8.絶体絶命のピンチ
逃げろと叫びながら、私自身が一番にその場から逃げ出していた。
本当なら門番の彼らが逃げられたかどうかも確認すべきだったのだけれど、自分のことで手いっぱいだ。
何か根拠があるわけではない。
ただ、ハイサンダーウルフが目覚めた瞬間、門のそばにいたら死ぬと直感したのだ。
できるだけ城門から距離を取る。本当は横に逃げたかったのだが、城門から続く王都の主街道は一本道。
脇道に逸れることができず、ひたすらまっすぐ逃げた。
結論から言って、私の直感は合っていた。
雨の王都の中に、ゴロゴロと雷の音が鳴り始める。
遠くの方で雷が落ちる光が見えた。
遅れて音が届く。それとほぼ同時に。
さっきまで城門があった場所が、跡形もなく吹き飛ばされる。
私は咄嗟に、両手で頭を守理ながら地面に伏せた。城門の破片がガラガラとあたりに散らばる。
「終わった…………」
もうもうと立つ砂煙の隙間に、城門を破壊した魔物の姿が見える。
バチバチと雷を纏うその獣は、攻撃的にグルグルと唸っていた。
人の足では、数秒逃げたってそんなに距離は稼げない。
危機感をおぼえた時点で、魔法を使って逃げておくべきだった、と今更考える。
自分が一人目の獲物と認識されたことが、手に取るようにわかった。
ハイサンダーウルフは雷を食べると図鑑で読んだけれど、実は人間のことも食べるのだろうか。
お腹が空いていたらなんだって食べるか。私たちだってそうだ。
何か魔法を使って危機を逃れようにも、頭が真っ白になって何も浮かんでこない。
腰を抜かしたまま、お尻を地面に擦りながら後退りをした。
でもちっとも魔物との距離は開かない。
向こうは余裕でゆっくりと向かってきている節さえある。
もう逃げる手段がないということだ。
サイスワームに睨まれた蛙、ハイサンダーウルフに睨まれた私。ああ遺言がこれって最悪かも。
というか、こんなところで死にたくなかったなあ。
私はただ、情けない声で、言葉を絞り出すことしかできなかった。
「たすけて、クロウ先生……」
だから次に聞こえた声も、都合のいい走馬灯のような、幻覚なんじゃないかと思った。
「動くな!!」
自分に言われたのかと思って、私は肩を跳ねさせて、後退りを止める。
代わりに背中を丸めて、気持ち程度の防御体制を取った。
しかし、何秒待っても、何も起こらない。
いや、それどころか、先ほどまで聞こえていた魔物のドスドスという足音も聞こえなくなっている気がする。
おそるおそる目を開けると、そこには衝撃の光景が広がっていた。
私を食べようと牙を剥き出しにして口を開けた形のまま、ハイサンダーウルフは足元からパキパキと固まっていく。
地面と接している部分から順に、地面の石畳と一体化するように、体が石に変わっていくのだ。
やがて鼻先の一本の毛すら残さず、ウルフは完全に硬直してしまった。
まるで石化魔法だ。
人間は誰も使えないとされ、メドゥーサという魔物だけが使う伝説の魔法。
睨んだものを石に変え、硬直させる呪いの魔法。
呪いというだけあって、魔法を浴びせた相手の強さによって、使用者にも反動がかかるという恐ろしい術だ。
私は、驚愕で固まった首をぎこちなく動かして、後ろを振り向く。
だって、聞き間違いじゃなかったら、さっきの声は。
メドゥーサなんかじゃなくて、よく知った人の声だ。




