14.負けられない戦い
手紙が届いた日からさらに数日。
私はルーン遺跡に向かう準備を万端に整える。
具体的には棲息する魔物について調べたり、装備を整えたり。
そうこうしている間に、気づけばメドゥーサの襲来から一週間が経過していた。
石にされてしまった先輩講師たちは一週間そのままだ。
元に戻す方法を知るためにも、私はクロウ先生をここに連れ帰らないといけない。
焦る気持ちは私の覚悟をどんどん強くする。
出発の日、手に汗を握りながら、私は早朝にマギスの学び舎を訪れた。
「いよいよじゃな」
「はい……」
塾長はこの数日間で、私の買い揃えた装備に強化を施してくれた。
それらを受け取りながら、私たちの間には重い沈黙が流れる。
沈黙を破るのは、マギスの学び舎の扉が開く軽快な音だった。
「え。イレーネちゃん!?」
入ってきたのは、休日スタイルのイレーネちゃんだった。
マギスの学び舎は休校中。
一週間と少し会っていなかったイレーネちゃんの姿はすでにどこか懐かしくて、予想外だった。
「ど、どうしてここに?」
ハテナマークを頭上いっぱいに浮かべる私を見て、イレーネちゃんは優しく笑う。
「塾長から聞きました。ルーン遺跡に行くんですよね? 私も王都がこんなだから、一度実家に帰ろうと思っていて……同じ方向だから、同じ馬車に乗りませんか?」
「え……」
何から何まで想定外である。
塾長がイレーネちゃんに、どこまで話したのかはわからない。
特任講師のことやこの王都の惨状にまつわることを全て話すってわけにはいかないだろう。
それなのに、イレーネちゃんは何もかも見透かしたような顔でニコニコ笑っている。
これじゃどっちが先生かわからないくらいだ。
「ほら、行きましょう!」
イレーネちゃんが差し伸べる手を、私は弾かれたように立ち上がり、慌てて握った。
塾長の方を振り返ると、お茶目な顔でウインクなんかしてくれちゃったりする。
「ふぉっふぉ。ルーナ君が思い詰めた顔しているようじゃったからな。頼んだぞ、イレーネ君!」
「はい!」
自信たっぷりに頷くイレーネちゃんと、したり顔の塾長。
私だけあまり状況を飲み込めないまま、出発の朝はドタバタと過ぎていく。
ルーン遺跡までは乗合馬車で向かう。
大勢の帰省客に紛れて、私は戦闘用の装備を入れた大きなカバンとともに馬車に乗り込んだ。
隣にはイレーネちゃんが座り、私は死地に向かうとは思えない気楽さで世間話なんかをして過ごした。
ルーン遺跡のある平原よりさらに北に、イレーネちゃんの故郷であるラケルア地方の山脈は広がっている。
ほとんどの乗客はラケルア地方に向かうらしく、途中下車するのは私くらいだ。
もうすぐ平原に着くというところで、イレーネちゃんが口を開いた。
「前に……夏休みのときに、私、ルーナ先生に助けてもらいました」
「へ? あ、うん。カフェの……あれは私っていうかクロウ先生が助けたようなものだけど」
苦笑いを浮かべる私に、イレーネちゃんはぶんぶんと首を振る。
「でもルーナ先生がいなかったら、私はあそこで魔法を使っちゃって、魔導師免許を得る未来を逃してました」
「……」
「将来、私もああやって誰かを助けられる魔導師になりたいって思うんです。だから先生、この事態が終わったら……また魔法理論とか、教えてくださいね」
照れくさそうにしながらも、真っ直ぐにイレーネちゃんは言ってくれた。
肩肘を張っていた私の心に、その言葉はするりと入り込む。
「……うん。約束するよ」
うまく笑えているかはわからないけど、私はとにかく笑顔を浮かべた。
馬車が平原に到着し、一度停まる。
降ります! と運転席に声をかけながら、私は重たい荷物を引きずって、馬車の外へ出た。
幌の隙間からイレーネちゃんに手を振り、声をあげる。
「またね! 王都のことなんとかするからねーっ!」
なんとかするのはクロウ先生だろうけど。
私の言葉に、イレーネちゃんは笑って手を振り返してくれた。
そして私は一人、平原を歩き……やがて、古びた石建築の前にやってくる。
草や木々が突然途絶え、荒れた空気とむき出しの地面が、人の踏み入る場所ではないと伝えている。
崩れかけた門扉の向こうに、黒々とした闇の降りる道が続いていた。
ここが、ルーン遺跡。
クロウ先生とメディナちゃんが待つ、私たちのこれからの運命を決める正念場だ。
(私なんてどうなってもいいって思ってたけど……)
今朝までは、捨て身で突撃してやろうなんて思っていた。
魔物はうじゃうじゃいて怖いだろうし、メドゥーサとまた戦いになったら勝てないし。
クロウ先生さえいてくれれば、この事態はなんとかなるだろうし。
だけど、イレーネちゃんと話して。
今の私には、帰る場所があるってわかってしまった。
それが塾長の狙いでもあったのだろう。
(クロウ先生を連れて……マギスの学び舎に、帰る!!)
私は決意を新たに、遺跡の中へと一歩踏み入れたのだった。




