15.遺跡の最奥
遺跡の中に一歩足を踏み入れると、冷んやりとした空気が私の体を包む。
気温が低いというよりは、不気味な気配がすると言った方が正しいだろう。
「たしかランタンがここに……あった。これに火をつけて、っと」
小さな火を手のひらからランタンに移す。
視界がぼんやりと照らされて、足元に蠢く影が見えた。
「ひゃあっ!? ……って、ただのランドトカゲか……」
人畜無害な茶色いトカゲの群れが、足元をちょろちょろと走っていく。
それだけのことに飛び跳ねて驚いてしまった。
これから魔物の棲む遺跡を攻略して、メドゥーサたちに会おうというのに。
ちょっとのことでビクビクしているようではダメだ。
気合いを入れ直して、薄明かりの向こうに目を凝らしながら私は先を急いだ。
* * *
「水よ! 魔物を押しとどめて!」
指先から放った水で、飛んできた影を壁に押しつける。
ぴぷ、と情けない声をあげて姿を現したのはステルスバット。
暗闇に紛れて体を透明にし、外敵に静かに襲いかかり急所を噛み切るという、恐ろしい特徴の魔物である。
(た、対策してなかったら死んでた……)
空気の振動に反応して光る、風のブローチを首に仕込んでいたおかげで攻撃に気づけた。
水の糸で遺跡の壁にくくりつけられたステルスバットに、私は物理的な攻撃を試みる。
「えいっ。ごめんね、侵入者は私の方だけど……」
具体的には頭を木の棍棒でぽこんと殴っただけだ。
ステルスバットが気絶したのを確認して、私はまた足を進める。
魔物が怖い……というのは憎しみとか怒りという感情とも少し違って。
殺したいわけじゃないし、むしろ殺すことすら怖いと思う。
そう相談した私に、塾長は深く頷いた。
遺跡に行くならその方がいい。
同胞が殺されたとあれば、魔物はますます凶暴化するだろうから……というのは魔物を名乗る塾長自らの経験談だったのだろうか。
とにかく私は、魔物を極力殺さず、避けたり気絶させたりしながら進んでいくことに決めた。
この遺跡を制覇したいわけではなく、中で待っているメディナちゃんに会うことが目的だから。
幾何学模様に広がる遺跡の通路を、カクカク曲がりながら進んでいく。
左手を壁につけ、右手にはランタン。
間違った道を進んだり同じ場所をくるくる回ってしまったときに気がつけるように、十字路に差し掛かったら地面に印をつける。
それを繰り返しながら、遺跡の奥へ奥へ進んでいく。
最初に遺跡に入ったときに感じた冷んやりした気配が、だんだん強まる。
そして、私のランタン以外の明かりが遠くに見えた。
「あれは……!」
長い一本道の突き当たり、左に曲がった先からぼんやりと光が漏れている。
道の輪郭がぼんやりと暗闇の中に浮かび上がるその光景は、ちょっと不気味だ。
明らかに罠っぽいというか、簡単に辿り着ける気がしないっていうか。
でも、進むしかない。
光に惹きつけられる虫たちってこんな気持ちだろうか。
ゆっくりと足を進める私を遮るように、影が閃いた。
――キェルルルルル!!!
高い鳴き声が、遺跡の回廊を反響する。
頭が三つある大きなニワトリ――ケルクックが私の行手を遮るように、目の前で羽を広げた。
「知ってても怖ぁい!!」
ケルクックがこの遺跡に棲息していることは知っていた。
図鑑で弱点も調べて、攻略法も考案済み。
それでも本物を前にすると怖い。
私の身長より大きなニワトリなんてそれだけで怖いのに、六つのぎょろっとした目が全部こっちを睨んでいて最悪だ。
「戦わないとかって……無理だよね?」
ケルクックは私の進行方向、光の漏れる部屋までの道を塞いでいる。
脇をすり抜けて走って行こうにも、遺跡の道は狭い。
私はひとつため息をついて、手に持っていたランタンを足元に置く。
そして、両手の指先をケルクックに向けた。
向こうも戦いの雰囲気を感じ取ったようで、クチバシを高く上げて好戦的に叫ぶ。
――ケルクーーーッ!!!
「風よ!!」
私の胸元を貫こうと、三つのクチバシを伸ばして突進してくるケルクック。
そこに向かって、私は突風を起こして応戦する。
突風で舞い上がったケルクックの白い羽根が辺りを舞う。
薄明かりの中に羽根が散らばり、途端にケルクックは獲物を見失ったように足を止める。
「目がありすぎるのも不便でしょ!? こっちだよ!」
後ろに回り込み挑発の声を上げると、ケルクックは首を回して私を探しはじめた。
三つの頭に鋭い目を持つケルクックは、視野が極端に広い。
360度全ての景色が見えているという説もあるらしいが……その分、撹乱には引っかかりやすいはず。
キュウキュウと混乱の声をあげはじめたのを確認して、私は仕上げの一撃をお見舞いする。
「土よ。飛べない鳥を縛る重き堅牢な枷を!」
がこん、と音がして、私の魔力で生み出された足枷がケルクックの足を縛る。
これでもう、ケルクックは私に立ちはだかることも、追いかけてくることもできないはず。
隙を突いて動いたおかげで、私の方が明かりの漏れる部屋の近くにいる。
ケルクックをここに置き去りにして進めば問題なし。
そう思った私の後頭部を、鋭い爪が掠める。
「ぎゃあ!?」
髪の毛の数束が切れて宙を舞った。
縛られたケルクックが、羽を伸ばし、その先についた鋭い爪で私を狙ったのだ。
(ま、まだ諦めてないのっ……!? ていうかなんかちょっと動いた気がするし……)
冷や汗が背中を伝う。
ケルクックは足枷を引きずって、羽ばたく力だけで少しずつ私の方へにじり寄ってきていた。
恐怖のキャパオーバーを起こした私の足は、光が見える方へとりあえず駆けていく。
バサバサと羽を鳴らすケルクックを背に、叫びながら。
「全然まだ怖ぁい!!」
道を突き当たりまで走り切って、光の見える方へ飛び込む。
ケルクックが入れない狭い道に差し掛かって、私はやっと足を止めた。
膝に手をつき、肩で息をしながら地面を見つめる。
あ、ランタン置いてきちゃった……なんて考えている私に、聞き慣れた声がかかった。
「……ルーナ?」
目の前の光景を疑うような、呆然とした声音。
クロウ先生の声だ、と認識して、私は勢いよく顔を上げた。




