13.演習場の戦い
――グォアアアア!!!
演習場に入った瞬間、クロウ先生のかけていた硬化魔法の効力が終わる。
30分もの間固められていたハイサンダーウルフは、自由になった体を誇示するかのように顎をあげ、雄叫びを轟かせる。
「きゃああああ!!!」
ハイサンダーウルフにも負けない声で、私は悲鳴をあげながら距離を取った。
その様子を見てクロウ先生は呆れたようだが、私を背に守るように立ってくれた。
「塾長、ミリカとナタネに連絡を。あいつらも終わり次第、こっちに加勢してほしい」
「了解じゃ。ではわしはこのおっかない部屋から出るとするかね。ルーナ君は?」
空間を開くために演習場に来ていた塾長が、ひょこひょこ歩いて塾長室まで戻ろうとする。
怖がる私を見かねて一緒にこの場を去ることを提案してくれたが、私は首を振る。
「大丈夫です。いや、大丈夫ではないけど……同じものを見るって、決めたので」
「ふぉっふぉ。そうかそうか。じゃあ、漏らさんようにな」
「さすがにそんなことしませんよ!?」
塾長は最後に私をからかって、去っていった。
残されたのは、ハイサンダーウルフとクロウ先生、そして私。
正面から戦ったらハイサンダーウルフの圧勝だと思う。相手は食物連鎖の頂点に君臨するレベルの、自然界の王だ。
しかし、クロウ先生の気迫も十分。
互いに、動きを牽制するように睨みあう。
おそらく数秒間のその時間は、私には数十分にも感じられた。
やがて、晴れていた演習場の空が曇りはじめる。
演習場を作っている空間魔法の設定が変更されたのだ。
ぽつり、と一滴目の雨が落ちた瞬間に、一人と一体は同時に動いた。
生き物としての、本能というものだろうか。
――ギャルルル!!
「土よ!」
ハイサンダーウルフが、クロウ先生の立っていた地面をえぐる。
先生は空中に土魔法で足場を出して、すんでのところでウルフの突撃を回避した。
「だいぶ気が立ってるみたいだな。いいだろう、飯だ!」
クロウ先生はそう言って、指を天に向ける。
城門の前でやってみせたのと同じように、雨雲に向かって雷魔法を放ったのだ。
電気を帯びた雲が、ゴロゴロと音を鳴らしはじめる。
――バリッ……バリバリ!!
雷が大気を裂く。
その着地点には、ハイサンダーウルフ。
体が静電気を帯びているのか、雷が吸い寄せられるようにウルフに向かったのだ。
雷を浴びて、ハイサンダーウルフは気持ち良さそうに首を反らした。
お腹が満たされたのだろう、その顔に精悍な生気が戻る。
「どうだ……!?」
腹を満たせば、気性も落ち着いて王都の外へと誘導できるかもしれない。
そんな希望をもって、クロウ先生は距離をとってハイサンダーウルフの様子を窺う。
しかし私たちの希望は、一瞬で打ち砕かれた。
――グルルウルルル……
低い唸り声とともに、ハイサンダーウルフの銀の毛が逆立ちはじめる。
ビリビリと静電気を帯びて、その体の動きが空気を震わせた。
「危ない!!」
私は咄嗟に手を伸ばす。
雷を遮断する土を。クロウ先生を守る盾を。
焦るのに、私の手からは何も出てこない。
――ギャウウッ!!!!
ハイサンダーウルフが吼える。
クロウ先生は咄嗟に防御姿勢をとるが、その体すら飲み込むほどの雷が光る。
地面と水平に、普通ならあり得ない天の力が、クロウ先生に襲いかかる。
「土の盾っ!!」
クロウ先生が危うく丸焦げになる直前、演習場の扉が開いた。
ミリカ先生の声が響き、大きな土の盾が現れる。
盾は雷を通すことなく、四方八方に分散された。
「ミリカ! 助かった……!」
扉を開けて入ってきたのは、ミリカ先生とナタネ先生だ。
無事に城門に集まっていた小型魔物たちを追い払い、ここまで戻ってくれたのだろう。
クロウ先生は、ミリカ先生に感謝の言葉を向ける。
その表情には、はっきりと信頼の色が見える。
(私、何もできなかった。いま、ミリカ先生が来なかったら……)
私は心の中に浮かんだ黒い気持ちを、首を振って振り払う。
何を思うにしても、今じゃない。
余計なことを考えないで済むように、私は目の前に広がる状況に、改めて意識を向ける。
クロウ先生の起こした雷を体内に取り込み、元気を取り戻したハイサンダーウルフは明らかに攻撃の機会を狙っている。
状況は、最初より明らかにピンチだ。
だけどそれゆえにわかる。私たちの仮説は合っている。
最初は使えなかった雷攻撃を、ウルフは取り戻した。
やっぱり体内の雷が足りていなかったのだ。
「先生、方針は間違ってません! 隙を狙って、雷を当て続けてください! ミリカ先生とナタネ先生も!」
私は物陰に隠れたまま、叫ぶ。
私の居場所に気が付いていなかったミリカ先生とナタネ先生は、驚きながらも、すぐに頷く。
「了解!」
「雷魔法は任せて。ナタネは隙を作って!」
「もちろん!」
先生たちは慣れた様子で役割分担を行い、自分たちの力の範疇を越える”原種”の魔物に、果敢に立ち向かっていく。
私はその様子を、ただ見守っているのだった。




