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王立魔法学校専門個別指導塾 “マギスの学び舎” ~魔物恐怖症のへっぽこ魔法使い、塾講師になって王都を陰から守ります!~  作者: りっく
第2章 魔物嫌いの葛藤と決意

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■騒動の裏側

 時は少し遡り、ルーナが城門でハイサンダーウルフに吼えられていたころ。

 

 トマリもまた、酒場で店主にどやされていた。


「お前さん、どういうつもりだ! あんな華奢な女の子一人行かせて、お前は安全なところでぬくぬくとしとるつもりかっ!!」


「っ……」


 言い返す言葉もなく、トマリは押し黙る。

 彼自身、驚いていたし、ついていけなかった自分が歯痒くもあった。


 それでも。


「俺だって、あの子のためを思ってんすよ……」


 苦い息を吐いて、トマリは手元にあったグラスの中身を煽った。

 

 なみなみと注がれたエールは、まだ19歳の彼には適さない飲み物だ。

 年齢確認がないのをいいことにしれっと頼んだ酒で頭を濁らせ、不機嫌にトマリは呟く。


「……守るために戦う、なんて不毛っす。こっちにいたら、守ってあげられる……いや、守ってもらえるのに」


 トマリのぐちぐちした物言いに、店主はますますヒートアップする。


「そういう問題じゃねぇ!! 惚れた女が行くと言うなら男が行かんでどうするんだと言ってんだ!!」


 店主は店主で、魔物出没の噂を聞いて気が動転しているのだろう。

 トマリを店から叩き出さんばかりの勢いで叫んでいる。


 しかしトマリは動じず、店主の顔をじっと見つめた。

 その視線に、店主はたじろぐ。


「……ちょうどいいっす。俺の情けない話を聞いてくださいよ」

「腰抜けの話を聞く耳なんか……いや」


 店主の顔色が変わった。

 トマリが、季節外れの長袖シャツをめくりあげ、右腕を人々の視線に晒したからだ。


 店主も、店員も、少ない客も、その姿に釘付けになる。

 本来トマリの右腕があるべき場所には、魔法で作られた無機質な義手がはまっていた。



   *   *   *



 トマリ・スフェリスは自信家だ。


 貧しい生まれでありながら、塾にも通わず家庭教師もつけず自分の頭脳だけで王都まで来た。


 超難関の大学受験をさらりとパスし、奨学金まで手に入れたその頭脳。

 どんな魔法もすぐに習得できる柔軟性と器用さ。

 習得した魔法を使いこなすだけの魔力量と魔法の才能。


 惜しむらくは人付き合いが苦手なことだが、それも魔法大学に通いはじめて解決した。

 

 優秀な人間にへりくだられて、気を悪くする人間はいない。

 少なくともトマリの周りにいる人間はみなそれなりに()()()人たちで、そういう奴らはトマリは舎弟のように振舞うとすぐ気を良くした。


 気が利いて煩わしくない、いい後輩。

 それがトマリの立ち位置の定番となった。


 大学では恋人もできた。

 名家のお嬢さんで、結婚までこぎつければ貧しい実家まで救えるくらいの財力と権力を持っている。

 そんな麗しき令嬢が自分にメロメロだった。


 何もかもが順調な大学生活。

 アルバイト先――マギスの学び舎でも、トマリはうまくやった。

 

 他の講師たちはほとんど専業で講師をしているのに、トマリは大学生との二足のわらじ。

 ふつうに考えればトマリの方がずっとエリート街道を進んでいるが、そんなことはおくびにも出さずトマリは後輩に徹した。


 塾長も、ほとんど人に心を許さないと噂の講師も、みなトマリをすぐに認めた。

 その過程で誘いを受けた。

 

 ――お前は優秀な魔法使いだ。

 だから、()()()()にならないか。


 上司からの提案を断る選択肢は、トマリにはなかった。

 いい後輩を演じていたから、というだけではない。

 本心から、トマリは頷いた。


(ホーリーファルコンは爪を隠す……って言うっすけど。隠していても結局、俺の実力にみんな気づいちゃうんすよね)


 簡単に言えば調子に乗っていたのだ。

 二つ返事で特任講師に名を連ねたトマリは、ろくな訓練もせずに現場に挑んだ。


 そして。


「危ない! 下がれトマリ――っ!!」


 魔物の一撃で、右腕を吹き飛ばされた。


 たしかにクロウの制止は無視した。

 でも他人より自分のほうが自分のことはわかっているはずだ。トマリは自分を疑わなかった。


 ……つまりは過信だ。

 自分の力を過信して、トマリは負けた。



「弱い者は、自分の弱さを知るべきなんすよ」


 トマリは自嘲する。

 目の前――つい数十分前までルーナが座っていた席に、今は店主が座って話を聞いていた。


「俺のその後の人生は散々だったっす。まず右手が吹き飛んだ痛みとパニックで、俺は魔法を使えなくなって、仲間におんぶに抱っこの大迷惑。まあそれは戦いにおけるリスクっていうか、いつでもありえることなんすけど」


 本当に散々なのはその後。


 魔物に対して敗戦を喫し、右腕を失ったトマリは字も書けなければ魔法もうまく操作できなくなった。

 人生における「自信」を、ことごとく打ち砕かれたのだ。


 トマリの作った性格だけを好んでいた友人は、すぐトマリのことを見捨てた。

 恋人すらも、長くは保たなかった。


「恋人も……よほど甲斐性なしの奴らだったんだな」

「かもっすね。それでもマシになったほうっすよ、こういう悪い遊び教えてくれる先輩たちとはまたつるんでるんで」


 目の前の鳥刺しをつつきながらトマリは笑う。

 しかしその笑顔は、一瞬で翳った。

 

「……ルーナちゃんは、俺よりずっと弱いっす。そんな子が戦って、痛い目に遭わないわけがないんすよ」


 それなのに。

 

 クロウから聞いた。

 ルーナがマギスの特任講師の戦いを見てしまったと。


 「俺はしばらく距離を置くから、お前が気にかけてやってくれ」――クロウの不器用な気遣いを、器用なトマリは必要以上に受け取った。

 

 ルーナを特任講師から遠ざけなくては。

 自らの無念とルーナへの気遣いが混ざったその気持ちはだんだん執着にも似て、突飛な考えに帰着する。


「魔物料理を食ってのんびりする日常。それに慣れたら、魔物退治なんて夢にも思わなくなるはず……って、思ったんすけどね」


 段階をいくつも飛ばしたトマリの考えを聞き、店主は哀れみのような表情を浮かべた。

 そして諭すような声音になって、トマリの肩を叩く。


「そりゃお前さん、あの子に自分のところまで、落ちてほしかっただけだろう」

 

 トマリは思い切り顔をしかめた。


 あぁ――不快だ。

 まさかこんなところで、自分でも見えていなかったことで、図星を突かれてしまうなんて。

 

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