掛かった。
(俺は、どうしたら――……)
心の軋む音が、クロウを駆り立てていた。




