10.二人のゆく道
「何、が、…………」
私の正面には、硬化したハイサンダーウルフ。
後ろには、どう見ても尋常じゃない魔法を使って、尋常じゃない状態のクロウ先生。
私は放心状態で、疑問をそのまま口にした。
一体、何が起こったのか。
舌が絡まって、言葉は途中で出なくなってしまった。
クロウ先生は上げていた前髪を戻し、私の方を見る。
「怪我はないか」
答えたくても声が出なくて、私は無言でコクコク頷いた。
でも違う。怪我と言うならクロウ先生の方だ。
立ち上がって先生の元に行きたかったのに、腰が抜けてまだ立てない。
喉もまだ張り付いたままだったので、しかたなくジェスチャーで伝えようと、私は先生の右目を指差した。
「ああ……できれば、説明は後にさせてほしいんだが……」
目の色のことを言ったと思われたようで、クロウ先生はバツの悪そうな顔をした。
私はブンブン首を振って、なんとか喉の隙間から声を出す。
「血、出てます、目……」
クロウ先生は言われて驚いたような顔になって、前髪の下、自分の右目あたりに手を突っ込んだ。
目元を拭った手のひらは、真っ赤に染まっている。
「本当だ。確かに痛いと思った」
恐ろしいことを言うクロウ先生に、私は怒りたくなって。
何か言おうと思ったのに何も言葉が出なくて代わりに涙が出た。
「……なんで泣く!?」
クロウ先生は焦った声で、私に駆け寄ってきてくれた。
クロウ先生の目に応急処置として魔法で出した包帯を巻く。
不思議な瞳のことは、深く聞かなかった。
聞けなかった、というのが正しいかもしれない。
踏み込んではいけない気がして、「大丈夫ですか」と「お大事に」しか言えなかったのだ。
「とにかく、ここから離れるぞ。硬化もそんなに長くは保たない、30分かそこらだ」
「えっ、あれ永遠じゃないんですか!? 助かったと思ったのに!」
「まさか」
首を振るクロウ先生に、私はぬか喜びから覚める。
すっかりハイサンダーウルフに勝ったつもりでいたけれど、そう簡単にはいかなかったみたいだ。
これからハイサンダーウルフには城壁の外に帰ってもらい、また魔物が入ってこないように門を修理しなくてはならない。
「どうしたら……って、そうだ。門番さんたちは!?」
門が破られる前、ここには私だけでなく、門番の兵士たちもいたはずだ。
彼らは無事逃げおおせただろうか、と私は周りをきょろきょろ探す。
「それなら大丈夫だ。ミリカとナタネが門にいる警備隊と合流しているはず……門が壊れているのに、こいつ以外の魔物が入ってこないだろう?」
言われてみればそうだ。
はっとする私に、クロウ先生は続ける。
「ミリカが城門の上から魔法を降らせて、逃げる魔物をナタネが外へ誘導してる。大物に集中するために、まずは雑魚から処理しようって判断だ」
「なるほど……じゃあ私たちは、ハイサンダーウルフの処理に全力投球しちゃって大丈夫、ってことですね」
私が頷きながら言うと、クロウ先生も頷きかけて……途中で止まった。
「いや、待て。……お前、そもそもなんでここにいるんだ!?」
あ、やっと気づいた。
私はいたずらっぽく笑って、クロウ先生の目を見た。
目が合う。
もうすでに死にかけたしちょっと後悔もしている。
私にできることなんて、やっぱりなかったんだってさっきは思った。
でも、弱音は吐かない。
クロウ先生の前では見栄を張っていたいのも、ある。
けれどそれがすべてじゃなくて。
私がクロウ先生と同じものを見るために、必要なこと。
「いてもたってもいられなくて。やっぱり、私も一緒に戦うって決めました!」
いつも表情の薄いクロウ先生の目が、大きく見開かれた。
普段のずばずばした物言いとは全く違って、口の中で「でも」とか「だって」とかしばらく言ったあと、クロウ先生は長いため息をついた。
呆れたわけではない、と思う。
むしろそれは、安堵の息のようにも聞こえた。
「ありがとう。お前の知識があれば百人力だ。まずは、こいつをどうにかするところからだな」
私たちは、ハイサンダーウルフに向き直る。
今は硬化魔法の力で動きを止めているけれど、動き出したらこの王都の石造りの街なんてひとたまりもない。
そうなる前に、止める。
私は持てる知識を総動員して、作戦を練るのだった。




