9.衝撃のネタバラシ
マギスの学び舎の玄関扉を蹴破って現れたのは、トマリ先生だった。
私は、ハイサンダーウルフ襲撃の日……魔物料理屋に知らず連れていかれた日からトマリ先生を避けていて、話していない。
それゆえに気まずく思ったが、そんなくだらない感情は一瞬で吹き飛んだ。
ミリカ先生が、椅子を蹴る勢いで立ち上がり、トマリ先生を睨みつけたからだ。
「何の用。特任講師の仕事の邪魔しにきたの?」
普段のふんわりした性格や口調からは考えられない、鋭い声。
ミリカ先生の剣幕に、私は驚いて塾長とナタネ先生の方を見るが、二人は同時に肩をすくめるだけだった。
「……ミリカさんにはそう見えるかもっすね。でも俺にも矜持があるっす。悪いけど」
一度トマリ先生は言葉を切って、私たちのそばまで歩み寄ってくる。
それは、ミリカ先生との会話を終わらせるための行動に思えた。
トマリ先生が話したいのは、ミリカ先生ではなくて。
……多分、私だ。
だって、私の目の前で、トマリ先生は立ち止まったから。
「な、なんでしょうか……?」
私の目をじっと見つめて、トマリ先生は言葉を探す。
そして、まっすぐに言った。
「戦いなら、俺が行くっす。だから、ルーナちゃんは留守番してほしい」
「え……」
思わぬ言葉に、私は困惑する。
どうして私の代わりに、トマリ先生が行くなんて話になるのだろうか。
弱いから足を引っ張るとか、そういう指摘をされるなら百歩譲ってわかるけど――どうして、特任講師でもなんでもないトマリ先生が、そんなことを言うのだろうか。
答える言葉を見つけられず、ただ困り顔を浮かべる私に、トマリ先生は言い募る。
「見るからに緊急事態なんだから、弱いやつから死ぬっすよ。俺はルーナちゃんに死んでほしくないっす。クロウ君の訓練もまだ終わってないんすよね?」
「それは……そうだけど。でも、私だって何かの役に立てるかも――」
「どうっすかね。敵は高度な魔法を使う魔物っすよ、メドゥーサは人型で知性もあるっす。もし話しかけられたら? 命乞いされたら? 取引とか持ち掛けられたら。ルーナちゃん、冷静でいられるっすか?」
畳みかけられて、私は言葉を失う。
悔しいけど、トマリ先生の言うことにも一理ある。
私は弱い。
でもそれだけならよかった。
問題は、魔物が怖いことだ。
戦場で、怖くて足が竦んだら命取りになる。
恐怖や混乱から判断を誤るかもしれない。
クロウ先生が特訓の中で言わないでいてくれたことを、トマリ先生は容赦無く言った。
嫌がらせでないのはわかる。
本気で私の身を案じて言ってくれているのだと思う。
トマリ先生の声音には、過ぎた失敗を後悔するような、一度あった怖いことをもう二度と起こさないように祈るような、切実さがこもっていたから。
だからこそ、トマリ先生の言葉を突っぱねることができなかった。
私は大丈夫だと、胸を張って言えない。
言葉に詰まる私を見兼ねたのか、それまでずっと黙っていた塾長が口を開いた。
「大丈夫じゃろ」
呟かれたのは、この場にふさわしくないほど、軽くて適当な言葉だった。
当然、トマリ先生はそれに噛み付く。
「何を根拠に……!!」
怒鳴られた塾長はしかしトマリ先生の方は気にも止めず、私を見た。
長寿の証である、深いシワの刻まれた目を細めて、塾長は笑う。
「ルーナ君は、目の前の者にきちんと向き合えるのが長所じゃ。わしともクロウ君とも普通に話せておるし、自分の怖いもののこともよくわかっておるじゃろう」
突然そう褒められて、私は面食らう。
自分では大丈夫だと言えなかったのに、塾長にそう言ってもらえるなら、大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
根拠ある信頼が、これほどまでに心を強くしてくれるとは。
そう、根拠ある……待って、いま塾長なんて言った?
「普通に話せてる……って、何が……」
塾長も、クロウ先生も、普通に話せて当然だ。
だって、このマギスの学び舎で出会った信頼できる先生たちで、普通の魔法使いなのだから――と思っていたけれど。
もしかして、もしかすると、違う?
昨日の夜、ナーバスになっていた帰り道で悩んだことを思い出す。
もしも人と変わらない見た目をして、同じように人を思いやる魔物がいたら――って。
衝撃の事実に気づきかけて口をわなわな震わせる私に、塾長は悪気なく、あっけらかんと言い放った。
「だってそうじゃろ? 魔物のわしにも、魔物の血を引くクロウ君にも。正しく向き合えるのが、ルーナ君の強みじゃよ!」
私は目を丸くして、言葉を失う。
隣で、ミリカ先生とナタネ先生が同時に深い、深いため息をつくのが、はるか遠くの音のように聞こえていた。




