5.緊張の初出勤
卒業から五日後、私の初出勤の日がやってきた。
つまり研修があってから五日後でもある。一週間も待たずに出勤することになるとは思っておらず、私はかなり緊張していた。
講師控え室の鏡で、自分の姿をチェックする。
マギスの学び舎講師の制服である、黒地に金糸の刺繍が入った大きなローブを身にまとう。いつもはぴょこぴょこ跳ねている茶色い髪をキリッと後ろで一つにまとめ……ても跳ねている髪は跳ねているのだけれど、まあ邪魔ではない程度に整えた。
鏡越しに自分の黄色い瞳に語りかける。
いい感じ、サマになってるかも。がんばれ、私! と。
とは言っても、いきなり生徒に授業をするわけではなく、まずは見学からだ。
初日は、クロウ先生が歴史を教えているところを見学することになった。
ずっとクロウ先生の授業を受けてはいたが、教えてもらう側ではなく、教える側として見るのは初めてで新鮮な気持ちだ。
それに、私は実技を教えてもらうことが多かったから、座学の授業というものにあまり理解が深くない。
この機会に先生の教え方をたくさん学んでおこうと、私はメモを片手に授業見学に臨んだ。
クロウ先生が教えている相手は、ロナウドといって魔法学校の五年生。マギスの常連なので、元生徒である私は当然、顔見知りだ。
事前に見学のことは快諾してくれたので、私が背後から監視していてもそこまで気にしないはず。
そういう条件も含めて、クロウ先生は授業見学の日程を決めてくれた。表に出さないだけで、生徒想いの人なのだと思う。
というわけで私は遠慮なく、クロウ先生とロナウドの会話に耳を傾ける。
「ここは絶対試験に出るから暗記でいいから覚えろ。王国史を揺るがす大事件だ。王国暦四五一年――」
「大事件? 二百年も前の田舎の山火事が? 人もほとんど住んでないっしょ、こんなところ」
「ああ。考えてみろ、人のいない田舎の山には何がいると思う?」
私はその会話を聞きながら『生徒の疑問点に質問で返して考えさせる』と手元のメモ帳に書き記した。その間にも二人の会話は進む。
「人のいない山……ドラゴンとか?」
「子どもか、お前は。でもまあ半分正解。ドラゴンに限らず、魔物がたくさん棲んでいたんだ」
この話は私もよく知っている、というかあまりの怖さに一度聞いたときから忘れようもなかった。
山火事によって棲処を追われた魔物が、次にどうするか。
「その魔物が攻めてきたってことか!?」
「正解。それが分かれば次に時の国王、ファムデュルグ四世が失脚するのも納得がいくだろう」
「……名前が覚えれたらね〜」
ロナウドの弱音にクロウ先生は冷たく「それはお前の努力不足だ」と返す。これはやらないからメモしなくていい。
クロウ先生の飴と鞭は効く生徒には効くだろうけれど、自分が使う気にはならなかった。
なんだかんだとテンポよく授業は進んでいった。
ロナウドの覚えていない重要単語や事件が出てきたら、そのたびクロウ先生はその前後の事件と関連付けて内容を説明する。『歴史は物事のつながりを意識する』『インパクトのあるエピソードを教えて印象づける』『教科書以上の内容をあわせて話せるように』……などなど、私のメモも増えていった。
やがて授業が終わり、私はクロウ先生と二人でロナウドをエントランスまで送っていく。
ロナウドが建物を出ていったところで、クロウ先生はこちらを振り返って尋ねた。
「勉強になったか?」
「えっ、あ、はい! すごく!」
「……適当に答えたな。メモ見せてみろ」
自分の授業をしてくれているときのクロウ先生の様子を思い出していた私は、つい返事が遅れる。
それを怪しんだようで、クロウ先生は私の手の中のメモを奪って、ペラペラめくる。一週間前まで真っ白だったとは思えない、私の文字でびっしり埋まったメモ帳を数ページ見て、彼は満足げに「ふぅん」と言った。
どうやら先生のお眼鏡にはかなったらしい。
返ってきたメモ帳をしみじみ見返していると、クロウ先生はいつの間にか私の顔をじっと見つめていた。
「な、なんですか」
「いや。まさかルーナがマギスの講師になるとは、と思って」
「どういう意味ですか? 魔法ができないから?」
ムッとしてそう聞くと、クロウ先生は両手を降参するようにあげて首を振った。
「違う違う。立派になったなって話だ」
褒めてるぞ、と言いながら顔は仏頂面であんまり気持ちが伝わってこない。まあ、嘘ではないんだろうけど。
あからさまにへそを曲げた私から逃げるべくクロウ先生は空き教室の方を指差す。
「そんなことより。次はさっきのを活かして模擬授業だ。俺をロナウドだと思って歴史を教えてくれ」
あからさまに話題を変える先生に、私は渋々ついていくのだった。




