15.真の講師デビュー
――お腹が空いた。
お腹が空いて、雷のにおいのする方へ、ひたすら走った。
邪魔するものは、全部壊した。
でも、でも、人間たちに邪魔されて――
怒った。怒って、戦って、やがて気づけば、雷の中に吞まれて。
次目覚めたときには、空腹は満たされていた。
* * *
「思った以上に素直に帰っていったな」
王都、正門前。
目を覚ましたハイサンダーウルフは、自分の足で城門まで歩いていった。
私たち、マギスの特任講師がやったのは、演習場から建物の外への転移だけ。
闇夜の中に、銀の毛がバチバチと静電気を鳴らしながら、消えていった。
「演習場にいたから、時間間隔が狂ってるわ。今ってきっと夜中よね」
「うん。もう日が変わる頃だ……帰ろうか」
ナタネ先生が穏やかな声で言う。
私たちの心は、達成感と安堵で満たされていた。
ひと眠りして翌朝、私たちは再びマギスの学び舎に集う。
授業時刻になる前のマギスにいるのは、塾長と特任講師の面々だけ。
眠い目をこすりながらエントランスに現れた私を見て、クロウ先生が笑う。
「その様子じゃ眠れなかったみたいだな」
「え……へへ。なんか、気が昂っちゃって」
図星を突かれて私はごまかすように照れ笑いをする。
自分が魔物にあんなふうに向かっていくなんて、想像もしなかった。
あとから恐怖と高揚が襲ってきて、目が冴えに冴えた夜であった。
「ふぉっふぉ。最初はみなそういうものじゃな」
生徒用のソファでくつろいでいた塾長が立ち上がり、私のそばまで歩み寄る。
相変わらずドワーフみたいな体に、もう私は後ずさりなんかしなかった。
「して、ルーナ君。いつかも聞いた気がするが……」
「はい」
塾長と私の視線が合う。
垂れた長い眉毛の下にある眼光鋭い銀の目が、私を射抜く。
「マギスの学び舎、特任講師。過酷な道行きとなるだろうが……協力してくれるかね?」
私は、力強く頷く。
「はい! よろしくお願いします!!」
塾長の目がにこりと細められる。
塾長の後ろに立っていたミリカ先生もナタネ先生も、喜びの息をふう、と吐き出した。
私は、クロウ先生を振り返る。
「遅くなりました。改めて、よろしくお願いします!」
「ああ」
短く言った、その声が。
ちゃんと嬉しそうな声だって、私にはわかった。
* * *
「そうと決まれば」
「え? えっと、演習場に来たのって、もしかして……」
エントランスで話せばいいのに、クロウ先生に導かれて一同は演習場に移動した。
と思ったら、クロウ先生が取り出すのは魔力計測用の魔道具だ。
見た目はただの金属板だが、各属性の魔法がそれぞれどのくらい使えるかを計測するためのもので、細かい目盛りがついている。
私にとっては、魔法学校を卒業するために何十回と繰り返されたテストで見飽きた、トラウマアイテムである。
「ああ。前に立って戦わせるつもりはないが、自分の身は自分で守れるようになってもらわないとな」
「そ、そんな……」
もう、計測板とは無縁の人生を歩めると思ったのに。
クロウ先生からの指導とも、魔法が下手だという劣等感ともおさらばだと思ったのに!
でも、そんなことを言って逃げてばかりでは変われない。
私はマギスの学び舎の特任講師として、自分自身に誇れる道を歩んでいきたいのだ。
「うぅ……やりますよ! やればいいんでしょ!!」
私はやけになって魔力計測板に指先を向けた。
二時間後。
感覚がなくなってきた指先と、魔力不足から来る空腹。
私は肩を震わせながら、最後の力を振り絞って魔法を打つ。
「炎、よ……!」
私の指先から放たれた火の魔法が、魔力観測板の目盛りを、二つだけ進ませた。
クロウ先生はそれを見て、苦い顔になる。
「不合格。だが……今日はこれ以上無理そうだな。また明日続きだ」
「なっ……」
華々しい勝利をあげて、調子に乗っていたかもしれない。
結局、強さの裏にあるのは、こういう泥臭い努力だ。私が苦手な、答えのない無限の鍛錬。
そういうものだと頭ではわかる。
わかるけどさぁ!
「こ、こんなはずじゃなかったよ~!」
私は演習場の偽りの空に向けて、情けない声で叫んだ。




