9.クロウの秘密
クロウ・オブシディアは魔物の子孫だ。
クロウが生まれたとき、産んだ張本人である母を含め親戚一同は大いにざわついた。
否、親戚一同に限らず、産院の医者同士の間から地元の井戸端会議まで、いたるところでクロウの生まれ持ったある特徴についての噂話に花が咲いた。
クロウの右目は、白目部分が黒く、代わりに瞳は赤い、呪われた瞳。
先祖返りで発現した、対象を呪い固める石化の魔眼だ。
クロウを気味悪がらなかったのは、クロウの父と、父方の祖母だけだった。
二人は過去の資料や文献を調べに調べて、クロウの母の先祖のそのまた先祖に、メドゥーサの血が混ざっていることを突き止めてくれた。
自分が魔物の子孫だと知っただけでも、クロウは傷つき、悲しんだ。
しかし、本当の地獄はそれからだった。
真実を知った父方の親族たちは、クロウを庇うために、クロウの母を口汚く罵るようになった。
自分の血が汚れていたくせに、それを知らずに。自分が産んだのに、気味が悪いと言って愛情を注がないなんて。
可哀想なクロウ。可哀想な魔物の子。
クロウの母も当然反論する。
産もうとして産んだわけではない。知っていたら産まなかった。
――産まなければよかった。
父も母も病んでいく。どれだけ悲しくて泣いても、クロウの呪われた右目からは、けして涙は流れなかった。
ただ、自分のせいで、家族が潰れていく。
あまりにつらい毎日から逃げるように、クロウは魔法学校に入るタイミングで家を出て、それから一度の帰省もしていない。
今更申し訳なく思ったのか、母からは仕送りが大量にあった。
魔導師免許を得てからはマギスの収入もあるので生活に苦はない。
ただ、クロウは前髪を伸ばした。
呪われた右目を隠すために、世界から一線を引くために。
言葉が冷たいのも、表情が薄いのも、きっと人と交わろうとしない――交わることができない、クロウの性質を反映したものだ。
マギスの仕事は悪くなかった。
平和なときは魔法を教えることで、魔法使いの卵たちのためになっているように錯覚できる。
有事のときは、自分の力を振るうことで街のためになっているように錯覚できる。
魔物の血を引く自分には錯覚でしかない、と言い聞かせながらも、クロウは誰かのためになることを夢見て暮らしていた。
そして、彼女に出会った。
ルーナ・ブライト。
第一印象は魔法の下手なうるさい少女。うるさいおかげで教えやすいのは助かった。
クロウに対しては少し怯えているようなところもあったがそれは別に構わなかった。住む世界が違うと知っていたから。
その印象が変わったのはある夏の日だった。
王都内に魔物が出たという知らせに、クロウはマギスの学び舎で授業の準備をしているふりをしながら、塾長からの出動要請を待機していた。
そこに、ルーナが飛び込んできた。
魔物が怖いと打ち明ける彼女はいつかの自分のようだった。
自分がおかしくて可哀想だと言い聞かせられて育ってきたクロウは、びくびくしながら話すルーナの姿をつい幼い日の自分と重ねてしまった。
人のためになるとかなんとかどうでもよくて、クロウはただルーナを寮まで送ってやりたいと思った。
だからそうした。自分に魔物の血が混ざっていることなど棚に上げて、ただ彼女を安心させたくていくつか言葉を吐いた。
……そうしたらずいぶん懐かれた。
ずっと人との関わりを避けてきたクロウには考えられないほどに。
どこまでもついてきそうな彼女のことを、クロウは今では尊敬している。
魔法はまだ決してうまくはないが、知識と性格ではクロウの比にはならないほどよくできた子だ。
ルーナに嫌われたくない一心で、何度この右目を自ら潰してしまいたいと思ったか。
でももういい。
今、ルーナを守るためにこの力が役立ったのだから。
右目から、血が流れている。
痛みを感じる神経すらなくなったのではないかと思うほど、ただひたすら燃えるように熱い。
それでもクロウは瞳を閉じなかった。
目の前の魔物が、足元からパキパキと音を立てて固まっていく。
「たのむ……動くな……!」
魔物の狙う先には、腰を抜かした大切な後輩がいる。
さすがに、この魔物の名前は彼女に聞かずともわかった。
雷の原種、ハイサンダーウルフ。
本来、魔物の血を引いた程度の人間の、先祖返りの呪いなんかで止められる相手ではない。
それでも、クロウは瞳を閉じなかった。
ルーナを助ける、そのために。
「クロウ先生……!!」
振り向いたルーナが、名前を呼んだ。
呪いの反動で魔力が吸い取られていく。体中が燃えてそのまま灰になりそうだ。
だから名前を呼んでもらえて助かった。
おかげで、自分が何者か、クロウは覚えていられた。
「大丈夫だ。ルーナのことは、俺が助ける……っ!!」
魔物の動きが、完全に止まった。




